第159話 探りを入れる聖女様
庵の夏休みの過ごし方は仕事が六割、勉強が二割、配信が一割で残りの一割は休みに充てている。
八月の仕事ペースを落とす為に頑張り時で、先月と今月は仕事を詰め込んだのもあって、夏休み序盤にしてどっぷりと疲れが溜まりつつあった。
今も、ちょうど一週間ぶりの配信を終えたばかりだ。朝活と称した九時からの配信も二時間半が経過し、凝りを解すためにグルグルと肩を回し、グッと背伸びする。
毎年同じような生活を続けているが、夏の方が時間があって睡眠時間も取れるし、明澄がいるお陰で特大の安らぎがあるから、今年は十六年間の人生で一番の充実感を得ているだろう。
疲労感も良い心地だ。だからこそ癒しを求める訳で現在自宅で作業中の明澄に会いたいなと、メッセージでも飛ばそうとしてスマホをタップした直後、部屋のドアがノックされた。
「庵くん配信お疲れ様です」
「来てたのか」
「作業のお供に配信聞いてましたので、終わったら会いたいなって」
黒と深緑のプリント柄のボリューミーなフレアスカートを揺らし、にこっと笑う明澄に「俺も同じ事考えてた」と、微笑み返す。
このタイミングの良さを運命的とはあまりにも大袈裟だが、彼女との波長の合い具合に嬉しくなって、とても可愛らしく振舞った明澄を抱き締めたくなった。
しかし、今揺らしたスカートもだが、白のノースリーブのタイトなカットソーやお団子のヘアアレンジ、何よりきっちり化粧をしているのを見るに今からお出かけの様子なので、PCの排熱で暑かった事もあり、汗臭いかもと匂いを移さないように耐える。
「今日お仕事の帰りにモールに寄ってきますけど、何か要る物とかあります?」
「どうだろ、昨日渡したリスト以外はないかな」
「生活用品だけじゃなくても良いですよ。電気屋さんとか雑貨屋さんとか、色々回る予定ですし」
庵と明澄は半同棲と言っても過言ではなく、買い出しを代わる代わるしているが、あれもこれもと頼むのは申し訳ないし、どちらも世話焼きなので奉仕精神旺盛と言えど、恋人は従者ではないし基本的に生活用品と食品に留めている。
それもあって、仕事や趣味のものは自分できちんと買うから、こうして聞いてくる事はあまりなく、珍しいなと思いつつ何か要るっけなと思考を巡らした。
「いや、大丈夫かな。欲しいのは自分で見に行くよ。その時はデートがてら一緒に行こうか」
気軽に頼めるものは思い付かなかったから首を振ってから、さりげなくデートのお誘いをする。
夏休みを迎えた学生カップルならイベント事が多く時間の余る期間とあって、色々デートしたりするのだろうが、仕事があったりであまり彼氏らしい事はしてやれていないのが気がかりだったのだ。
一緒にスーパーへ行ったりするだけでもそうだし、偶のデートをとても喜んでくれるので、庵は少しでも楽しみを増やしてやりたかったのだが、明澄が微妙に難しい顔をしたのがチラリと見える。
「……そうですね。デート楽しみにしてます!」
ちょっとだけ無理に取り繕いたどたどしくしながらも、明澄はぱっといつもの笑みに切り替える。
「俺の用事をデートに組み込むのは嫌だよな。ごめん」
「え!? 違います違います! 庵くんとのデートが嫌な訳ないです!」
驚くように目を丸くした明澄は、ぶんぶんっと左右に頭を振って強く否定してきた。
付き合って間もないが、二人の性格からかなり熟したカップルだ。遊びより日常的な買い物を兼ねたデートが結構多かったので、流石の明澄も夏休みとあって嫌気が差したと思って謝ったがそうではないらしい。
「そうなのか? 俺あんまり彼氏らしく遊びに連れて行ってやれないからさ。悪いなって」
「私もお仕事とか配信ありますし、お互い様ですよ。それに付き合ってすぐ時間を作るって言ってくれましたから、それ自体は果たしてくれてますし充分ですよ」
「そうかな」
「そうですよ。と言うか、彼氏らしい事もばっちりです。デートだけが恋人のする事ではありませんから。それに、ほ、ほら先日から、キ、キスとかしてくれますし……」
もごもごと恥ずかしそうに言い淀みながら、明澄は唇を指で隠すように触る。
少し前に明澄と初めて口づけをしてからは、まだぎこちないながらも触れ合っているし、昨夜も映画を見ている時に熱が入ったから、それを思い出しているのかもしれない。
庵もしたかったからしたが、キスは明澄も望んでいたようだし、スキンシップの面から評価してくれているのだろう。
その様子を見るに今の恋人生活に不満はないようで、庵は抱えていた罪悪感を消しつつ安堵を得た。
「と、兎に角庵くんは百億点満点の彼氏さんですのでご心配なく。……では、もう行ってきますね」
「え、ああ、うん。気を付けてな」
しっかり伝えたい事を伝えてから、いそいそと部屋を出ていく明澄にはほんのり怪しさが漂っていた。
何か探られている感覚で、そしてそれを隠蔽しようとする雰囲気だ。
「機嫌を損ねた……とかじゃないよな?」
部屋に残された庵は、小首を傾げつつそんな独り言を漏らした。





