#12 脱走
「えっ!?ちょ、ちょっと待って下さい!連盟軍の捕虜って、軍施設内に監禁していたはずでは!?」
『いや、監禁先は軍病院だ。と言っても、それなりに厳重な施設なのだが、そのうち軽症の4人だけが病室を抜け出して、逃げ出したらしい』
「な、なんですかそれは……?」
もはや、返す言葉もない。仮にも、王都内でのいくつかの事件に関わったとされる連中をみすみす逃してしまうとは、軍は一体、何をやっているんだ?
「ところで、捜査官殿は今、どこにいるのですか!?」
『私は今、その軍病院のロビーにいる。その4人の行方を探っているところだ』
それを聞いて僕は、大急ぎで軍病院へと向かう。
軍病院は、王都宇宙港からやや離れた場所にある。捕らえた連盟軍兵士を収容しているだけあって、周囲は思ったよりも厳重な作りになっている。鉄条網が張られた分厚い塀に、嵌め込みの防弾ガラスに、監視カメラがあちこちにつけられている。
出入り口はロビーにしかなく、ここ以外の場所からの出入りは、すぐに警報が鳴る仕組みになっている。当然、ロビーには警備員が数人いるが、防犯カメラにも警備員の目にも、4人が通り過ぎるところは目撃されていない。
「不可解な事件だ。一体、どこから抜け出したのか……」
「当然、この病院にも何らかのセキュリティシステムが使われているんですよね?」
「当たり前だ。農場などの比ではない、厳重なシステムで監視されているんだ」
確かに、捜査官もいう通り、この病院は並みの警備システムではないことは僕の目にも分かる。ここは元々、反逆行為や暴力行為を行った者を入院させることも想定して作られた病院であるため、普通の病院では考えられないほどの厳重さが求められている。もちろん、連盟軍の捕虜を収容することも想定されている。
そんな病院だから、もちろん万全のセキュリティで守られているはずだった。それが軽症とは言え、4人もの怪我人を見逃す結果となった。だから、病院では天地がひっくり返るほどの大騒ぎになっている。
「今回逃げ出したのは、同じ病室にいた4人組。今朝の8時には、朝食を持ち込んだ看護婦がその4人の姿を目撃している。だがその1時間後に巡回した時には、すでに姿を消していたそうだ」
「つまり、たった1時間のうちに、この厳重なセキュリティを掻い潜って4人は消えてしまった、というわけですか」
「ああ、そうだ」
「でも、その病室の周りには防犯カメラが設置されているのでは?カメラの映像を辿れば、自ずと犯人の経路がわかるのではないかと」
「もちろん調べた。病室から出た通路にも数台のカメラが設置されているからな。だがどのカメラも、その4人の姿を捉えてはいない」
「そんな……てことは、通路も通らず逃げたということに……」
僕は、愕然とする。じゃあ一体その4人は、どこから逃げたというのか……?
「もしかして、その病室の窓から外に逃げたのですか?」
「いや、それは不可能だ」
「どうしてです?」
「その病室には、窓がない」
ああ、それは不可能だな。何というわかりやすい密室なのか?通路のカメラにも映らず、部屋には窓もない。では一体どこから……
「あの、捜査官殿、その部屋を見せてもらってもいいですか?」
「あ、ああ、分かった。だが、我々だって調べたんだ。今さら、何も見つからないぞ」
僕は何となく、その部屋を見せてもらうことにした。問題の病室へと向かう。
厳重な扉を3つ潜り抜け、その病室に着く。確かに、捜査官の言う通り窓がない。てっきり天井に大きな空気ダクトでも付いていて、そこから大泥棒みたく逃げ出したのかと思ったが、そもそも大きなダクトなどない。それどころか、人が入るほどの大きな穴など、この部屋には存在しない。
廊下に出てみる。廊下には窓がついているが、破られた形跡はない。通路は一本道で、階段につながっている。反対側は行き止まりだ。
第一、ここを通れば必ず防犯カメラに映るはずだ。それ以外に人の通り道などない。だけど、ここを通るしか他に道は……
「捜査官殿!」
僕はふと閃いて、捜査官殿に向かって叫ぶ。
「な、なんだ!?」
「捜査官殿!ここのカメラって、今すぐ確認することができますか!?」
「カメラの確認?カメラの、何を確認するんだ?」
「今、カメラに写っている映像ですよ!」
「今の映像?そりゃあ、少尉と私が映っているだけでは……」
「それを確かめるんです!」
何となくだが、悪い予感がする。僕は捜査官に嘆願し、ここのカメラの映像を確認してもらう。捜査官はスマホを取り出し、この病院の監視ルームに電話する。
「……ああ、そうだ、4階の南の通路なのだが……何!?本当か!?カメラを間違えてるんじゃないのか!?もう一度確認してくれ!」
捜査官がスマホに向かって、大声で叫んでいる。それはどうやら、僕が思った通りの事態が起こっているようだ。
「大変なことだ。いくら調べても、ここのカメラの今の映像には、私と少尉は映っていないらしい……」
やっぱりだ。そんなことだろうと思った。
「つまり、ここのカメラは偽の映像を監視ルームに垂れ流している。そういうことになりますよね?」
「ああ、そうだ。そうなのだが……しかし少尉、なぜここのカメラが怪しいと?」
「その前に、一つだけ確認して欲しいことがあります。この病院のこの辺りのセキュリティを施工した業者はどこか、調べられませんか?」
「分かった……が、そんなことを知ってどうするんだ?」
ともかく僕は、捜査官にここのカメラの設置を行った業者を確認する。再び監視センターへ電話する捜査官。
すぐに返答が返ってきた。出てきたのは、またあの会社だ。僕は確信する。そこで僕は、農場で起こったあの話を捜査官にする。
「……なんだって!?農場のセキュリティも!?」
「そうです。偽のセキュリティシステムが稼働していて、実際には小屋の辺りがノーガード状態になっていました」
「なんてことだ……でもそれじゃあ、この会社が……」
「はい、どう考えても怪しいですね」
「だが、この会社と言えば……」
僕のこの話に、捜査官は絶句する。これまでの事件、そして今回の捕虜逃亡事件。この2つの事件に共通して浮かび上がる、ある企業。
その企業の名前からは、僕はある人物の名前しか浮かばない。だが、まさかその人物が……
「とにかく、このことは他言無用だ。まずは、逃亡した捕虜4人の行方を探し出すことだ。それから、その会社について調べることにしよう」
捜査官はそう言い残し、ロビーへと戻っていった。僕は振り返り、その病室を見た。
これと言って、特に変わったものは残されていない。相手は捕虜だ。元々、私物など持っていないし、そこにあるのはせいぜい差し入れられた本やタブレット端末くらいのものだ。タブレット端末も、病院の外にはつながっていない。
それにしても、彼らは何を考えて脱走など企てたのだろうか?破壊工作を行ったとはいえ、彼らは連盟軍兵士。この場合、彼らには我々の法律より、戦時条約が適用される。
つまり、一連の事件のことは尋問するものの、それをもって罪に問うことはできない。連盟との間に交わされた捕虜返還規定に基づき、彼らは連盟側に引き渡される。
だから彼らは黙っていても、自分の星に帰れるのだ。まさか連合側で起こした破壊工作を、連盟側で裁かれることはない。むしろ連合の星にダメージを与えたとして、英雄扱いだろう。だから彼らがここで脱走しても、何のメリットもない。
第一、なんらかの工作を企てようにも、彼らの持ち物はすべて押さえてしまった。これ以上、何かを仕掛けることなどできない。この星に、協力者でもいない限り。
……協力者か……いや、もしかすると、いるのかもしれない。その可能性は、大いにある。考えられるとすれば、あの会社の……
いや、結論を出すにはあまりにも証拠が足りない。だが、セキュリティを故意にいじったのは間違いない。そこがこの一連の事件を起こすことで得られる利益があるなら、そこを突破口にして色々なことが分かるかもしれない。
と考えたが、そもそもその利益とやらが思いつかない。よくよく考えてみれば、セキュリティを扱うほどの会社がセキュリティの脆弱さを故意に作り出して、良いことなど何もない気がする。大体この会社は、むしろ事件など起こってくれない方がありがたい会社なのだから。
そう考えると、これはその企業ではなく、その中の人物が、なんらかの理由で独自に動いているのではないか?
軍病院を出て、僕は王都の中を歩く。宇宙港の街を抜けて王都に入った頃にはもう日が沈みかかっていた。ちょうどあの交差点に辿り着く頃には、アーダとの待ち合わせの時間になる。
薄暗くなり、街灯がつき始めた貴族街の横を通りすぎる。ちょうどモンフォルニュ公爵のお屋敷を通り過ぎた時だ。正面から、ある人物が現れる。
「げっ!ラウル!?」
そいつは僕を見るなり驚く。
「……なんだ、レーリオ。ここで僕と会うのが、そんなにまずいのか?」
「い、いや、まずくないよ!うん!全然、まずくない!」
何を言っているんだ、こいつ。その態度は、あからさまにまずいと言っているようなものだぞ。
「で、レーリオ。お前、こんな時間にこんなところで一体、何をしてるんだ?」
「あ、ああ、用事だよ、用事!いつものね!」
「そうか、用事か……」
疑いの眼差しで睨みつける僕をかわして、そそくさと貴族街へと向かうレーリオ。モンフォルニュ公爵のお屋敷の先の角を曲がり、姿を消す。
しかしレーリオのやつ、いつもこれくらいの時間になると用事だと言って王都に向かっている。てっきり仕事だと思っていたが、どうやら違うらしい。いや、僕は薄々、感づいている。
近いうちに、それは明らかになるだろう。だが今はまだ、追求しないでおこう。そう思いながら僕は、アーダとの待ち合わせ場所へと向かう。
城門を出て、森へと続く道を歩く。いつもの交差点が見えてきたところで、一通のメールが届く。通知を見ると、それは捜査官からだった。
あの捜査官め、いつの間に僕のメールアドレスを調べていたのか……油断できないな、この捜査官は……などと思いながら、そのメールを見る。
そこには、農場の小屋周辺のセキュリティ、および病院の監視カメラを施工した者の名前が書かれていた。それを見て僕は一瞬立ち止まる。どちらも、たった一人の人物が施工していたことが判明したのだ。
そしてその名前は、僕もよく知る人物の名前だった。
その文面を見た時、意外ではあるが、驚きはしなかった。それはなんとなく、予想していた人物だったからだ。捜査官のメールでは、引き続きこの人物の周辺を調べてみると結んでいた。
とりあえずこの件は、この捜査官に任せておこう。だけど次に僕がその人物と対面したら、どうしようか?事実を知っているだけに、平静さを保てないだろうな……そんなことを考えつつ、アーダの待つ交差点へと向かう。




