第177話 それは開放的に
陽炎で揺らぐ日向の芝生を眺めながらプールに浸かっている中、明澄の水着に視線を落とした庵がふと尋ねた。
「明澄が選んだ水着ってそれだったんだな」
「それがどうかしました?」
「胡桃が要らん事いってたから、どんな水着になるのかと不安で。露出が少なくて俺としては良かったよ」
先々月のこと。明澄はプライベートで着用する水着を買った事がなく、一緒に買いにいく予定だった胡桃が不穏な発言をしていたので戦々恐々としていたのだ。
水着なので当然露出がない訳ではないが、背中の上部と手足と肩程度の露出なので私服でもありうるライン。恵まれたスタイルをしているから少々目のやり場に困りはするが、それでも大人しく清楚で彼氏としても男としても安堵を顔に出せた。
だと言うのに隣の明澄は声には出さず静かににこりとした為に、庵は口端が引き攣った。
「え、なに? 怖いんだが?」
「実はまだ二回変身を残してるんですよね」
「フリ○ザ様かよ。てか、三着も買ったの?」
「胡桃さんと選んだのはこれともう一着だったんですけど、澪璃さんにも乗せられてしまって……」
胸元に手を当て困ったように明澄は笑みを浮かべる。
男物と女物ではあまりにも違うし、男側からすれば二着でも多いと思うが、明澄でも三着はやり過ぎと思ったのだろう。
三着全て見られるのだとすれば庵にとっては嬉しいものではあるが。
「明澄って意外と流されやすいよな」
「それは心外です。私の周りに口の上手い人が多いだけなのです。なのであんなのを買ってしまったのも、私は悪くないと前もって主張しておきます」
意思は固い方だと思うが、親しい相手には甘くなるのが明澄だ。幼馴染みの澪璃に唆されたら上手く転がされてもおかしくない。
ただ本人はその認識に不服なようで他責思考な言い訳をしているが、聞き捨てならないというかスルーしかねる発言があり、庵は「まさか……」と、再び顔を引き攣らせる。
「その、純情男子の庵くんには言いにくいですが、他のはそこそこ攻めたと言いますか、攻めざるを得なかったと言いますか」
「よし、頼むからこの水着でプールに来てくれ」
もじ、と明澄は微かに色付きながら、どこか庵を小馬鹿にするように揶揄いを交えて報告をしてくる。
口振りから澪璃に責任がありそうだ。
瞬間脳裏に過ぎったのは、あられもない明澄の水着姿。
それをバレないように庵は脳内で振り切り、ガシッと明澄の肩に手を置いて懇願にも近い形で要望した。
「嫌です。せっかく選んだのですから」
勿論、短く頭を左右に振った明澄ににべもなく断られる。
「……そうだよな、身勝手過ぎた。けど、ラッシュガードは来てこいよ。絶対、ガン見されるし、それは嫌だから」
「わ、分かってます。庵くん以外にじろじろ見られるの嫌ですし……」
明澄はただでさえ美しい容姿であり人目を惹きすぎる。それが水着ともなれば、釘付けになるのは想像に容易い。
今でも街に出ればすれ違う男共から見られるのだ。プールに行けば開放的になったロクでもない輩に絡まれる恐れすらある。
例え明澄の水着姿を女性にだって見せたくないと思うほど嫉妬する。その独占欲を全く隠す気のなさに赤らむ明澄に「分かればよし」と庵は頷いた。
「つーか。さっきナチュラルに煽ってたよな? 前にいじったの根に持ってんのか。純情が何って、えぇ? ピュアなのどっちだよ。お陰でTシャツびしょ濡れだぞ」
「……」
つい数十秒前、明澄がしれっと意地悪な言い方をしたの庵は根に持っていた。
ずぶ濡れのTシャツを指差して明澄に見せつけて迫ると、彼女は両手で顔を覆いつつサッと背けた。
「なんで顔を背けるんだよ?」
「そ、そのですね? 濡れたTシャツが、す、透けて……なんだか、その、とっても……」
明澄の顔の向きは戻ってくるが、手はそのまま顔に張り付いている。
「まだ言ってるのか……」
「い、いえっ。逆にというやつです。寧ろ、Tシャツから透けてるほうが……よくない、と言いますか」
指の隙間からちらちら彼の胴体を見やり、急激に頬を熱くしながら歯切れが悪そうに答えていた。
視線のやり場に困りながらも気になるのは気になるらしいが、ついに耐えきれず「み、見てしまって、ごめんなさいっ」と、明澄は指の隙間を閉じてしまった。
そんな明澄に強く溜め息をついた庵は決心して「謝らなくていい。なぜなら、今から俺は脱ぐ」と、変態染みた爆弾宣言を投下した。
(何やってんだろ、俺は)
鮮烈な言葉の並びに明澄は思わず顔を上げたが、勢いよくTシャツを脱ぎ捨てた庵に「ぇ、ぴゃっ!」と、可愛らしい声を上げながら狼狽えていた。
「ほら、こっち」
「で、でも……」
「いいから」
いつまでも肌を見せただけで騒がれるのも困る。彼女を傷付けるような事はしないし、本当に嫌がったらすぐにやめるし、今のうちにと彼は肌の接触に後ろからでも慣れてもらうつもりだった。
躊躇う明澄をやや強引に脚の間に座らせる。いつもとは比べ物にならないくらい直に肌の密着感と接触があった。後ろから腕を回すと明澄には縮こまるようにして震えもあったが、次第に落ち着いていく。
反対に庵は普段は服の上から感じるだけの大きな感触も直に感じてしまい鼓動が速まるし、夏の気温の所為には出来ない程には恥ずかしさで体温が上昇しで、こちらはこちらで大変だった。
「うぅ……これ、暑苦しくないですか」
「ない」
「……はい」
何かと明澄は逃げ出す理由をつけたがっていたが、庵がきっぱりとそれを一掃してしまえば観念して大人しくなる。
「ほんと、プール行く日どうするつもりだったんだよ。Tシャツ着ろって言うなら着たけどさ」
「未来の私がなんとするかなぁーって、逃避してました。私、本当に男性の肌を見たりとか触れたりとかなくて……この間、庵くんのを見たのが初めてでしたし。騒いでごめんなさい」
「女子校だったしな。それはしょうがないか。無理やりして、俺もごめんな」
「ではお互いさま、という事で。でも、当日の私、今日より露出ありますからね。庵くんがこんな事するんだから後で駄目と言っても聞いてあげませんから」
人にした事は必ず返ってくる、と言いたいのだろう。それと露出多めの水着を選ばされたのを明澄は正当化したいのもあるだろうか。
振り向いた明澄が、ちょんと人差し指で頬をつついてくる。
「言わない言わない。けど俺はもう脱げないからなぁ。対抗出来なさそうで悔しい」
「そんなので悔しがらないで下さい。私で隠さなきゃになりますからね。下手したら捕まります」
「この後の家の中なら……」
「そ、それは……今はまだ、困り、ます。あっ、いずれでもいや困りますけど……っ」
失言したと気付いたらしく、明澄は腕の中で沈んでプールの中でぷくぷくと泡を立てる。腕で抱いているのに下がったせいでその存在感が押し付けられるしで、庵もそれ以上は会話出来なくて同じく少し水に沈んだのだった。
まさかの庵くんのほうがエッ……という。
そこ、一応お庭ですよ。





