#14 アーダの反撃
「何をと言われても……見ての通り、橋の点検だよ」
「なぜ、あなたが橋の点検を!?保険会社には、夜更に橋を点検する業務があるんですか、クヌートさん!」
銃を向けたまま、僕は応える。そして、じりじりとクヌートに接近する。
彼のいう通り、彼はただ、橋の下にいるだけだ。しかし、こんな真っ暗闇の中でゴソゴソと何かをしていること自体が怪しい。だが僕がこのクヌートという男を警戒するのには、もう一つ理由がある。
農場のセキュリティシステム、軍病院の防犯カメラ、この両方の施工を一手に引き受けたのはベルリネッタ損保という会社であり、それを手掛けたのがその会社の調査員、クヌートだ。
僕は捜査官からのメールでその名前を見た時、この一連の事件に関わる人物だと確信した。だから、アーダの放つ光でクヌートの横顔が照らされた途端、僕は一気に鼓動が早まった。
そのクヌートのすぐ横で、アーダが僕と彼のやりとりを見ている。クヌートは僕の方しか見ていないから、どうやらアーダが見えないようだと分かる。
「やれやれ……私は民間人ですよ。その民間人に向かって、橋の下にいたというだけで銃を向けるとは……」
「いえ、あなたがうちの農場、そして軍病院のセキュリティに関わっていることは、調べがついているんですよ。そしてその両方で、事件が起こった。これは決して、偶然ではない。どうですか、クヌートさん!?」
僕は銃を構え、一歩一歩接近する。クヌートは立ち上がったまま、接近する僕をただ見つめている。神妙すぎるな……僕がそう感じた瞬間、クヌートが笑みを浮かべる。
なんだ、今の表情は?僕がそう思った途端、異変が起こる。僕の持つ銃が火花を散らして、吹き飛ばされる。真っ二つに割れた銃が、河原の上に落ちる。
しまった……バリアシステムだ。僕の銃が、バリアに触れてしまったようだ。こんなところに、そんなものを仕掛けていたとは……すると今度は、クヌートが銃を構える。
それを見た僕は、腰に手をやる。するとクヌートが叫ぶ。
「おっと少尉。バリアのスイッチは入れない方がいい。入れた瞬間に、君は死ぬことになるぞ」
「な……なんだと!?」
「この周辺の磁場を乱した。それがどういうことか、少尉なら分かるだろう?」
これを聞いた瞬間、僕は携帯バリアシステムのスイッチから手を離す。しまった、そんな仕掛けまで施していたとは。
バリアシステムとは、磁場を発生させて、バリア粒子を放出する。するとその粒子は、磁界面に沿って分布する。その状態で外部から衝撃が加わると、面上に分布したバリア粒子が衝撃方向に向かって反作用を発生させ、その衝撃をはじき返すという仕組みだ。
ところがこの周辺の磁場を乱しているということは、バリアシステムのスイッチを入れた瞬間、バリア粒子がどこに吹き出すか分からない。最悪、僕の身体にその粒子が降りかかり、僕の身体を引き裂くかもしれない。
駆逐艦や航空機に搭載されているバリアシステムは、磁場ではなく重力場を使うため、磁場の乱れに左右されない。だが、大型の重力子機関を装備できない人の場合は、磁場を利用するしかない。
銃を破壊されて、バリアも封じられてしまった。しかも相手は、銃を持っている。まさに、絶体絶命だ。
僕はクヌートに尋ねる。
「……あなたは何者ですか!?まさか、連盟の工作員なのか!?」
「いや、奴らを利用させてはもらったが、私は連盟の人間ではない」
クヌートは応える。そして、僕に銃を向けてこう言い放つ。
「少尉、最後に教えてやろう。私の正体は、海賊なのですよ」
そう言って、引き金に手をかけるクヌート。僕は、死を覚悟する。
ああ、とうとう僕も、アーダと同じ幽霊になってしまうのか……いや、その前に幽霊になれるだろうか?幽霊というものは、必ずなれるものでもないらしい。でも、できることならこの先、アーダと共に……
と、その瞬間、眩い光が放たれる。
「な、なんだ!?」
クヌートが振り向く。そして、光の方を見る。それを見た僕は、目を疑う。
光を放っているのは、アーダだ。いつもの弱々しい光ではなく、まるで街灯のように光り輝いている。
銀色の髪を輝かせながら、アーダはクヌートに近づく。突然現れたこのアーダの姿に、クヌートは狼狽する。
なんてことだ、今はクヌートにも、アーダが見えているということか?それにしても、何という光だ。光り輝くアーダに、クヌートは銃を向ける。
「なんだお前は!?く、くるな!」
アーダに恐怖し、発砲するクヌート。だが、アーダは幽霊だ。ビームはアーダをすり抜け、川の水面に着弾する。恐れをなしたクヌートは、さらに続けて銃を放つ。
だが、アーダには銃は効かない。ついにエネルギー切れを起こした銃を放り投げ、クヌートは橋の下をくぐり抜けて逃げ出した。
後には、眩い光を放つアーダだけが残った。
「アーダ!」
僕はアーダに駆け寄る。するとアーダはその場でしゃがみ込む。あれだけ眩かった光が、徐々に消えていく。
僕はアーダの肩を持つ。が、アーダには触れない。ひどく疲れた様子のアーダを、僕は抱え上げることすらできない。
「おい、アーダ!しっかりしろ!」
光はさらに消えていく。まるで力を使い尽くしたかのように、アーダの身体が薄くなっていく。そして最後まで光り続けていた銀色の髪の毛が、僕の目の前ですーっと消えていく。
そしてアーダは、河原上で消えてしまった……
まさか、もしかして、アーダはもう、あの世に去ってしまったのだろうか?
いや、いつもだってあの交差点で消えて、その翌日には現れる。だから、明日には現れるはずだ……
過ぎる不安を、僕は振り払うようにポジティブに考えることにする。そして僕は、スマホを取り出す。
電話をかける。相手は、捜査官だ。
『少尉、どうした!?』
「捜査官殿!たった今、王都の貴族街でクヌート氏と接触し、銃撃されました!僕は幸い無事ですが、クヌート氏はそのまま逃走中!」
『な、なんだと!?分かった!すぐに王都中に奴の手配をかける!』
捜査官が電話を切る。これでとうとうクヌートは指名手配される。これで奴の手掛けたセキュリティシステムでない限り、奴を逃さないだろう。僕は宇宙港のそばにある、軍司令部へと向かう。
司令部に着くと、すでにクヌートの場所が突き止められていた。どうやらここ、宇宙港に向かっているようだ。
クヌートはなるべく防犯カメラを避けるように逃走しているため、なかなか宇宙港へ近づけない。むしろ後からこっちに向かった僕の方が早く着いてしまった。早速、陸戦隊員が召集され、クヌート捕縛に向けて出発したところだ。
「しかし、奴は宇宙港に向かって、どうするつもりなんでしょうか?」
「さあな……おおかた、民間船に紛れ込んでとんずらしようって考えてるんじゃないのか?だが、手配がかかった以上、そんなことはもうできまい。遠からず、お縄にかかるだろうな」
捜査官はそう言うが、僕はどうも不可解だ。彼が最後に放った一言が、気になっている。
奴は、自分を海賊だと言った。ということはもしかすると、この宇宙港に海賊船が停泊しているのではないか?
それは当然、捜査官も疑った。そこで、停泊中の民間船を調べたそうだ。だが今のところ、不審な船は見当たらないという。
しかし、クヌートは宇宙港に向かっている。断片的ではあるが、防犯カメラがクヌートを捉える。そしてその場所は、ここ司令部に通報される。その位置情報は陸戦隊に伝えられる。
あれでは、どう考えても逃げられない。もしかして奴は、破れかぶれになっているのか?でも、奴はさっき、僕のような軍人の接近を想定して二重の罠を仕掛けていた。それに、犯行を完遂するためにずっと以前からセキュリティシステムをいじって構えていた。何という用意周到ぶりか。そんな奴が、破れかぶれで逃げ回っているとはとても思えない。
司令部がクヌートを追いかけているその頃、一隻の民間船が、この宇宙港へ着陸するため、徐々に降下していた。
管制塔が、民間船を空いているドックに誘導する。そのドック目掛けてゆっくりと降下していたその民間船。だが、高度百メートル付近で突如、その船は向きを変える。
『民間船719-1134256!侵入進路から大幅に外れている!直ちに戻りなさい!』
管制官が無線で叫ぶ。だが、その誘導を無視してその民間船はくるりと向きを変えて、宇宙港の街中へと向かう。
『管制塔より軍司令部へ!民間船が一隻、誘導無視で街に侵入しました!』
「こ、こちら軍司令部!了解!警報発令、直ちにこれを捕縛する!」
管制塔より軍司令部へ、この不法な民間船への対処を求められた。直ちに警報が発令される。サイレン音が、街中に響き渡る。
僕は窓際に向かう。すると、街の広場に強行着陸する不審船が見える。僕はそこに、クヌートがいることを確信する。
「艦長、意見具申!直ちに、1192号艦の発進準備をすべきかと!」
たまたま僕の横にいた1192号艦の艦長に、僕は意見具申する。この様子を見ていた艦長も僕の意図を察して、すぐに出航準備のため隊員を集める。
僕もそのまま、1192号艦へと向かう。その直前、捜査官が見ていたモニターに目をやると、そこにクヌートが映っていた。
強行着陸した民間船へ乗り込むクヌート。乗り込む直前、カメラに向かって不敵な笑みを見せる。だが僕は、そのクヌートに向かって、心の中で叫ぶ。
絶対にアーダの仇を取る、絶対にだ、と。




