EP 13
オカンと戦乙女の蹂躙劇
ギィィィッ……ギャアァァァァッ!!
自慢の超高密度装甲を『トイレ用酸性クリーナーの飛散爆弾』によってドロドロに溶かされた死甲虫たちは、パニックに陥り、狂ったように暴れ回った。
装甲を失ったその巨体は、痛々しいほど白く柔らかい内部組織を剥き出しにしている。
「装甲がなきゃ、ただのデカい図体した的よ!!」
ダイヤが猛然とダッシュした。
狙うは、混乱して手当たり次第に暴れ回る死甲虫の群れ。だが、奴らも腐っても古代兵器。デタラメに振り回される巨大な脚や角は、当たれば致命傷だ。
「ダイヤ、大振りするな! 足元を掬う!」
俺はチタン合金棒を手に、ダイヤと並走しながら敵の懐へと滑り込んだ。
デタラメな攻撃ほど、重心は浮きやすい。
「無双流・護身棒術——弐の型『露草』」
チタン棒の先端を、突進してくる死甲虫の六本脚の絶妙な死角——関節の裏側へと、流れるように差し込む。
力で叩き折るのではない。野に咲く露草を撫でるような、極めて繊細なタッチで、相手の体重移動のベクトルをほんの少しだけ『ズラす』のだ。
ズズンッ……ドッゴォォォォン!!
「ギギャッ!?」
何が起きたか分からぬまま、死甲虫はその巨大な顔面から地面に盛大にズッコケた。
完璧に重心を奪われ、完全に無防備な背中を晒す。
「そこだ、ダイヤ!!」
「ハァァァァッ!!」
ダイヤが跳躍し、『天魔竜聖剣』を上段から振り下ろした。
闘気も魔法も纏っていない、ただの純粋な物理斬撃。
ズバァァァァァッ!!
「……えっ?」
死甲虫の巨体が、バターを切るように真っ二つに両断された。
あまりの抵抗のなさに、斬ったダイヤ本人が空中で目を丸くしている。
「な、何これ……! 天魔竜聖剣が、嘘みたいに軽い……っ! それにこの斬れ味、公爵家のお抱え鍛冶師にフルメンテナンスさせた時以上……っ!?」
「当たり前だ」
俺は次の死甲虫の足元へ滑り込みながら、ニヤリと笑った。
「借金返済のために、お前の武器のメンテナンスは俺が引き受けただろ。刃こぼれの修復はもちろん、柄の重量バランスのミリ単位の調整、可動部のオイルメンテまで、徹底的に最適化(DIY)しておいた。……今のその剣は、世界で一番、お前の手に馴染むようにできてる」
『家庭科』の整理整頓(修繕)スキルと、『日本農業技術検定』で培った農機具の徹底的なメンテ技術。それを最高級の武器に応用したのだ。斬れないはずがない。
「だ、大地……っ!」
ダイヤの瞳が、これ以上ないほどウルウルと潤んだ。
「私の……私だけの専属鍛冶師……っ! いくわよ大地、私の背中は任せたわ!!」
「おう。次は右の二匹だ!」
俺が『露草』で次々と巨大な蟲たちを転ばせ、ダイヤが最適化された聖剣で流れるように首を落としていく。
無駄のない足さばき。阿吽の呼吸。
それはまるで、熟練の職人とその相棒が魅せる、美しい舞闘のようだった。
「……ちょっと、待ちなさいよ」
その光景を後方から見ていたキャルルが、ギリィッ……と歯軋りをした。
「なによあれ。流れるようなコンビネーション……完全に『長年連れ添った夫婦』の動きじゃない! あんな泥棒猫に大地の正妻ポジションを渡すわけにはいかないわ!!」
「そ、そうですぅ! あんなに嬉しそうにダイヤちゃんの武器をメンテするなんて! 私のマイク(大根)もメンテしてほしいですぅぅ! 愛と富の横取りは許しません!!」
「ダイヤちゃんばかりズルいわ。私も大地君に、肥料の配合をミリ単位で調整してほしい……っ! みんな肥料になっちゃえ!!」
キャルル、リーザ、ルナ。
大地の『最高のアシスト』を独占するダイヤへの強烈な嫉妬が、彼女たちのリミッターを完全に吹き飛ばした。
「月影流・乱れ鐘打ちィィィ!!」
「絶対無敵のォォ、スパチャ・ソングゥゥ!!(物理バフ)」
「自然の怒りよ! 全部まとめて丸呑みにしなさァァァい!!」
ドガァァァァン!! ズドォォォォンッ!!
「ギギャピィィィィッ!?」
マッハの飛び蹴りが死甲虫の頭を消し飛ばし、狂乱のアイドルバフが味方の攻撃力を底上げし、地面から生えた巨大な魔界植物が蟲たちをムシャムシャと踊り食いしていく。
「お前ら! 村の設備は壊すなよ!!」
俺がオカンの如く注意を飛ばす中、嫉妬に狂った三人のヒロイン(と、絶好調のダイヤ)の蹂躙劇により、十数匹いた死甲虫の群れは、ものの三分で全滅した。
「ふぅ……。愛の力ね」
「大地の朝ご飯は私がいっちばーん!」
ポンコツ美女四人が、勝利のポーズ(牽制し合い)を決める。
怪我人はゼロ。村の被害も最小限。
見事な逆転勝利——かに見えた。
——ズゴォォォォォォンッ!!
「……!?」
突如、広場の地面が爆発したかのように隆起した。
土煙を突き破って現れたのは、先ほどの死甲虫の群れとは比較にならないほど巨大な影。
体長十メートル。
全身を、赤黒く変色した禍々しい装甲で覆い、巨大な大顎からは酸の粘液を滴らせている。
「な、何よあれ……っ! さっきの蟲たちと、桁が違う……!」
キャルルが戦慄した声を上げる。
群れのボス——『中型・死蟲王機』。
天魔窟の奥底からギアンが放った、真の絶望。
「ギチィィィィィィッ!!」
ボスは現れるなり、キャルルでもダイヤでもなく——その不気味な複眼を、俺一人に真っ直ぐに向けた。
(……俺が『司令塔』だと見抜いたか)
野生の勘か、それとも操っている魔人の知恵か。
ボス蟲は、周囲のヒロインたちを完全に無視し、大顎を大きく開いて、俺目掛けて弾丸のようなスピードで突進してきた。
「だ、大地ッ!!」
「プロデューサー!!」
四人の悲痛な叫び声が響く。
だが、巨大な影に覆われながらも、俺は一歩も引かなかった。
チタン合金棒を、地を這うような低い位置へと構える。
……やるしかない。ここで俺が逃げれば、村が、こいつらが危ない。
俺の全身の筋肉が、バネのように極限まで圧縮された。




