第192話 腕前と男前
景品を目指し「うし」と軽く気合いを入れた庵はポイの柄の根元を掴むと、まず何もない水面から一度ポイを沈める。充分に紙を濡れれば、それを引き上げて準備を整えた。
「え、全部濡らしちゃうんですか」
「濡れてる箇所とそうじゃない所で強度が違うから、その境目で破れやすくなるらしい。だから一旦濡らしとくのがミソだな」
ポイは濡れると破れやすくなるものなので、明澄の驚きは真っ当だろう。庵も幼い頃は濡らさないよう濡らさないよう慎重にやっていたから懐かしい思い出だ。
庵の説明に「へー」と感心している横で、ポイを斜め向きに入水させて、ボールを縁に掛けつつ掬っていく。
なるべく水の抵抗を受けないようにするのがポイントで、慣れた手つきで次々にボウルに掬い上げいき、早々に十個に達した。
「庵くん、すご。めちゃはやですね」
「親父とか師匠が上手くてさ。昔色々教えてくれてなー」
ゲーマーなのもあって遊びの攻略に長けている二人と縁日の屋台を遊び尽くした記憶があり、懐かしみながら庵は器用に次から次に掬ってはボウルに貯めていく。
次第にこんもりと積もっていき、零れそうになる頃には周囲の客が庵に注目し始めた。特に小学生くらいの子供たちが「すげぇ」、「達人や」と無意識に遊んでいた手を止めており、ギャラリーも徐々に増えてきて少々気恥ずかしくなってくる。
ボウルが小さくて足りなかったので、やるなぁといった顔をした店主から追加で二つ目を貰うが、もうポイも半分ほど破れていて佳境が近付いてきていた。
少しずつ紙が破れていくたびに、ハラハラとした表情をする明澄に「がんばってください」と応援されつつ、数え間違えていてもいいように八十個ほど掬った辺りで余力を残して終わりにした。
「さて、こんなもんか?」
じとりとした湿気でまとわりついた汗を拭いながら、スーパーボールが大量に盛られた二つのボウルを店主に渡す。
水槽に戻しながら個数を数える店主は「よく取ったなあ」とカラカラ笑っていて、目標の七十個に到達したところで「それで大丈夫です」と伝えると、目的のクマと交換してもらった。
「ほい。このデカいやつがよかったんだよな」
プレッシャーから解放された庵は、両手を広げた明澄の手のひらに景品のクマを乗せてやった。
「……ありがとうございますっ。庵くん、ほんとになんでも出来ちゃうんですね」
「自転車は乗りこなせないけどね」
「それもなんだかんだ乗りこなしつつあるじゃないですか」
「お陰様でな」
明澄から全力で褒められるのが照れくさくて、庵は持ちネタになりつつある自虐ネタで躱す。
だが、店から離れてもずっとクマを嬉しそうに掌に乗せたまま掲げたりして喜んでいる彼女の姿に、ついつい緩んだ笑みが零れてしまう。
幼い頃に子供らしい経験をしてこなかったから、こういった思い出も明澄には必要だろう。庵にクマを見せてきたりして、はしゃいでいる彼女は年齢より幼く見えて微笑ましい。
しかし、これだけ人がいる中で注意が散漫になったのはよくなかった。道の反対側から水ヨーヨーを跳ねさせながら、明澄と同じように目の前がおろそかになっている女性が歩いて来ており、二人はぶつかりそうになった。
危ないっ、と反射的に明澄の二の腕を掴んで引き寄せる。
「……おっと」
「あ。……ごめんなさい、不注意でした」
相手側にも連れの男性がいて、庵が明澄を引き寄せるのと同時に女性を引いてくれたので、事故に至らなかったのは幸いだろう。
相手方の男性と庵が「すみません、俺がしっかり見ていなくて」、「いえいえ、こちらこそ申し訳ない」とやり取りして、彼らは離れていった。
「急に引っ張ってごめんな。怪我とかないか?」
「ひゃ、ひゃい……」
腕の中にいる明澄に怪我の有無を確認するのだが、彼女は頬を紅潮させて、か細い声を漏らして頷く。
「もう少し寄って歩こうか」
「……そう、します」
明澄は縮こまりながら首肯して、庵と指を絡める。
えらく大人しくなったのは、はしゃぎ過ぎたと反省したからだろうか、と庵は苦笑したが、見当は外れていた。
(腰が抜けるかと思った……)
不意打ちでどきっとしてしまった明澄は、ばくばくと心臓を跳ねさせながら気付かれないように小さく息を整える。
必死に抑えつけているのだが、ぽやぁーとたまに庵を見上げたりしていた所為でバレた。
「どうした?」
「な、なんでもないです……っ」
「そう? 顔赤いけど、熱とか?」
「い、いえっ。そういうのでは……」
「心配だな。無理しなくていいんだぞ」
どうやら庵には体調不良と思われているらしい。明澄は首を振るが、このままだと家に連れて帰られかねない。
言い出しづらそうにしながらも明澄は口を開く。
「その、かっこいいなって」
「うん?」
「だから、あの男性とああやってスマートにやり取りしてて、それがいいなって」
「全然分からん」
「わ、わたし、……その、庵くんが他の人と話す時に彼氏っぽい仕草をしてるのが、……へ、癖みたいで……」
羞恥に耐えながら明澄はカミングアウトする。目も合わせられないし、顔が熱い。耳も真っ赤になっているのが見なくても分かる。
言い終えて、明澄は灼熱の頬を両手で抑えながら「うぅ、あぁ〜っ」と唸り出す始末だった。
常に清楚可憐に映る聖女様にもきちんとフェティシズムを抱く一面があるのだ。しかし、それは品がないからと悟られたくなかったのである。
「あ〜、……なるほど」
「癖だなんて、はしたなくて引きましたよね」
「俺も似たような感覚はあるし、別に引きはしないけどな」
顔を覆う指の間から、小さく笑ってそう言う庵をくるくる揺れる千種色の瞳が覗く。
「ほんと、ですか?」
「まぁ……」
「じゃ、じゃあ、庵くんのへ、癖って……?」
「それは内緒」
立てた人差し指を唇に当てて、しーっと庵は微笑んだ。
言ったらハラスメントになるとか傷付けるとかはないのだが、この場で口にするものでもない。
恥ずかしいし、変に弱点を作ると自分の首を絞めそうで怖いのだ。
「うわーずるいっ。今のは言う流れだったのでは!?」
「恥ずかしいから内緒」
「内緒なのはいいとして、その顔やめてくれませんか……!」
同じジェスチャー、同じセリフでさっきよりも爽やか度を増やして微笑んだ庵に、明澄から苦情が寄せられる。
なんで、と尋ねれば「笑顔が良すぎて誤魔化されるからですっ」と、明澄はほんのり頬を膨らませた顔を背ける。
明澄には悪いが、自分のフェチを開示出来るほどメンタルは強くない。
今回はそのつもりはなかったんだけどなあ、と庵は苦笑いしながら拗ねる明澄の頭を撫でて機嫌を取りにいった。
お久しぶりです。
最近のんびりで申し訳ないです。地味に体調不良が続いていて、Xとか更新とか止まるかもしれません。ごめんね。
次回からちょびっとシリアスあるかも。でも、庵くんと明澄さんがつよつよなので安心してね。





