第160話 違和感と欲しいものと好きなもの
『もうプールには行ったかい?』
明澄が仕事で不在なため、久しぶりに一人で昼食を摂っていると、ポーンとスマホが鳴った。奏太からだ。
庵はトマトの冷製パスタを口に運びながら『まだ。中旬くらいに行く予定』と、片手でポチポチと打って返す。
『かなり良かったからオススメだよ。折角の誕生日プレゼントだから楽しんで』
『サンキューな。もちろん絶対行く。あ、今年何か欲しいものあるか?』
『もしかして俺の誕プレ?』
『おう。今年も世話になったしな』
庵の誕生日も併せてのプレゼントだし、去年胡桃や奏太にプレゼントを贈って祝っており、そのお返しが今年のチケットだろうから、彼らにはまたお返しをするつもりだ。
昨年はサプライズで贈ったが欲しいものがあればそれに越したことはない。さらっと聞いておく。
『ありがとう。庵はセンス良いし、プレゼントが何かは楽しみにしておこうかな。寧ろ、庵はチケットで良かった? 何か欲しい物とかあったらそっちが良かったかな』
『いやいや、祝ってくれるのが嬉しいんだぞ』
ちょっと後悔気味なメッセージに庵は、何を心配してるんだ、と優しい友人に苦笑しながら文字を打った。
ただ、細かに配慮する人間とはいえ、彼がその場で言うなら兎も角、あまり意味のない行為だから後から聞いてくるのは中々ない。
と、不審さを感じたものの、気を使ってくれている奏太に失礼だなと脳裏から疑いを追い払った。
『相変わらず物欲ないね。ほんと欲しいものないんだ』
『物欲っつうか、単に嬉しいだけだから。プールなんて一人じゃ行かないし』
贈り物において大切なのは気持ちである。
そもそも庵は浪費はしないがちゃんと物欲がある方で、大抵欲しい物や必要な物はパッと揃えてしまう経済力があるから、あれこれ欲しいと言わないだけだ。
『ああ、水瀬さんの水着見られるもんね』
『そういう事じゃねぇよ。まぁ、楽しみにはしてるけどさ』
プールに行く理由は明澄の水着を拝むのがメインではない。折角貰ったのだから、しっかり楽しんで出来るだけ遊び倒さなければ申し訳ない。
それに下心を持って目を向ければ、明澄が嫌がる事はなくとも庵の方が色々大変な目に遭うだろう。
『素直じゃないなあ。近くにオシャンなホテルがあるからオススメするよ。予約空いてるか分かんないけど』
どうやら彼はきっちり遊び倒したらしい。
しかし、いくら良かったと言われても宿泊施設を二人分予約する勇気はなかった。
ただでさえ、つい最近一歩進んだばかりでタガが外れやすい気がしてならないのだ。
『やかましい』
そう短く返して、スマホをスリープさせた。
# # #
「ただいま。戻りました」
「あれ、早くないか?」
まだまだ空が明るい夕方頃。
明澄が帰ってくるのはプライムタイムに突入した後ぐらいの予定だったから、思いの外早く帰ってきた彼女に驚いた。
明澄は眉をハの字に曲げ「疲れちゃったのでスーパーだけにしました」との事。体調管理は大事だし、仕方ないので「そっか、お疲れさん」と庵は労い、その隣を彼女は通り抜けて冷蔵庫へ向かう。
「あ、荷物は俺が……って結構多いな? それだけ多いならスーパーに呼びつけてくれれば良かったのに」
「あっ。違う! こっちじゃなかった……!」
ショッピングを取りやめるくらい疲れているのだからと、庵は明澄の荷物を受け取ろうとしたのだが、次の瞬間彼女はハッとした顔をし、そうやって慌て出した。
「どいうこと?」
「ちょっと家用に買いたいものが多くて分けてたんですけど、そっちを持ってきちゃいました。取り替えて来ますので、少々お待ちを」
小首を傾げた庵に、明澄はさっと荷物を背に隠すようにして説明する。
それから、彼女は身を反転させながら恥ずかしそうに笑うと、直ぐさま小走りで自宅に戻って行った。
(ああいう慌て方は珍しいな)
疲れてるからなんだろうな、と思いつつも、どこか違和感を抱きながら庵は遠ざかる背中を眺めた。
「お待たせしました。ドタバタしちゃってごめんなさい」
「疲れてるんだから、ゆっくり動いたらいいんだぞ」
直ぐに戻って来た明澄は羞恥から苦笑する。その顔をこちらに傾けながら再び冷蔵庫へ足を向けたので、庵は明澄に優しく笑いかけて今度こそ荷物を受け取った。
小さく頭を下げる明澄は「え、ええ。お気遣いありがとうございます」と申し訳なさそうにしているが、やはりどこかおかしい。
どこかバツが悪そうな明澄が気になった。
「どうした? 気分悪いなら横になるか?」
「そこまでではありませんので、大丈夫ですよ」
「そうか? 今なら添い寝付きかもだぞ?」
「え……?」
ぱちくりと瞬きをして動きを止めた明澄が分かりやすい反応をしたのが可愛らしくて、つい笑ってしまう。
「うそ……なんですか?」
「まー、揶揄ったつもりだったかも?」
「も、もう!」
可愛いらしく憤慨した明澄にぽこぽこと胸を叩かれた。
先日のように一緒に寝たり、ソファに並んで居眠りした事は幾度かあるものの、そう何度も頻繁には許してくれないだろうと思っていた。
けれども明澄は満更でもなかったらしい。
痛い痛い、と庵は睨みきれていない睨みをしている明澄の手を掴みながら下ろして、代わりに頭を撫でて落ち着かせると、怒りは静まっていった。
「ごめんごめん。てか、そんなに添い寝気に入った?」
「……だ、だって好きな人と一緒に寝転がるの、あったかくて、気持ちいいですし……」
「そうなんだ。明澄が望むなら全然良いけど」
「……ま、まぁ、でも? どっちかって、言うと、その……だっこ、の方が……」
「ん? ごめん、聞こえなかった」
「え、と……お、お姫様だっこの、方が嬉しかった、です」
しゅぅ〜、と明澄はみるみる赤らみ、目線を下げながら、か細く告げた。
あの時、さらっと持ち上げて寝室に連れて行ったが、どうやらそれがかなり良かったらしい。
庵はなんとも思わないが、されて嬉しいと同時にちょっぴり恥ずかしさもあるのだろう。それが、庵に癖と思われるのも彼女の恥じらいに拍車を掛けていた。
「へー、あんまりそういうのに憧れるようには思わなかったな」
「わ、私だって庵くんを好きになる前は、なんとも思ってませんでしたよ。でも、いざ好きになって付き合うと、価値観が変わるものなんです。しかも抱っこされると、庵くんのかっこいいお顔が近くにあるし、腕の筋肉とかひょいって持ち上げられる感じが男の子っぽくて、体温とか抱かれてる感触とか、もうほんと……」
「喜んでくれるのが何よりだから、ご希望ならソファまで抱き抱えてってやろうか?」
「え、いや、あの……」
言い訳をするようにやけに饒舌に語ってくれた明澄があまりにも可愛らしくて、どういう反応をするか分かった上で、庵はちょっと悪いものを含みながら伺ってみると、想像通りに明澄は赤い顔を逸らしながら戸惑った。
追い討ちとばかりに「要らない?」と庵が悪魔のように囁けば、明澄は恥ずかしさで小さくなりながら「……い、要ります」と、ゆっくり頷いた。
「よっ、と」
「お、重くないですか?」
先日と同じように庵は容易に明澄を抱え上げると、明澄は恐る恐るそう尋ねてきた。
「まぁ、強い愛は感じるな」
「そ、そうではなくて。 私、身長に対して平均体重を越えてて……」
「そんなのバランスによるだろ。つーか、明澄のスタイルで、体重がとか言い出したら他の女子が泣くぞ」
明澄の身長は恐らく高い方ではなく、寧ろ小さいかもしれない。
脂肪より筋肉の方が重いし、明澄は全然筋肉質ではないが体型維持のための筋トレが影響している可能性はある。
そして多分彼女の起伏の強いスタイルが原因だろうと思うが、セクハラに値しそうで庵はその意見を押し込めた代わりに「重くないものは重くない」と言い切る。
それでも明澄が「でも」と言うので「それ以上は口で口を塞ぐからな」と、黙らせて明澄をソファまで運んでいく。
その間、明澄は「ほんと、理想過ぎます……」と熱を上げた視線で庵を見上げていた。





