第173話 夜戦とプライド
「あすみー、ゲームしないか」
夕食と入浴を済ませ、就寝までの寛ぎの時間。荷解きを終わらせた庵が二階から降りてくると、リビングでスポーツニュースを眺めていた明澄に呼びかける。
「いいですよ、何します? 格ゲーしますか?」
パジャマ姿の明澄は振り向きざまにパンチのジェスチャーをする。
「やだ。お前めちゃくちゃ強いもん。去年大会優勝者だろ。テト〇スかぷ〇ぷよしようぜ」
「嫌ですよ。それ、あなたが強いじゃないですか」
ぐ、と互いの強いゲームを拒否して二人は睨み合った。
格ゲーに魅入られた少女、それが明澄だ。配信活動をする前から澪璃とよく遊んでいたようで、努力家な面もあり配信ではプロに揉まれていたりと、VTuberとしては上澄みに値する力量がある。
プロをコーチにしたストリーマー限定の大会では、チームの二番手として活躍していた。
逆に庵は一人で遊べる落ちモノ系のゲームが得意で知り合いの配信者とやってもほぼ負けていない。
庵と明澄は配信だけでなくオフでもゲームして遊ぶので、互いのその強さにボコボコにされた経験から、どちらも嫌がっているのだ。
「二人で何揉めてるの? あら、ゲーム? じゃ、四人でマ〇カーしましょ」
ソファの背もたれを隔てた攻防を繰り広げていると、丁度風呂から上がってきた詩阿が間に入ってくる。
「あ、詩阿さん。マリ〇、いいですね。やりましょう」
「おい、勝手に……」
手際の良さというか抜け目のない明澄は、さっと二対一の構図を作っていた。詩阿もにこにこと「東さーん」とまだ風呂場にいる東を呼びに行って、勝手に話が進んでしまった。
(それ、母さんが強いやつ……)
# # #
「……詩阿さんめっちゃ強くないですか!?」
十レース終えたところで、明澄がそう声を上げた。一戦目でその強さを見せ付けられ明澄は何度も驚いていたが、一息つくタイミングで改めて詩阿に顔を向けた。
「もしかしたら、うちで一番強い人よりも強いかもです」
「ぷろぐれすで強いのマーブルさんだよな。プロにも認められてるだろあの人。そんなにか……」
「まぁ、私の妻だからね。それくらいやるさ」
「あんたは弱すぎだ。CPU混じってんのに何回最下位取ってんだよ」
何故か誇らしげな父親に庵は半眼になって指摘する。
詩阿はもとより、明澄は事務所の大会に何回も出ているし、庵もよく遊んでいるのでトップに詩阿、二番手を明澄、そのすぐ後ろに庵とゲームにはなっているが、東は下位に沈んでいた。
「東さんはあまりお得意ではないんですね、意外です」
「親父はこういうの弱いよ。強いのはシミュ系。シ○ィとかは無類だな」
「では、今度また四人でやりましょう。シ○ィやるならちょうどいい人数ですし」
「今からやってもいいわよ」
「いや、今からシ○ィは終わんないだろ」
「ワンナイト……徹ゲーも良いものだよ」
「徹ゲーはやんねぇよ。あと親父ギャグやめろ」
いくら夏休みと言え、生活リズムを壊すのは怖い。
明澄は完全オフだが庵は仕事がちょこちょこあるし、仕事相手とのやり取りもしなければならない。
ぼそっとギャグを呟いた父親にまた半眼を向けつつ窘めた。
「私は朝までやってもいいですけど。久しぶりに大勢でやるのは楽しいですし」
ニコニコと、明澄はあちらの家で見せる表情とはまた少し違う笑みを浮かべている。
父や母なる大人とこうして家族団欒を疑似体験しているのだろうか。将来的には家族になるだろうから、誤差のようなものだが。
「配信でみんなとやってるだろ?」
「こうやって集まってするのとはまた違いますよ。三ヶ月前、大会直前に社員さんたちが試走やってる所へ混ぜてもらった時以来ですし」
「社員とかとも遊ぶんだな」
「スタッフさんたちだけじゃ数が足りなくて、たまたまスタジオにいたライバーに声が掛かったりとかありまして。社長とかもいましたね」
「へー、葛西君も楽しそうにしてるんだね」
東がそう感想程度に漏らす。
すると、明澄が目を丸くして。
「もしかしてお知り合いなんですか……!?」
「うん。うちの会社は同人即売会に企業ブースを出してるんだけどね、そこで別企業のブース担当やってた若い頃の彼とは社員同士交流があってね。もうかれこれ五、六年は会ってないけれど」
ぷろぐれすを運営する会社の取締役は葛西恵という男が務めている。ぷろぐれす創設当初は二十代である事と顔や性別以外の経歴は一切不詳で、謎の人物とされていたが今や業界では知らない人間はいないほどにぷろぐれすを大成長させた実績を持つ。
庵も会った事があるがどこにでも居そうな青年といった感じで、両親や師と知り合いという事以外は彼も素性を知らない謎多き人物でもある。
「そうでしたか。世界って狭いんですね。今度社長に会うので言伝があれば伝えておきますけれど」
「彼も忙しいだろうからね。急にこんな昔の知人から何か伝えられても困ると思うし構わないよ。変な人が寄ってきたと思われるかもしれないし」
「そんな事ないだろ。親父の名前なんか調べたら出てくるしなあ」
「あのやっぱり東さんもご有名な方ですか?」
「Memorable Worksって知ってる? そこの会社役員だよ」
「知ってます、知ってますよ! 三年前にソシャゲで大ヒット飛ばしましたよね。あと、毎回ミリオン出してるクロウ・クロックシリーズとか」
今度は大きな反応だった。
東や詩阿の勤め先は、先日会いに行った吉斗が籍を置く企業よりも大きな会社だ。
近年もヒット作を生み出しており、ガイドラインにて配信活動でのプレイも許可を出しているので、多くの配信者がプレイ動画や配信を行っていて、明澄もその一人である。声のボリュームが上がるのも無理はない。
因みに本名ではゲームのクレジットには載っていない為、自己紹介では明澄に気付かれなかったのだ。
「はは、知ってくれてるんだ。あのシリーズは私と詩阿も関わってる企画だから、嬉しいね」
「シリーズ一作目のラストとか特に感動したんです。二羽のカラスが一時間ごとに出てくるあの烏時計のクロウズ・クロックの意味が『Close clock』で最終的に使わない事が鍵になるとか、初めから主人公だけは使ってるようで使ってなかったり。妹とどちらもビジュのモデルが烏なのは分かってたのにCrowsの複数形とかとも掛かってるし、義理だったのも種類が違うハシブトとハシボソモデルでほんと意味が何重にも重なってたり、タイトルが複数形ではない理由とか色々度肝抜かれてしまって……」
話し出すと止まらないのはゲーマーの性だろう。
明澄はその大きな瞳をキラキラと輝かせて、つらつらと東に語っていた。
彼女の一番の推しであるかんきつへの熱量ほどではないだろうが、それでも熱心なファンとしての一面を覗かているのは微笑ましい。ただ、庵としてはなんとも言い表し難い感情の種が膨らみつつあった。
親を尊敬しているし褒められるのは誇らしいと思うが、それはそれとして複雑なのだ。
「なに、庵。嫉妬してる?」
「してない。楽しそうにしてんなぁってだけだ」
知らない間に四人分の飲み物を足しに行っていた詩阿が、庵の二の腕を小突いてきた。
息子からすれば、なんともうざったらしい顔で。
「そういうの嫉妬の前兆よ。まぁ、同じクリエイターだものねぇ」
「ご勝手な解釈で」
相手にするのも面倒だから、つんとそっぽ向けば、詩阿には色々と見抜かれているようで、くすくすと可愛らしいものを見るように笑われる。
闘争心や対抗心は薄いと思っていたが、どうやらそれなりに刺激されるくらいには感情の起伏があるらしいと、庵は自己分析を見直す。
天狗になったりはしないが自分の仕事への誇りや自尊心は少なからずあり、大人びている庵も若者っぽくあった。
「あぁ、庵くん。私の一番はかんきつ先生ですよ? 好きなのも庵くんですし」
詩阿との会話は勿論隣の明澄に流れているので、耳に入った明澄が不安そうにずいっ、と寄ってきた。
あまりにもフォローが早い。
「いや、別に何も言ってないが……」
「では私が勝手に言っただけということで」
聖女様はどこまでも光属性だ。淀みのない笑顔が眩しい。また庵の扱いも上手くなっている。
我ながら子供だな、と自戒した庵は「悪かった」と明澄の頬に手を伸ばして擽るように撫でた。
その際、自然と肩を抱いている両親ににやにやと見守られたが甘んじて受け入れ、こそばゆそうに眦を溶かす明澄を更に撫でてから、夜のゲーム大会は二回戦に突入した。





