EP 11
襲来する絶望、封じられた暴力
ギチ、ギギギ、ガシャァン……!!
村の静寂を切り裂いて響く、おぞましい駆動音。それは金属と甲殻が擦れ合い、命なき機械が這い回る、死の行進曲だった。
「キャルル……あれ……!」
村長宅のベランダに飛び出したルナが、震える指で村の入り口を指差した。
月明かりに照らされた村の街道を、黒光りする巨大な影が、地響きを立てて蹂躙していた。
「……嘘でしょ? 『死甲虫型』……? なんで、古代の遺物がこんなところに……っ!」
キャルルの顔が、かつてない恐怖に引き攣った。
死蟲軍における絶対的な蹂躙兵器。戦車ほどの巨体に、魔法を弾き、物理攻撃を跳ね返す、黒ダイヤ並みの硬度を持つ複合装甲で覆われた、生ける城塞。それが一匹や二匹ではない。十匹以上の群れが、村の家々をその巨大な顎で噛み砕き、蹂躙しながら迫ってきているのだ。
「みんな、下がってて! 極大火炎龍で——」
「ダメよルナ! そんな広域魔法を使ったら、村ごと吹き飛んじゃうわ!」
キャルルがルナの杖を制した。
「私が……私が、あいつらの装甲をブチ抜いてやるわ! バーニング・オーラ・ブレイク!!」
ダイヤが『天魔竜聖剣』を引き抜き、凄まじい炎の闘気を纏わせ、先頭の死甲虫へと肉薄した。
紅蓮の炎をまとった大斬撃が、死甲虫の頭部へと振り下ろされる。
ドガァァァンッ!!
爆辞と共に、炎が渦巻いた。手応えはあった。ダイヤの渾身の一撃だ。
だが——。
「……な、っ!?」
炎が晴れた後、そこには、一筋の傷すらついていない、無傷の死甲虫が鎮座していた。
ダイヤの『バーニング・オーラ・ブレイク』の熱量と衝撃を、その黒光りする装甲は、何事もなかったかのように完全に無効化していたのだ。
「ブモォォォォォッ!!」
死甲虫が不気味な咆哮を上げ、巨大な角を振り上げた。
「ダイヤ、危ないッ!」
キャルルがマッハの速度で割り込み、ダブルトンファーで死甲虫の角を受け止めた。
バキィィィンッ!!
金属音が響き渡り、キャルルの体が数十メートルも弾き飛ばされた。
特注の靴で地面を削りながら、なんとか踏みとどまる。
「くっ……! 硬ぇ……! 公爵家の家宝の剣が、一ミリも通じないなんて……っ!」
「……ええ。物理攻撃も、ダイヤの炎魔法も、完全に弾かれたわ。あいつらの装甲は……私たちの『暴力』を、根本から否定する存在だわ」
キャルルのトンファーを持つ手が、微かに震えていた。
彼女たちの実力は、Sランク級。本気を出せば、あんな虫けら、一瞬で更地にできる。
だが、ここはポポロ村だ。大地に諭された『世界大戦のフラグ』。彼女たちが大技を使えば、死甲虫を倒せるかもしれないが、その衝撃で村は地図から消え、周辺各国を巻き込んだ全面戦争の引き金になる。
『お前ら……それやったら世界大戦になるだろ!!』
大地の叫びが、キャルルの脳裏をよぎる。
強すぎる暴力が、ここでは最大の弱点となっていた。
村を守るためには、本気を出してはいけない。だが、本気を出さなければ、村は蹂躙される。
「ひぅっ……! こ、こわいよぉ……! キャルルちゃぁん……っ!」
リーザが恐怖に顔を歪ませ、キャルルの背中にしがみついて泣き叫んだ。人魚のバフも、恐怖の前には無力だった。
「……クソッ!!」
キャルルは唇を噛み切り、血を滲ませながら、再び死甲虫の群れへと突っ込んでいった。
本気を出せないまま、ただ相手の攻撃を弾き、村人への被害を食い止めるだけの、絶望的な防衛戦。
家々が破壊され、村人の悲鳴が響き渡る。
第一章の平穏が、今、無慈悲な『死』の前に、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
その惨状を、村長宅の寝室から、一人の少年が静かに見つめていた。
「……何が、起きてるんだ?」
赤木大地。
異変に気づいて起き、ベランダから外の様子を目にした彼は、エプロンをつけたまま立ち尽くした。
黒光りする巨大な蟲。逃げ惑う村人。防戦一方のキャルルたち。
そして——。
「……おじいちゃん!!」
大地の目が、広場で死甲虫の角に追い詰められた、一人の老人に釘付けになった。
ポポロ村の前の村長。大地を温かく迎え入れ、村の未来を託してくれた、心優しい老人。
「ヒィィッ……! だ、誰か……助けて……っ!」
老人の頭上に、死甲虫の巨大な角が振り下ろされようとしていた。
キャルルは遠く、ダイヤは他の死甲虫を防ぐのに手一杯。誰も、間に合わない。
その瞬間。
大地の脳内で、何かがプツンと弾けた。
『窮鼠、龍を退ける』
いじめられっ子だった少年の、根底に眠る本質。
弱い者が危機に瀕した時、一切の自己犠牲を厭わず庇う、強烈な守護の精神。
「……ふざけるな」
大地の瞳から、光が消えた。
温和だった『オカン』の顔は消え失せ、底なしの静かな怒りが、彼の全身を支配した。
「俺の畑を荒らし、俺の『家族(村人)』を傷つける奴は……絶対に、許さない」
大地はリュックのサイドポケットから『水筒』を引き抜き、カシャッ!とチタン合金棒を伸長させた。
そして、家庭科のエプロンの紐をギチギチと音を立てて締め直す。
「……大地?」
異様な気配に気づいたキャルルが振り返る。
そこには、キャルルですら恐怖を覚えるほどの、圧倒的なプレッシャーを放つ大地の姿があった。
「お前らは、村人を守れ」
大地はチタン棒を静かに構え、死甲虫の群れを見据えた。
「あいつらの『硬さ』は……俺が、家事と農業の知識で、ブチ壊してやる」
農業高校生にしてオカン。
そして、無双流の継承者。
赤木大地が、村人の命を守るため、自らの命を賭して、第一章最大の絶望へと歩みを進めた。




