第167話 聖女様と帰省
「あの、変なところはないでしょうか?」
翌日、実家への出発直前。庵がリビングで荷物を確認していると側に人影が現れたので見上げれば、不安げな面持ちの明澄がいた。
今日は初めて庵の両親と会うので、顔に色の濃い緊張を張り付かせている。明澄は徐に半身を翻し自身の衣服に視線を落としつつ、そう尋ねてきた。
「どこも変じゃないと思うけど?」
問われた庵は小首を傾げ、おめかしした明澄を堪能する意味も含めて、一応上から下まで眺めていく。
落ち着いた印象を与えるペールグレーのトップスは、今年の春夏の流行に合わせたとろみ生地のブラウス。夏らしく肩やデコルテの露出をしたいところだが、両親への挨拶を考えて抑えている配慮ぶりだった。
それでいて、流行のシアーを取り入れた透かし編みを施した襟の一部と袖周りは、涼しげで夏らしさを演出している。
トップスに合わせるのはハイウエストのワイドパンツで、カラーは上下とのモノトーンコーデにしたダークトーン。ダボッとしすぎておらず上品にシルエットが揺れ、品格を保っている。
その他の小物使いもセンスがあるし、この清楚さと今年のトレンドを押さえたコーディネートに文句は付けられないだろう。
「うん問題ないと思う。ちゃんと可愛い」
「ほんとですか? 昨日の痕とか見えてませんよね?」
優しい面持ちで頷く庵に太鼓判を押されて喜びつつも、ブラウスの襟を掴む明澄は瞳に心配の光を揺らした。
服の向こう側に付いた、昨晩庵の唇が熱を込めて鎖骨下の胸元を這った痕。誕生日だった彼を甘えさせた名残りが気になるのだろう。
彼女が着るレースブラウスの襟はモックネックなのでそれはきちんと隠されているが、この酷暑に重ね着するわけにもいかず、布一枚では安心の保証にはなっていないらしかった。
「安心してくれ。なんにも見えてない」
「良かった。……あ、庵くん。お家に帰っても無闇に服を脱ぐの控えてくださいね? その……、お腹の方に、私のが……付いてます、ので……」
息を吐き大きく胸をなでおろす明澄だったが、ふと思い出したように彼の腹部に目をやると、消え入りそうな声で自分のお腹をさすってそう言う。
顔はじわーっと朱色が差し、耳の先まで赤くして俯いてしまったが、庵は愛おしそうに撫で「俺も恥ずいからしない」と返せば、明澄の表情にある緊張は和らいでいく。
「……それと、露出とかもう少し抑え目の方が、庵くんのご両親に不快じゃないかなと思ってたりしているのですが……」
「それ以上どこを隠すんだ? 大丈夫。ちゃんと夏の装いの範疇だし、うちの親はよっぽどじゃないと言わないと思う。それに万が一これで文句言ってきたら俺が言い返すし、その時は明澄を連れて帰るから心配するな」
どこまでも心配が勝つのはそれだけ明澄が両親との関係を考えてくれている証左であり、庵はつい口元が綻んでしまう。
親相手でも優先順位は明澄であり庇うことを明言して懸念を一蹴した庵の頼もしさに、明澄の肩から強ばりが解けていくが、明澄にはとことん安心して欲しくて、庵は畳み掛けるように褒めちぎる事にした。
「それにさ。さっきから念入りに準備に時間かけてたのも知ってるし、午前中は美容院行ってただろ? いつも綺麗だけど、今日はより綺麗だと思うよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
「あとその花のイヤリングとかこのフレンチネイルも可愛いよな。化粧もばっちりだし、このままデートに連れ出したいくらい。だから大丈夫だ」
そのまま肩から手を滑らせた庵は耳にかかった髪を手の甲でさらりと持ち上げると、彼女の熱を持った耳に揺れる白い小花のイヤリングをちりと指の腹で軽く弾く。
続けざまに明澄の手を取って、落ち着きのある桜色のガラスフレンチネイルを確かめるようになぞってから、もう一度柔らかい笑みで明澄を見つめた。
「……ほ、褒めすぎです。そんなに褒められたら、ほっぺた熱くなっちゃいます」
照れた明澄は視線を逸らし、熱を持った両頬を手で覆うと、爪先のゴールドラメがきらりと光る。
「駄目か?」
「だめです。汗かいたらお化粧が崩れちゃいますし、あとここでかまって欲しくなるので……」
ちょっと意地悪に覗き込むと、明澄は更にぷいと顔を背けて、庵の胸板に片手を添え押し留める。なのに、拒絶を感じられないほどその手つき弱く、甘えたいという欲求が指先に籠っている。
「ごめんごめん。明澄の事になるとつい饒舌にな?」
「当然、嬉しいんですけどね」
言って、庵が苦笑気味に笑うと、明澄もそれを返すように緊張を上塗りした柔らかい笑顔を顔に咲かせ、胸から滑り落とした手で握ってきた。
「でも、お出かけ前に、好き過ぎて参っちゃいますから」
繋いだ手に少しだけ力を込めると、明澄はそんな風に照れくさそうに言って、小さな手でしっかりともう一度握り返してくれた。
# # #
庵の実家は、現在の住居からは結構な距離にある。新幹線で四十五分ほど揺られて、乗り継ぎが一回。最寄り駅からも歩きなら二十分以上あるので、ちょっとした長旅だった。
駅弁を買って少し遅めの昼食にしたり、一時間に一本しかない電車へ急いで乗ったりと忙しかったが、談笑したり流れる景色を楽しんでいれば、到着が早く感じた。
「のどかで素敵ですね」
「田舎なだけなんだがな」
庵の地元ははっきりいって田舎だ。と言っても、市内は二十万人の人口がいるし、ここから十分も車を走らせれば地方都市のベッドタウンとしての小さな街がある。実家が街郊外の田舎と言うだけで、新旧の住宅地がそれなりに並んでいて、コンビニもあるし小さな郵便局だったり人も意外といて、寂れ過ぎず多過ぎずと言ったところ。
バスが出ているのでそれに十分ちょっと揺られる。彼の実家近くのバス停で降り、三分ほど歩けば周囲より大きめの家が見えてきた。
「ここが、庵くんの……。立派なお家ですね」
「三人家族だし誰かしら家に居ない事が多いから持て余してるけどな」
しっかりとした門扉の前で二人の足が止まる。
明澄には想定より大きかったようで、ぱちりと瞳を丸く張って見上げていた。
「緊張してきました……!」
「初めて彼氏の親に会うのが実家だもんな。本当は喫茶店とかの方が良かったんだろうけど。良い人達ではあるから、心配はしなくていい」
「それは信頼してます。だけど、庵くん。ラストチェックです。おかしなとこないか、確かめてください」
今度は不安というより心の準備といった感じに、明澄は庵に向いて再び身だしなみのチェックを申し出た。
心配症か、と庵は苦笑しながらも「はいはい。ちゃんと可愛いから大丈夫だって」と、しょうがなそうにしながら、その背中を軽く押す。
「よし、行こうか」
「……はい」
明澄が呼吸を整え小さく頷いたのを待ってから、庵は門に手を掛ける。
離れていた手を優しく握ってやれば、明澄から仄かに色づいたはにかみが返ってきた。
おはろばんわ乃中です。
最近更新止まり気味で申し訳ないです。ようやく帰省編が始まります。それについてですが、庵の実家の設定がもしかしたら最初の方と場所とか変わってるかもです。書籍発売後はコミカライズ制作と併せて書籍の方に準拠させてるので、ほんとややこしくてごめんなさい。





