第16話 経済DVと「ふつう」の差
「ふつう」が、羨ましかった。
家の経済格差は、
いろんなところに出ていた。
まずは、食事。
いちばんよく覚えているのは、
高校三年生、
受験シーズンのことだ。
渡されるお金は、
一週間で千円だけ。
それで、
五日分の昼ごはんを
買ってきなさいと言われた。
経済的なDVだった、
と今ならわかる。
当時は、
それが虐待だとも知らなかった。
お弁当箱は、
いつも、すかすかだった。
足りない分は、
学校の購買で買った。
でも、お金が足りないから、
ひとつを半分にして、
残せるものを選んだ。
親は、
私に一円もおこづかいを
出したことがなかった。
だから、
学校で必要な参考書も、
買えなかった。
市が募集していた
図書カードの応募に出して、
なんとか一万円が給付されて、
やっと買えたものもある。
でも、
いちばん大事な赤本は、
買えなかった。
家の食卓には、
毎日のように干物が出た。
あまりに食べづらくて、
ナイフで切って食べていた。
今の時代なら、
生活保護のような暮らしぶりだったと思う。
でも、
うちにお金がなかったわけではなかった。
ケータイも、
兄弟の中で、
私だけ持たせてもらえなかった。
親の都合で、
いつも取り上げられた。
だから、
友達関係も、
作らせてもらえなかった。
当然、
勉強もできなかった。
お金はあったのに、
私には、学費を出してもらえなかった。
母親から、
「大学に行きたいなら、母親が働けば」
と言われたことがある。
でも、
虐待を受けていた私は、
何をされるかわからなくて、
断った。
周りの子たちは、
東大や京大、お茶の水、青山学院。
旧帝大や、国立大学へ進学していった。
私ひとりだけ、
大学に行くには、
新聞奨学生しか道がなかった。
けれど、
それは駄目だと、
教師に止められた。
選択肢は、
そこで、なくなった。
借金してまで行く価値のない
医療系の専門学校。
それが、
私の進路になった。
当時は、
ケータイが出たばかりの時代で、
奨学金が「借金」だという概念を、
私は知らなかった。
親からの説明も、
なかった。
無理やり、
押しつけられた形になっていたことを、
私は、
知らなかった。
兄弟だけは、
贔屓されて、
学費と、一千万円をかけて、
有名な大学へ進学した。
私の隣で、
悠々と執行委員になっていた彼は、
たぶん、
こんな夜を知らない。
それが、
経済DVと「ふつう」の差なのだと思った。




