#13 遭遇
冷静に考えれば、こうして幽霊と毎日出会っている時点で、僕も不審な人物の一人だろう。側から見れば、一人で真っ暗な郊外の交差点の端で、スマホをもって眺めている。
だがあのメールに書かれた人物の方が、僕よりはるかに怪しい。なにせ奴は……
などと考えてると、僕の顔の前から、またしてもにゅにゅーっと白い手が伸びてくる。
アーダよ、頼むからもうちょっと穏便な方法で僕の気を引いてくれないかなぁ。いや、腕が顔から飛び出すことを嫌がってるわけではない。ただ、僕の顔をその腕で貫くと、ちょうどアーダの胸元の辺りが僕の目の前にあって、男としてはどうしても気がかりなものが目の前にチラついて仕方がないんだ。その奥にあるものが、もう少しで見えそうで……
「ご、ごめんごめん。考え事をしていた。今ちょっと、大変なことになっててね」
僕は言い訳をするが、アーダは不機嫌そうな顔で僕を睨む。その不機嫌な顔もまた可愛いのだが……それはともかく、別に僕が考え事をしてても動画は見られるだろうに、どうして僕がボーッとしてると、彼女はちょっかいを出したがるんだ?
言葉が出ないから、近頃は身振り手振りで僕と意思疎通を図ろうとするアーダだが、この時ばかりはよほど言いたいことがあったようで、仕切りに口をパクパクしている。言っていることは分からないが、言いたいことはなんとなく分かる。もっと私を見てくれと、そう言ってるのだろう。
「ごめん……そうだよね、アーダのような綺麗なお嬢様を前に、心ここにあらずというのはとても失礼なことだよね」
僕はそうアーダに応える。するとアーダは口パクをやめ、顔は少し紅潮し、大人しくなる。
……やっぱり、アーダって変な幽霊だ。顔が赤くなったり、自分を見てくれと要求してみたり、およそ幽霊らしからぬ態度や表情をする。この2人の光景を他人から見たら、どうしたって深い仲の男女にしか見えないだろうな。ただし、見える人はかなり限られるが。
いつも思うのだが、アーダが生きていてくれたら、僕らはどういう会話をするのだろうか?スマホのアプリを通して知るアーダの性格は、おしとやかというより、行動的だ。甘美なものより刺激的なものを好む。宇宙なら、穏やかな星や星雲よりも、活動的なブラックホールや中性子星のようなものに興味を示すだろう。だから、あまり貴族のお嬢様らしさを彼女からは感じない。
しかしアーダの姿は、まさに理想的なお嬢様そのものだ。服こそ寝間着ながら、端麗な顔立ち、銀色の神秘的な髪、妖艶な姿。せめて生前に出会えていればと悔やまれるほどのご令嬢だ。
もっとも、生きていたら、僕と出会う機会などなかっただろう。生きていれば、大した身分も才能もない僕との接点など、あろうはずもない。それほどまでに貴族とは雲の上の存在。皮肉なことだが、幽霊だからこそ出会えたのだ。
でも、時々思う。たくさんの偶然の上に、運命的な出会いを果たしたというのに、言葉すら交わせない。夜の短い時間しか会えない。僕らが出会えたことは、果たして幸運だったのだろうか、と。
できれば一緒に王都の市場や宇宙港併設の街にあるショッピングモールに行って、食事をしたり、映画を観たり……この星が連合側である地球719に発見されてもうすぐ2年になる。300光年も離れた星で漂う魂と出会い、僕はささやかな幸福と、それ以上のもどかしい気持ちとの間に揺れている。
機嫌を直し、再び動画に夢中になるアーダの横顔を見ながら、僕は考える。時々アーダは、僕の顔を見てはにこりと微笑んでくれる。その度に僕も、微笑み返す。この言葉を発することのできない幽霊との意思疎通を、いつしか僕は愛おしいものに感じ始めていた。
こうして今晩も、時間が過ぎていく。そろそろアーダがあくびをする時間だな。そう思い始めたその時、突然、アーダが画面から目を離す。そして、辺りを見回す。
まだ、ドラマは終わっていない。なのにアーダは、何かに呼ばれたように辺りをキョロキョロと見回している。どうしたのだろうか?
見たところ、真っ暗な森が見えるだけだ。何か聞こえてくるのだろうか?そう思い、僕は耳をすましてみるが、何も聞こえない。風に揺られた木々の葉音がさらさらと聞こえるくらいだ。だが、アーダは立ち上がる。そして歩き始めた。
「ちょ、ちょっと、アーダ!どうしたの!?」
僕の声など、聞こえていないようだ。何かに引き寄せられるように、アーダは早足で歩く。僕は後を追う。
何かとても嫌な予感だ。胸騒ぎがする。こんなアーダは初めてだ。まさかとは思うが、あの世からのお迎えでもやってきたのだろうか?言いようのない不安を抱えながら、僕はアーダの後ろをついて行く。
しかしアーダが向かったのは、王都だった。城門を潜り抜け、そのまま奥に進む。城門に立つ門番には、アーダが見えない。見えるのは、早足で歩く僕だけだ。突然現れたそんな僕を見て、不審そうな顔をする門番。その門番には軍病院に呼び出されたなどと適当に言い訳して、僕はアーダを追う。
アーダは王都の中央に向かう。さっきからまるで僕のことを気にする様子もない。まるで何かに操られているかのように、一心不乱に道を歩き続けている。そして2人は、貴族街へと至る。
なんだってこんな時間に、貴族街なんかに……と思ったが、よく考えてみればアーダは貴族令嬢だ。もしかすると自身の亡くなった場所に引き寄せられているのかもしれない。となれば、アーダの正体が分かるかもしれない。
しかし一方で、僕は考える。もしかするとこれが、アーダとの別れになるのではないか、と。自身の秘密を知った幽霊が、それを知った瞬間に昇天する。確か、そんな話をどこかで読んだことがある。まさにアーダは、自分の死の秘密に迫ろうとしているのではないか?
などと期待と不安の入り混じる中、モンフォルニュ公の屋敷のそばを通り過ぎる。その向こう側の角を曲がり、しばらくまっすぐ道なりに進む。
あの電撃幽霊の騒ぎのあった街灯の下も通り過ぎた。だが、アーダは歩みを止めない。そのT字路を曲がってさらに進むと、ある橋の手前で止まった。
王都の真ん中には、サパス川という小さな川が流れている。その川には何箇所もの橋がかけられている。ここはその一つだ。
まさかとは思うが、もしかしてここがアーダの死んだ場所なのか?今もそこに、アーダが眠っていると……流れる川に架けられた木製の橋の下に、僕は目をやる。
ところがそこに、何やら人影らしきものが見えた。その人影に向かって、アーダはずかずかと進む。そしてアーダは川の堤を降りて、その人影に近づき立ち止まる。
僕も堤のそばに歩み寄る。そしてアーダの放つ光で、その人物を見た。
僕はその人物を見て、はっとする。すかさず腰に手を伸ばし、銃を取り出す。そして、その人物に向かって叫んだ。
「何をしている!」
その人物は僕の叫び声に気づいて振り向き、僕と対峙する。




