第184話 身バレ2nd season(穏便)
「待て待て待て、二人共。俺の活動の何を見てるのか知らんが、あれはただのそういうプロレス。もしくはコント、設定、営業だぞ。現実とはリンクしてねぇって」
明澄の身バレ危機に大きく焦る庵は店奥の隅へ祖父母を連れて行くと、二人に指を差しながら否定した。
この問題で厄介なのは、自分の祖父母がネットリテラシーがまだ浸透し切っていない世代であるため、配信上の演出や配信者同士の絡みや設定に対し変な勘違いなどを起こしていて、厄介なファンのようになっていないかが心配なのだ。
つまり、明澄と氷菓を同一視されるのが怖い。あくまでも二人は別なのだから。
挨拶をした時も厨房にいる従業員には聞こえない程の声量に抑えたので、それと併せて弁えていると思いたい。
祖父母にきちんと理解してもらおうと必死に庵が説いているが、宗一郎と鈴音はぽかんとしている。
その様子を明澄が苦笑いで彼の後ろからハラハラと見守っていた。
「ふむ、おかしいな。声はともかく話し方が似ているのだがね」
顎に手をやる宗一郎は納得がいかないようで、抱いた疑問を投げかけてくる。
「それだけだろう?」
「抑揚と発音のタイミングが同じに聞こえるな。それに三月頃、東君との世間話で庵の自宅に女性が出入りしていると話題に出てね。それは、お前が担当している氷菓君の活動が縮小した時期と一致する事に加え、SNSへ料理の写真の投稿が途絶えたのは偶然ではないだろう。加えて、双方共におよそ夕食以降と思われる時間帯の配信が増えた事も二人が親密になり、食事を共にしているからと推測すれば辻褄が合う」
「あんためちゃくちゃ俺とアイツの配信見てるな!?」
つらつらと言葉が出てくる宗一郎は、さながらどこかのミステリー小説の推理パートに入った探偵役のようだった。
しかし、彼の鋭さは庵も既に承知していたため、驚愕したのはどちらかと言えば、かんきつと氷菓の配信を分析出来る程に視聴していた事だろう。
「なに、ファンだからね。孫を応援しているうちに氷菓君も応援したくなった、それだけの事だ。さて、隠さずともいい。気付いたからには黙っているよりは下手を打たなくて済むと思ったからだ。迷惑ならば今後この話題については口を噤むとしよう」
にこっと宗一郎は庵の後ろに居る明澄に笑いかけると、数秒の沈黙が訪れる。
それから、スッと隣に出て来た明澄が首を振った。
「……いいえ。その必要はありません。宗一郎さんの言うように、私が京氷菓です」
「いいのか?」
あっさりと認めた明澄に対し庵が横を向いて窺うと、彼女は小さく頷く。
「構いません。将来的にはきっと明かす事になったと思いますから」
明澄が思い描く未来を思えばいずれ彼の家族には何の仕事をしているかは尋ねられるだろうし、きちんと明かしておく方が信頼を得られるはずだ。
それに末永くと握手を求めてきた宗一郎に応えたのだから、明澄には遅かれ早かれと考えていたのだろう。
「分かった、明澄に任せる。……いいか、祖父さん祖母さん。この話は他言無用だぞ。大変な事になるからな」
「無論だとも。半年ROMってから配信にコメントしたし、当然鳩もしない。弁えていると自負している」
「そんな言葉知ってんのかよ。さては、相当ネットに入り浸ってるな?」
配信を若者文化だけのものとは思わないが、用語を当然のように使いこなす祖父に庵は呆気に取られる。
半年ROMれを真に受けて実行してる事については思う所有りだが、まぁ微笑ましいものだ。伝書鳩行為をしないとか粗方はルールを守っているようだし、懸念していたネットの使い方などは問題なさそうで安心した。
「ネットは兎も角、明澄ちゃんの配信はいつも楽しく聞かせてもらっているわね。最近はお休み中だけど朝の雑談とかは朝の早い年寄りには良いラジオなの。勿論、庵の配信もよく聞いているわよ」
「めちゃくちゃファンだな、おい。いや、嬉しいけどさ」
「ね、嬉しいですよね。偏見で申し訳ないのですが、年齢が高い方々にはあまり認知が進んでいないものと思ってましたので」
「そうねえ。庵が絵描きさんじゃなければ知らなかったかもしれないわ」
「庵の事を調べていたら、氷菓君に行き着いてね。今では偶にグッズも集めている」
イラストレーターとしての活動を認知して応援してくれているのは知っていたが、いつの間にか明澄の配信まで追っていたらしい。
趣味というものは、体力面を除けば年齢など関係ないのだろう。
グッズまでというのだからもう立派なファンである。
ずっとにこにこと話している鈴音や宗一郎を前に「グッズもですか?」と、明澄が驚きを交えて喜びを滲ませていた。
本来、VTuberとファンのリアルな交流は叶わない。東や詩阿も庵の活動を知っているが、わざわざ配信を見たりはしていなかったので、この二人の反応には一層嬉しくなるのだろう。
「そうだとも。私の書斎に飾ってあるが、写真もあったはずだ。……ああ、これだ。見るかね?」
懐から最新機種のスマートフォンを取り出した宗一郎は、手慣れた様子でスクロールしつつ、庵と明澄に画面を見せてくる。
覗き込むと、そこには広めの書斎があって、普通の本が並べられた本棚やアンティーク調のデスクがあるのだが、凡そ六十歳の書斎とは思えない光景が広がっていた。
棚の上には氷菓のフィギュアや彼が手がけたオリジナルのフィギュア。壁には氷菓のポスターやデスクには今年庵が出した卓上カレンダーがあり、また小さなフィギュアやぬいぐるみが飾ってあったのだ。
「ゴリゴリのオタク部屋じゃねぇか!?」
「わぁ……! 部屋中に庵くんと私のがたくさんです!」
仰天した庵が派手にツッコんで、明澄は感嘆から声を上げる。淑やかに開いた口を掌で抑える明澄だが、驚きを隠せていない。
そんな二人に宗一郎はふんと誇らしげに胸を張る。
「良いだろう? 還元率が高いらしいからボイスも買ってある。聞く時間がないのが残念ではあるがね」
「ボイスもかよ!? もしかしてスパチャもしてんのか?」
「いや、自我はなるべく出したくないのでね。若者のノリがイマイチ掴めないし、ごく稀に短くコメントするくらいだ」
「超模範的リスナーだ、これ!」
一部のマナー違反行為を繰り返す視聴者に聞かせてやりたい、と思うくらい宗一郎は規範規律を守った素晴らしいファンだった。
本人としては熱烈なファンというより、身内だから応援しているという感覚が強いのが、彼が理想的なリスナーを体現しているのかもしれない。
杞憂に終わって良かったと安堵の息を吐く庵の隣では、「ふふふ。ありがたいですねえ」と明澄も朗らかに笑うのだった。
庵くんのおじいちゃん、おばあちゃんは氷菓のリスナーでした。
偶に庵くんが見せる推理力はこのおじいちゃん譲りで、この人は特定班にもなれたりします。
また、庵くん、詩阿さん、この祖父母の年齢が近過ぎるとご指摘をいただいたのですが、結婚までがめちゃんこ早い家系なのでとしか言えないです。つまり庵くんも……
それと、ここまで長くなった作品なので色々疑問などある思いますので、感想とかで質問を投げて頂ければお答えしますので、お気軽にどうぞ。





