第174話 ネタ出しと未来の話
シャワシャワシャワと、蝉時雨と猛暑の午前。日を跨いだ昨夜のゲーム大会の影響で、ゆっくりめの起床になっていた。
ただ明澄は朝から仕事に取り掛かっていたので、その労いにジュースと甘味を持っていったのだが、庵は捕まった。
「という訳で、庵くんには動画企画のネタ出しをしてもらおうかなって。もちろん、庵くんがお忙しくなければですが」
庵の足の間に挟まる形で座る明澄は言って、ぽんと柏手打つ。
さっきまで動画の編集作業をしていたらしいのだが、一区切り付いた所に庵がやってきたので捕まえられたのだ。
「あぁ、それくらいなら別にいいよ。方向性とかあるのか?」
「そうですね。面白ければ何でもと言いたいんですが、サンプルとか一例をお見せしましょうか」
明澄の膝上に乗ったラップトップをその肩口から覗く。
「これが、私と澪璃さんと公園鳩先輩が三日間代わる代わるティラノサウルスの着ぐるみ着て、事務所をただ無言でうろついてライバーを驚かせる動画ですね。実写はないので音声のみですが。これ因みに初日で鳩先輩が捕まって事務所にバチバチに怒られました。以降、事務所では覆面になる格好を禁止する張り紙が出ています」
「何やってんだよ。あと、鳩ちゃんが不憫過ぎる……」
「反省はしています。それでこちらがサンプルなのですが、ミームになったりよくコラに使われる漫画のセリフを裏でもう一人がランダムに引いて、それを元になるべく自然に会話する、というはた迷惑な動画です」
「自分で言うんだ」
「ええ。だって、私を尊敬してると公言する子に本当に困りましたって言われてしまったので」
なんでもない顔で言うが結構な事を言っている気がする。
ただ、優等生で変人の集まりと名高いぷろぐれすの中でも、清楚枠とされている明澄でさえ偶にこうして配信者なんだなぁと感じさせてくれるのが庵が氷菓を気に入っているポイントだ。
「ほら、こんな感じです」
見せてきた画面には明澄と庵は話した事はないが、庵も知っている水色髪の彼女の後輩と隅の方にまた別のライバーがいたりして、明澄が後輩相手にやりたい放題しているものだった。
『もしもし? お疲れ様です、氷菓先輩』
『いつから私が氷菓だと思っていた?』
『えっ? 藍○さま?』
『……それで、先月の収録の時タクシーが渋滞に巻き込まれてしまって遅刻しちゃったんですけど、歩いた方が良かったんですかね?』
『そうですね、私なら最高速度でぶち抜いたるって感じですね』
『はぁ? え、なんですか? なんでドブカス?』
『――――私、先輩の様子のおかしいガチャ配信好きなんですよね。あと一昨年のス○ラ大会の時、IGLめっちゃ上手くて先勝されて追い込まれた決勝も土壇場で大キャリーしてて、結果負けたけどインタビューでもっと勝たせたかったって声震わせてるのに、でも終わった後泣いてる雨子先輩に『大丈夫、大丈夫』ってずっと励ましてたりして、あれで先輩に憧れてぷろぐれすのオーディション受けたんですよね』
『憧れは理解から最も遠い感情だよ』
『いやでも、ショックなんですよね。なんか夜配信終わったら逮捕されてるし、辞任するし。頑張って欲しかったなぁ』
『あまり強い言葉を遣うなよ 弱く見えるぞ』
『使ってません! 全然使ってなかったですよね? 今日おかしいですよ。お薬やってますか?』
『先輩、やっぱりなんかやってますよね?』
『お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな』
『絶対、また変な企画してる。普通の質問企画じゃないですもんね。漫画のセリフだけで会話するみたいなやつでしょ、これは』
『君のような勘のいいカキはフライだよ』
「という感じです」
「本当に困らせてるだけじゃねぇか。最後のはもう元ネタの改変バージョンでキャラのセリフですらないし」
五分弱の動画を見終わったが、終始裏で協力してもらってるライバーと一緒に後輩の女子を困らせる先輩の構図、というシュールな絵面が延々と繰り広げられていた。
「ええ」
「ええ。じゃないが? というか、お前これほぼ半分くらい藍○のセリフじゃね?」
「だってネットミームの宝庫ですしあの方」
「しかもこの後入れ替わりで数人にやったんだろ、この企画。イカれてるよ」
正気ではないと庵は端的に思った。
よくこんなしょうもない事を思いついて動画に出来るなと蔑みではなく、根っからのクリエイターとして生きているんだと実感させられる。
真面目な性格だが、実は悪戯っぽくもあり振り切れている方が生き生きしているので、明澄には向いている生き方なのだろう。
「はい。けど、なんかイマイチだったのでお蔵入りにしようか迷ってます」
「じゃあ、なんでサンプルとして見せたんだよ!?」
「悪いお手本的な」
てへ、と明澄がとぼける。
絶対初めからツッコミ待ちで動画を見せてきたに違いない。
「良いお手本を見せて欲しいんだけどな」
「では、はい。庵くん、何かネタあります?」
「なんか強引じゃないですか、明澄さん……?」
庵の要求を無視して、手を擦り合わせた明澄が楽しそうに笑いながら振り返ってくる。
彼女のペースになると無敵だ。はぁ、とため息を零した庵は、暫し黙り込んで思案を始めた。
「うーん、そうだなぁ……宇宙食生活 vs 軍用糧食生活とか」
「普通にアリですね! なんか私の企画より良くないですか?」
「明澄の企画がクソなのでは?」
「ひ、酷い……私だって頑張ってるのに」
容赦なく辛辣な言葉を吐かれて、ひん……と項垂れた明澄だが、すぐに立ち直り「でも動画のサムネとかは気合い入りまくりですよ」と誇らしげにする。
ただ、庵は「それは当たり前なんですよ」と蹴散らす。
未だに氷菓の配信サムネは三分クオリティだ。最近は生首だけで済まそうとまでしている。
「やっぱり庵くんと共同チャンネル開設した方が動画コンテンツは上手くいきそう……」
「それ駄目だったんだろう?」
「駄目でしたね。千本木さんにも事務所にも無理ですって。外部の人とはもう絶対に無理とまで言われました」
そもそも明澄が先に事務所に確認しただけで、庵は共同チャンネルの開設をするつもりはない。
IPの管理や金銭の問題、諸々を考えれば面倒くさいが勝つ。何よりファンとしては氷菓には氷菓のコンテンツとして活動して欲しいのだ。
「やるなら卒業後ですかねぇ」
「卒業考えてるのか?」
明澄は独り言のように言って、庵にもたれてくる。その明澄の腹に手を回すと、上に彼女の手が重ねられた。
「まだまだ未定で未来のお話ですけどね。あの子がどうするかも決めてませんし、一人だけ残す訳にもいきませんから」
「もう二人居なくなってるしな」
明澄と澪璃は他二名を加えた四人のユニットでデビューしている。
だが、たった一年程で二人が卒業し、澪璃は活動の停止宣言をしたので、まともに活動しているのは明澄だけだ。
それだけに寂しさを感じる物言いだった。慰めるように庵は明澄の頭を撫でると、はにかみが返ってきた。
「ですから、ファンにも申し訳ないですしね。庵くんとのカップルチャンネルも諦めておきましょう」
「サブチャンはカップルチャンネル前提かよ。Vのカップルチャンネルとか色々キツいだろ」
「嘘ですよ。人前でキスするのは嫌ですし」
ふふ、と笑う明澄だが庵としては冗談ではない。好き好んで人様に見せるものではないだろう。
肩口からちらりと覗く明澄の桜色の唇を目の端にやりながら、例え音だけだとしても誰が見せたり聞かせたりしてやるかとその頬をふにふにと弄ってやる。
「そもそもカップルチャンネルだからってキスするものなのか?」
「見た事ないから知らないです」
「だとすると見切り発車が過ぎるな。……ま、つまりは、のんびりやりぁ良いって事じゃないのかね」
未来の話をしたが、あまりに想像がつかない。しかし、それは今が安定しているからでもあるので、それはそれでいいと庵は直感的に感じている。
願わくばあと五年くらいはこの穏やかな配信生活を続けたい。それは彼女も同意のようで、ぐだーっと庵の顔を見上げられる位置まで沈み込めば「はい。あと数年はこんな感じで」と明澄は微笑んだ。
おう、と返事した庵は愛おしげに彼女の頬を包み込むと、掌の中でもごもごと動き出し――
「では、早速宇宙食と軍用糧食でも買いましょうか。庵くんはどっちがいいですか」
「俺もやるの確定かよ」
言い出しっぺですから、とスマホを取り出した明澄はくすくす笑って通販サイトを開いていた。





