第191話 聖女様と縁日
町内の花火大会を兼ねた夏祭りの会場は、自宅からほど近い小山の麓で行われる。
小川沿いを歩いて遡っていけば祭囃子が聞こえてきて、会場に近づくにつれて人も増えていった。町内の一大イベントであり、学生たちも多いので折角とばかりに浴衣を着た人の姿もそこそこ見られ、次第に非日常感に包まれていく。
行き交う人の多くが、明澄に注目しているのが懸念だが、なるべく手を繋いでいれば面倒事も起きづらいだろう。会場に着くなり、庵は繋いでいた手を少し強めに握り直した。
「こりゃあ、結構な人混みだなぁ」
見渡す限り人で埋め尽くされるほどではないが、自由に歩き回れる余裕はないくらいには盛況だった。
出不精なため人が多いだけで圧を感じる。同じくインドア派の明澄も、その人の多さに『わ……』と気圧されたような声を漏らしていた。
「帰る……訳にはいかないか」
「せめて三十分は楽しみたいです」
「大丈夫、冗談だ。人混みそのものより、明澄と迷子になりそうなのがな。手、離すなよ」
「暑苦しいかもですけど、しっかりくっついておきますね」
しっかり指を絡めた明澄が腕に寄り添ってくる。
はぐれるのも心配だが、何よりの懸念はナンパだ。明澄のような美少女に連れの姿がなければ声を掛ける者は多いだろう。
未然に防ぐのも彼氏としての役目だ。御手洗いや屋台へ並んだりするので別行動をするのは危険だし、そんな愚行を犯すつもりはない。
明澄と手を繋ぐ庵を羨ましそうに見つめてくる男子たちを横目に、屋台を眺めて歩く。
「さて、何から見て回ろうか」
「私、縁日には殆ど来たことがなくて。知識でしかあまり知らないのですが、何からいくのがいいんでしょう?」
「別にセオリーとかはないよ。明澄のお気に召すままに」
季節になれば家族に連れられて、というのが多いものだが明澄の家庭では起こりえないイベントだったのだろう。
恐らく、幼馴染みの澪璃と出掛けた程度。
優等生らしく攻略を考えている明澄に苦笑しつつ、選択肢を委ねてやれば、彼女は徐に斜め向こう側の屋台を指差した。
「え、っと、じゃあ、たこ焼き食べたいです。お家ではあんまり作りませんし」
「じゃ、まずはご飯系で攻めようか」
セオリーはないと言いつつも、腹を満たしてから腹ごなしに他の遊戯系の屋台を冷やかして歩くのが鉄板といえば鉄板か。
遅くなると売り切れる店もあるだろうし、「揚げ焼きっぽくないといいなぁ」と呟く明澄に連れ添ってたこ焼き屋の列に並んだ。
「結構食ったなあ」
「次、チョコバナナいきませんか?」
たこ焼きやいか焼き、串物などを堪能し、庵はそろそろ遊戯系の屋台も良いかなと思いつつ膨れた腹を擦っていると、明澄が近くの屋台を指差す。
ほどよく満腹になってきたが、明澄はまだ入るらしい。細身ながらもまだその腹の格納庫には空きがあるようだ。
「お、まだイケる口か?」
「イ、イエ。ヤッパリ、オナカイッパイ、カモ……です」
食いしん坊みたいな意図で言ったつもりはないのだが、明澄も敏感な年頃の少女である。
彼氏よりも多く食べるのが恥ずかしかったようで、カタコトになりながら、ぎぎぎと首を振った。
「そんな気にするなって。俺はおやつにスナック菓子食べてたから、腹いっぱいなだけだし。それに、いつも言ってるけど明澄が幸せそうに食べてるのを見るのが好きなんだ。明澄には笑ってて欲しいし、な?」
お腹を空かせた人間は腹一杯にしてやりたい、と思うのが飲食屋の孫の性。恥や見栄で美味しく食べられないのは、勿体ない。
ただ自分の言い方も悪かったので、それは気を付けないと内心で反省する。
自分の微笑みが明澄には効くと分かっている庵は、こういう時は押し通してしまうのがいいだろうと、さわやかに笑えば彼女は赤らんで「うん」と頷く。
行こうぜ、と握った手をくいと引っ張ってやれば、明澄は照れたように口元を隠しながら、半歩後ろを付いてきた。
# # #
心ゆくまで買い食いして会場を回っていると、ふと明澄の足が止まる。
立ち止まった明澄が足元を見つめているので、覗き込むと金魚の水槽があった。
金魚すくいは縁日を象徴する屋台の一つだろう。あの狭いながらも、水槽を悠々と泳ぐ金魚の姿には吸い寄せられる魔力のようなものがある。
十数秒熱心に見つめていた明澄が「金魚……」と呟くので「やる?」と尋ねたが、ふるふると首を振った。
「でも、この後花火もありますし、長い時間袋に入れたままだったら可哀想ですよね」
「帰ったらあれな事になってたりするからなあ」
「ですよね。隣のスーパーボールにしておきます」
エアーが取り付けられたこの水槽ですら金魚にとって適切な環境とは言い難い。
何十、何百もの客が無邪気にポイで追いかけ回し、制限を超えて掬われた個体は元に戻される。
それだけでどれだけのストレスか。既に弱っている個体もいるし、家に持ち帰った後の想像はあまりしたくない。金魚すくいの経験がない明澄でも容易に想像できたらしく、金魚には別れを告げて隣のスーパーボールすくいで遊ぶ事にした。
昔遊び損ねたんです、と言いながら明澄は財布から取り出した小銭を店主に渡してポイと交換してもらい、そっと水槽の前にしゃがみこむ。
思い出を懐かしむ気配を目元に滲ませ、屋台の灯りを背景に、髪を耳の後ろに送り込むその姿はとても風流に感じられた。
初めてのようだがあれこれ口を出すのは野暮なのでその後ろに立ち、明澄のやりたいようにさせてやる。
「なるほど、こうすれば……!」
「うん。うまいうまい」
初めは周囲にいた子供たちの見様見真似で、調子よく掬っていく。この程度の遊戯であれば、器用な明澄には難しくもあるまい。
ただ、一箇所穴が空いてからは早かった。
ぷかぷかと浮かぶ大量のスーパーボールと真剣に対峙する明澄が、徐々に広がっていく穴と悪戦苦闘しながらラメ入りのサイコロを狙って掬い上げたはいいものの、ボウルへ運ぶ最中にポイの紙が耐え切れず、ぽちゃんと音を立てた。
「ああー……破れちゃいました」
「尖ったのとか狙うと破れるんだよな」
何の変哲もない、ただ色付けされただけのスーパーボールを何個も掬い続けていれば飽きがくるものだ。掬った数に応じて、その中から好きな物を景品として貰えるので、それならと綺麗な物や動物の形をした可愛らしい方を掬いたくなる。
恐らくそうなるように仕向けられているのだが、そういうのに限って掬い辛い。明澄は最低限の三つだけ店主から受け取って、肩を落としていた。
「あの大きなくまさんを目指してみたんですけど、七十個は厳しいですよねえ」
「初見で七十はもう才能の域だからなあ」
明澄が指差した先、店主が座っている横の上部には水槽に浮かんでいるボールとは一回り、二回り、それ以上の大きなスーパーボールが台紙にいくつか嵌められている。そして、スーパーボールと材質が同じ動物型の景品も飾られていた。
掬った数が多いと特別に貰える景品だが、普通は三十個も掬えば上出来だろう。しかし、それらの景品を貰うには小型ですら最低でも四十個は救わないといけないので、慣れていないとハードルが高い。
「……残念です」
明澄が遊びたいもの優先で回るつもりだったので、未練がないなら次に行こうと思っていたが、あまりにも残念そうにしているから、庵は懐から財布を取り出す。
明澄が欲しがった薄いオレンジ色のくまは、七十個で交換。これまで何度も遊んできたとはいえ、久々なので景品を取れる保証はないが、格好をつける場面だろう。
難易度を分かっているのか明澄はねだるような真似はしなかったが、残念そうなのは忍びない。
久しぶりだなあ、と笑いつつ庵は店主に代金を払いポイを貰って彼女の隣にしゃがみ込む。
「どれ、やってみるか」
ポイには紙の強度が強い物と弱い物が存在している。たまにスーパーボールに適さないポイを用意している悪質な屋台もあるが、見た感じ薄過ぎるという事はなさそうだ。
これならいけるな、と庵が浴衣の袖を捲れば、直後、明澄や周囲の客、店主までもが目を見張る見事な技術を披露していくのだった。
長いので次に続きます。庵くんが頑張ります!
それと、私のXの方まで確認されている方はご存知かと思いますが、許可が取れ次第、恐らく近日中に本作の件でお知らせがあると思います。
次の更新に間に合えばいいなあ。では!





