第161話 聖女様とネットショッピング?
明澄をソファまで運んだが、彼女の体調は本当に悪いものではないらしく、横になる事はなかった。
当然、添い寝もしない。
ただ、今日のショッピングを中止した代わりに、一緒にネットショッピングをするという提案が明澄から出たので、庵はおやつを用意してリビングのテーブルに並べた。
「これ、可愛いですね……!」
「すげぇ、もふもふなスリッパだな」
ひょいと、明澄からスマホを差し出されると、ちょっと間抜け面な犬のスリッパが表示されていた。
ファーのような毛並みは過剰じゃないかと思うくらいにもふもふしていて、中も暖かそうだ。
庵はこういったものは積極的に好まないのだが、明澄は結構欲しそうな表情をしていて、それにくすりと笑う。
「今のスリッパは少しくたびれてきましたし、買い替えようかな……?」
「そうだっけ? 去年買ったばかりだけどそんなに悪くなってきてたか」
「あ、私の家の方です。実家でも履いていたのを持ってきたので」
「ならある内に買っておけば?」
「しかし、まだまだ履けるので勿体ないですし」
うーん、と明澄は悩み顔を見せて唸る。
大手事務所所属の大人気ライバーの稼ぎなら、この程度どうという事はないだろうが、明澄の金銭感覚は極めて庶民的である。
かんきつのグッズが出る度や、彼が携わった作品、ゲーム内の課金キャラやスキンには惜しみなくつぎ込むが、明澄が財布を緩めるのはそれくらいなのでまだ健全だろう。
また、毎回のようにスーパーで値札と睨めっこしているし、彼女は家計簿もきっちりつけていたりと主婦的な面は頼もしい。
物持ちも良いし、使える物を簡単に買い替えるのには抵抗があるようで「それに少しお高めなのががが……」と、物価高うらめしやなんて聞こえそうなほど、悩みに悩んでいた。
「ストックって事にするのは? 今のが本当に駄目になった時用にな」
「庵くんは悪魔の囁きが上手いですね」
「合理的の間違いだろ。ほら、財布が許すならポチってしまえ」
予備を用意するのは何もおかしくはない。特にキッチン周りの物は予備を置いてあるし、庵は仕事道具であるスタイラスペンの芯の予備をいくつも保有している。
スリッパの予備があったっていいだろうし、先送りにして買い替える時に在庫があるとは限らない。
庵は明澄に唆すように囁けば、彼女は少し悩んでからタプタプと画面を操作して決済する。そして、後戻り出来ない状況に「……買ってしまいました」と、明澄は形容し難い感情を抱きつつも、ちょっと嬉しそうに庵の顔を見てきた。
「それで庵くんは何かめぼしい物は見つかりました?」
「なんだろうなあ。仕事関係はチャンネル始動前に足りないやつを揃えたり買い換えたりしたからその辺はもういいしなあ」
合理的かつ効率厨の庵は必要な時にそれが無くて時間をロスするのが嫌いなので、仕事道具で足りていないものはない。
フィギュアやイラスト用の参考書、グッズとかは都度都度欲しいと思ったその時に買ってしまう。
欲しい時に買う派だが何でもかんでもと手は出さないし、届いた荷物をそのままにしたり偶に衝動買いすると明澄に怒られるので、必然的に最近は物欲も大人しくもなっているのだ。
「庵くん、マイクも新調しましたし、色々ペンとか持ってますもんね。確かミリペンとかアルコールペンとか、色鉛筆まで沢山ありますよね? 持ってないペンはないんじゃないですか」
「いやいや、色紙とかやるからアナログ用も揃えてるだけで、コレクターじゃないしそんな事はないよ」
「そうですか? あの引き出しに入ってるの見ると壮観でしたよ。偶に開きたくなりますし」
「見たいならいつでも引き出しは開けていいよ。掃除してくれてるしな」
「ええ。また、お掃除ついでに見させてもらいます。……いえ、そんな話より庵くんの欲しいものです。今日はネットショッピングデートのつもりですからね」
そう言われてもタイミング的に本当に今欲しいものがなかった。
なんなら明澄という存在まで手元にあって、満たされすぎているお陰か、新作ゲームを買ったりして一人で遊ぶ気も起きていない。
この時間の方が得難くずっと欲しいと思うくらいには浮かれている。
「元々明澄のショッピングの代わりだろ。明澄が一通り見てからでも俺は……」
「一緒に眺めてるだけでも楽しいんじゃないですか。ほら、はい……!」
買い物が好きなのは女子の共通点なのか、明澄も楽しそうにスマホを眺めては庵と共有していたから、彼は遠慮気味にしていた。
ただ、明澄は買う気が無くてもあれやこれを探すのが醍醐味と思っているのか、消極的な庵に対して不満があるらしい。
少し強引にスマホを庵に手渡してきたから、ちょっと受け取り損ねそうになって、画面を指やら手のひらで意図しない箇所を触ってしまった。
そうして、彼女のスマホを持ち直しふと画面に目をやると、とんでもない商品のページを開いていて、思わず声を上げた。
「おっと、……ありがと……ぉ!?」
目にしたのはネグリジェやベビードール、否。庵は詳しくないので分からないが、多分ほぼ下着に近い扇情的なランジェリーだった。
特段検索もしてないし、先程まで開いていた関連商品でもないのであまりにも庵はびっくりしてしまった。
それにパッと見なので見間違いかもしれないが、恐らく上下共に触ったりして露わに出来るような小さなスリット付きだったのが、余計に驚かせたのだ。
そうすれば明澄も気付いたようでスマホの画面に目をやると「どうしまし……た!? わ、わわーわーわー!」と、大慌てで庵が持っていたスマホの画面を両手で隠したのち、目をグルグルさせながら真っ赤な顔で奪い取った。
「み、見ましたよ、ね?」
庵から身体ごと背けスマホをいじっていた明澄は、ゆっくり振り返りプルプルと震えながら尋ねてくる。
あまりの恥ずかしさで少し泣きそうになっていた。
「目に入ったのは間違いない。悪い」
「い、庵くんは悪くありませんので。自分の渡し方が悪かったですし」
「いや、まぁうん。どっちも仕方ないと思うから……」
「そ、の、ですね、別にああいったのを着ようと思った訳ではなくてですね? 昨日、他のパジャマとかネグリジェを探していたら間違って開いてしまって、履歴が残ってただけなんです。嘘じゃないです」
落ち着くと、明澄は早々に弁解を始めた。
明澄の性格や普段の振る舞いを考えれば、あれを着用するようには思えない。
庵の肌にも敏感な明澄の事だからキスより先に進むのも時間がかるだろうし、庵はそれを待つ予定だ。
そんな彼女が情事の際に使用するような衣類を検索しているとは考えにくいので、本当に誤タップの誤タップが招いた事故なのだろう。
「う、うん。まぁ、明澄があんな感じのを着るようには思えないから、疑いはしないけど」
「ほんと、あの、庵くんとキスとか添い寝したりとかしてるから、勝手に盛り上がったとかではないですからね?」
誤解を残すまいと、まだ紅が差した頬のまま指で唇をいじいじしながら、明澄は念を押してくる。
嘘はついていないのは確かなのだろう。けれどその仕草と若干の早口がとても言い訳染みて見えるのだが、ここは「分かってる分かってる。びっくりしただけ」と、理解を示しておくのが無難だろうと、それは心に秘めた。
「ちょっと、お茶を淹れてくるな」
弁明を聞き終えた後、少しばかりというか派手に気まずい。明澄も羞恥で火照った顔を冷ます必要があるだろうから、庵は席を立ってそそくさとキッチンへ。
(ほんと、焦った……!)
なんでもないように見せかけたが、庵の内心は正常さに欠けていた。
まさかあんな物を目にするとは思っていなかったから、興奮というよりは困惑の方が勝っていたのだ。
長めに時間を掛けてお茶を淹れ、平常心を取り戻した庵は「お待たせ」と、明澄の隣に座った。
「で、その、庵くんは……」
「うん?」
ちびちびと、口をつけていたティーカップを唇から離した明澄は、おっかなびっくり口を開く。
「……あ、ああいうのは、好きですか?」
「げほッ、ごほっ……ゔゔぅんっ! いやいや、好きとかはないから」
突飛かつ爆弾的質問に庵は盛大にお茶をむせた。
なんて事を聞くんだ、と思いながら口の周りを拭きつつ、答えてるようで答えていない対応で濁す。
とは言うものの、濁しただけで男としては期待してしまうものが多少なりともある。
なんなら、明澄があの商品を着た姿を想像してしまって、脳裏から追い出すのに忙しくしたくらいだ。
恋人の肌を、隠すべき箇所を、見たくないというのは無理がある。それでも今ここで答えるのは些か性急である。
明澄もうんと言われたってどうせ今の状態では、望んだ場合の庵に応えられないだろう。
「……そ、そうですよね。庵くんはそういうタイプではありませんしね」
庵からの否定気味な返答に明澄は少しの間を空けてからカップに安堵したような表情を映す。
間もなくすると、苦笑いしながら納得していた。
彼女がその顔をするという事はまだ早いという庵の判断は間違っていなかっただろう。
であれば、そんな危ない質問はしないで欲しかった。
「あのさ。好きって言ってたらどうするつもりだったんだ……?」
「えっ。い、庵くんが望むのなら、その、お……」
「その、お……何?」
「あ。いや、忘れて下さい」
「めちゃくちゃ悪い事するなぁ」
「これ以上は答えられないので!」
口に出しかけてやっぱり止めた、をされると凄くやきもきする。
嫌味ほどではないが棘の付いた言い方で明澄に寄ると、明澄はぐいーっと胸を押してきてシャットアウトした。
彼女は頑張って何かを隠したのだろう。必死にバレまいと顔を背ける明澄が愛らしくて、庵は「かわい……」とその赤らんだ頬に口付けた。





