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閑話 管理人をしている私が異世界の捜査班長からロックオンされた理由

「大丈夫ですか、チーカ?!」

「あいたっ、うひゃっ!!」

人混みに押されて尻もちをついてしまった私は後ろからひょいっと抱え上げられた。

「す、すみません! 」

助け起こされたことでバランスを取りながら立ち上がった私は、危うく踏み潰されてしまいそうだったところを助けてくれた恩人にお礼を言おうと慌てて振り返る。

「ありがとうござ……」

「チーカ、お怪我はありませんか? 」

お礼を述べながらにこやかに振り返った私の目に飛び込んできた恩人は、黒い制服に身を包んだ見上げる程の長身の男性だった。

「あの、私はチーカさんではありません……が?」

この男性は私を誰かと勘違いしてるのか先ほどから私を『チーカ』と呼んでいるが、もちろんチーカという名前ではない。

それどころかこの世界の者ですらないのだけれども、それはこの男性の知るところではないはずだ。

そもそも、私がエル・ムンドと呼ばれるこの世界にあるフロールシア王国という国に来たのには訳がある。

私の知り合いにエストレージャという美中年マニアな人(?)がいるのだが、普段は『ニホン』に住んでいるという彼女が私の『管理人』としての力を使って次元を飛び回り、理想の美中年を捕まえるのだと言い始めてから一ヶ月、ついにその理想の美中年とやらを見つけてじわじわとアタック中らしい。

そして私は彼女から日頃のお礼だということでこの世界へと招待されたというわけだ。

「色々と面倒だから『アーリィ・オトゥール』って名前で登録しておいたわよ。いい男を取り揃えて待ってるから楽しんで来てね!」

と言って彼女が渡してくれたのは『ヴェルトラント皇国発行 客人通行証』と不思議な文字で書かれたパスポートのようなものだった。

これからしばらく滞在する世界に『客人(まろうど)』として行けということらしい。

なんでも彼女はエル・ムンドの偉大なる存在(多分神様とか呼ばれる方だと思われる)から雇われているそうで、多少の融通は利くのだそうだ。

かくして私はフロールシア王国で催される『三眼火牛追い祭り』に合わせてこの世界に降り立ったわけである。


「ああ、失礼しました。貴女は旅行者だったのですね。チーカとはフロールシア王国の俗語で『お嬢さん』という意味なのですよ」

まるで烏の濡れ羽色のように緑や紫に色を変えながら太陽の光に煌めく艶やかな短い黒髪に紅の星を散りばめた金色の瞳の長身な美丈夫は、私の手を取り人混みから連れ出してくれた。

裾の長い制服に金のモールがついた制帽をかぶったこの男性は、多分『警務隊』の上の方の階級なのだろう。

中年と呼ぶにはまだ若く、青年と呼ぶには老成したそのハンサムな男性に手を引かれた私は、見物客でごった返した広場から抜け出して一息つける裏路地の入り口にたどり着いた。

「ありがとうございました……こんなに人がいっぱいだとは思わなくて」

盗られた物はないかと鞄を確認した私は何も盗られていないことに安堵する。

エストレージャからスリに気をつけてねと散々言われていたので自分なりに対策をしていたことがよかったのかもしれない。

「三眼火牛追いを見物するなら桟敷席に行かれた方が安全ですよ。女性と子供を優先させていますから、よろしければ案内いたしましょうか?」

ハンサム警務隊士が腰を折り、わざわざ屈んで申し出てくれた。

人集りの中を首を伸ばして見物しようと試みていた私にとってありがたい申し出である。

それにしても彼は身長が高い……多分190センチメートルくらいはあるはずだ。

「よろしいのですか? 知り合いから是非見てくれと言われていたお祭りでしたから、一度は見てみたかったんです」

この人混みの中、自力で会場までたどり着くのは至難のわざなので案内してくれるというのであれば喜んでその申し出を受けたい。

ましてや案内人はハンサム警務隊士である。

「これも警務隊士の仕事の一貫ですから……さあ、もうすぐ始まります」

何だ、仕事かぁ〜とちょっとだけ残念に思ったけれど、グズグズしてはいられない。

ハンサム警務隊士がまたもや私の手を取り人混みの間をすり抜けながら会場へと歩く。

自然に繋がれた手にドキドキしたものの、ハンサム警務隊士の横顔は涼しいものだったのでまたもや少しガッカリした。

それでも、グーレラーシャという国にいる傭兵たちのように手の平に剣ダコができてることに気がついた私は一人ほくそ笑んだ。

私が管轄しているとある世界の甘党傭兵の国の住人のようにしなやかな筋肉と分厚い手を持ったハンサム警務隊士に手を引かれながら、ラッキーとばかりにほいほいついて行った私は通りすがりの露店で美味しそうな匂いを振りまいている肉の串焼きに目を奪われつつ目的地までなんとかたどり着くことができたのだった。


「どうぞ、チーカ。ここならよく見えるでしょう」

「ありがとうございました……でもこんないい席に私が座っても大丈夫なんですか?」

見ず知らずの旅行者に桟敷席の真ん中を取ってくれるなんてそんなんでいいのか警務隊士? と突っ込みたくなった私にハンサム警務隊士は心配ありませんと何故か満面の笑みである。

「チーカはヴェルトラント皇国の客人(まろうど)ですよね? すみません、職業柄見えてしまったもので……せっかく遠い世界から来られたのですから、この世界を楽しんでいただきたかったのです」

「それはわざわざご丁寧にありがとうございます。エストレージャからもフロールシア王国はヴェルトラント皇国に劣らず客人に優しい国だと聞いていましたけど、本当だったのですね」

こちらに来る前にエストレージャからフロールシア王国とヴェルトラント皇国のどっちに行きたいかと尋ねられた私は迷わずフロールシア王国を選んだ。

スペイン風の料理が美味しそうだったし、あわよくばアルマ持ちの還暦殿下を生で見てみたかったのだ。

「エストレージャ……そうですか、貴女は『気まぐれ星』の客人なのですね。ではいつか帰ってしまわれる、と」

「え? ま、祭りの期間はこちらに滞在しますけど?」

ハンサム警務隊士が顔を曇らせる。

ちょっとあんた、気まぐれ星って何よーっと心の中でエストレージャを呼ぶが彼女は沈黙を保ったままだ。

都合の悪い何かがあるのかとドキドキしていた私にハンサム警務隊士が表情を戻し何事もなかったかのように営業スマイルを貼り付けた。

「『気まぐれ星』の客人様にお会いできて光栄です。短い滞在期間に貴女の心に残る時間を提供できたら幸いにございます」

「は、はい。あの、エストレージャって何か悪いことでもしたんですか?」

「いいえ、そのような事実はございません。ただ、時々チーカのような客人がやってくるのです。我々の世界とは違う星回りを持ち、流れ星のように去っていく客人たちは我々が『気まぐれ星』と呼ぶ存在によって様々な世界を旅するのだと聞いています」

あながち間違ってはいないが、なんともロマンチックな表現である。

その理屈が正しいのなら私もその『気まぐれ星』なのだが、もちろんこれは黙っておく。

「チーカがこの国を好きになってくださればよいのですが……」

「チーカって呼ばれるような年齢でもないんで私のことはアーリィと呼んでください。この国は面白いから一度帰ってもエストレージャに頼めばまた来ることもできるんです。問題は起こさないから大目に見てくださいね、ハンサムな警務隊士のお兄さん?」

私がそう言うとハンサム警務隊士は目をパチクリと瞬かせてしてやられたと言うような顔をした。

「その『はんさむ』という言葉……何処かで聞いたような。チーカ、いえ、アーリィさん。明後日は時間が空いていますか?」

「明後日? 祭りの最後の日ね。その翌日までいる予定ですから空いてますよ?」

「ではその時間を私にくださいませんか? 私の身分は保証します……私は警務隊本部の捜査部で第四捜査班長をやっているレオカシオ・ノエ・レメディオス・ウルティアガと言う者です」

私は第四捜査班長という言葉に反応した。

捜査って何?

そういうこと?

よほど私の顔に不信感が現れていたのだろう。

ハンサム警務隊士ことレオカシオが慌てて弁解する……ううん、ハンサムは慌ててもハンサムだわ。

「ああっ、誤解しないでいただきたい! 客人を保護するのは我々の義務でもありますが、客人をもてなすのもまた私の義務なのです……いえ、義務とは聞こえが悪いですね、要するにチーカ、私は貴女にこの国をもっと好きになっていただきたい。貴女が再び『気まぐれ星』に導かれてやって来れるように」

不思議な金色の瞳で真っ直ぐに見つめられると何故だか熱烈な告白を受けているように聞こえる。

私も真っ赤になりながら断ろうかと口を開いたが、まあ異世界探索の醍醐味よねと考え直しレオカシオに祭りを案内してもらうことに決めた。

分が悪くなればエストレージャに言って帰らしてもらえばいいことなので何も心配することはない。

「西地区の『バレンシアの宿』に宿泊中ですから、明後日はお待ちしてます」

と、その時広場の方から物凄い歓声が上がった。

「しまった!!もう始まったのか……後から伝言を飛ばします!詳しいことはその時に」

歓声に負けないくらい声を張り上げたレオカシオが桟敷席の端から飛び降りる。

三眼火牛追いが始まり、あたりの興奮は最高潮に達している。

間も無く私のいるところまで猛り狂った牛と勇敢な男たちが入ってくるのだろう。

しかし私はレオカシオとの明後日の約束が気になり、逃げ遅れた男が牛に跳ね飛ばされるまでふわふわとした気分で牛追いを見ていたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「どうしたレオ? そんなに難しい顔をして」

「リカルド伯父上」

考え込んでいた私に声をかけてきたのは第九王子でラファーガ竜騎士団長でもある伯父のリカルドだ。

今は亡き降嫁した母上の実兄である伯父は、こうして度々私を気遣うように訪ねて来てくれる。

最近伯父に待ちに待ったアルマが現れたので2ヶ月ほどご無沙汰していたのだが、こうしてまた訪ねて来てくれくれたということはどうやら状況が落ち着いたようだ。

「伯父上……伯父上のアルマは客人でございますよね」

「うん? なんだ、藪から棒に。何かあったのか?」

最近やってきた客人が伯父上のアルマであったことに誰もが驚いたが、その客人は世界の法則によってやってきた客人だ。

「私はアルマ持ちではありませんが。今日祭りの会場で客人に会いました」

「有名な祭りだからな。客人もたくさん来ているだろうが、問題でも起きたのか」

「問題、ではありません。確かに彼女は客人ですが、『気まぐれ星』の客人だったんです」

歯切れの悪い物言いに伯父ががしがしと私の頭を撫でる。

もう30を当に過ぎているというのに伯父の中では私はまだまだ子供のようだ。

「何だ一目惚れか、レオカシオ。『気まぐれ星』の客人であれば万が一元の世界に帰ったとしてもいつでも会えるじゃないか……勝負しろよ、絶対に離すな」

伯父が『セレソ、デル・ソルの恋人』の渾名の通り、凄絶な色気を纏った笑みを漏らす。

女性の扱いについては百戦錬磨なはずなのに、何故自分のアルマの前では純情になるのかさっぱりわからない。

伯父とアルマの客人の初々しい姿は宮殿や市街地で度々目撃されているのだが、見た者全員が「十代の初々しい恋人のようだった」と報告してくるのだ。

「一目惚れ……でしょうか。よくわかりませんが、あの手を離すのが惜しかったんです」

「会う約束は取り付けたんだろうな?」

「はい、明後日に」

「ならば欠かさず伝言を飛ばせ。他の奴らの牽制をしておくんだな」

そうだ、早く彼女に伝言を飛ばさなければ。

それにしても伯父は何故私に会いに来たのだろうか?

「伯父上も帰らなくていいんですか?」

「うむ……今日は女性だけの集いがあるらしくてな」

「いくらアルマでもあまり悠長に構えてたら愛想尽かされますよ? 伯父上も最終日の花火くらい2人で見る約束でもしたらどうですか?」

私の鋭い指摘に伯父はしょんぼりと肩を落とした。

やれやれ、これではどちらが子供なのやら……。


拗ねたようにお茶を煽る伯父を尻目に伝言の魔法術を組み始めた私はあの可愛いチーカにどんな伝言を送ろうかと考えを巡らせたのであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「お迎えにあがりました、チーカ」

伝言にあった時間ピッタリに私が宿泊している『バレンシアの宿』に迎えに来たレオカシオさんは、宿の従業員の女の子たちが騒ぎ立てるくらいにカッコ良かった。

昨日聞いた名前に『レメディオス』が入っていたので宿に戻った後にエストレージャに問い合わせると、あっさり「あ、亡くなったあいつのお母さんが還暦殿下の妹なのよね。もしかしてアーリィ様、あいつに目をつけられちゃいました? すみません、あいつのことよろしくお願いします」と一方的に話て通信が切断されたのだ。

まさか王族の血筋とはね……どうやって接したらいいのかしら。

闘牛士の衣装に似た黒い牛追いの衣装を着て恭しく手を差し出すレオカシオさんに圧倒されながら私も挨拶を返す。

「素敵な衣装をありがとうございます……その、レオカシオ様もよくお似合いですね」

祭りの間は男性が牛追いの衣装、女性が雨乞いの舞を捧げる巫女衣装を着ているものが多く周囲の者の中に紛れ込むには得策だが、何故自分がこの衣装を着なければならないのかわからなかった。

可愛いんだけど、可愛いんだけどね。この色にこのベールって、何で?

雨乞いの舞の巫女衣装は華やかで色とりどりのザ・ゴージャスという感じのドレスに腰まである白いレースのベールを結った髪につけるんだけど、昨日の夜にレオカシオさんから伝言付きで届けられた衣装は何故か地布が白、おまけにベールは足元ギリギリまであるし。

朝、伝言通りに着付けの人が尋ねてきてくれて衣装に着替えたのはいいんだけど、姿見に映るまるで花嫁姿のような自分に驚きながらも「やっぱり脱ぎます」とも言うこともできずにレオカシオさんが迎えにくるのを待っていた。

いや、ね? ちゃんと薄いピンクとか薄い水色なんかがところどころのレースにあしらわれているんだけどね? なんで全体的に白にするかなぁ……。

「やはりよくお似合いです。これではチーカと呼ぶのは失礼だ。アーリィさん、参りましょうか」

「は、はい……お手柔らかに」

ほんと、お手柔らかにお願いします。

レオカシオさんに手を握られたまま宿の外に出た私は、宿の人たちからの羨ましそうな視線を無視し、ひたすらレオカシオさんについて行くことにした。



「ほら、あれがルス・イ・オスクリダーの大鐘楼です。修復中なのが残念ですが、祭りの期間中は特別に中に入れますから、行きませんか?」

エストレージャから聞いていたけど、これ凄いわ……サグラダファミリアの比じゃないと思う。

天を衝くと表現するに相応しい高さの中央の鐘楼塔は太陽の光を浴びてキラキラと輝きを放ち、神聖なものを感じさせてくれる。

「入ってもいいんですか?! 整理券とか必要だったら……」

「大丈夫ですよ。正しい権力の使い方といものがあるんです」

レオカシオさんが私に向かって片目を瞑ってにこりと笑ったんだけど、それって本当に正しい権力の使い方なんだろうか。

レオカシオさんの身分と職業と地位を思い出した私は職権乱用と言う言葉を飲み込んだ。

まあ、いいや。私は気まぐれ星の客人だし。

いざとなればエストレージャのように逃げればいいのだ。

グーレラーシャのとある傭兵に懸想しているエストレージャは何故か天井裏に忍び込んでは返り討ちにあったと泣きついてくる。

その度に連れ戻してあげているのだから私にもその権利はあると思いたい。

「さあ、こちらから中へ。ここは修復師たちの出入り口ですから何の心配もいりません」

レオカシオさんが大鐘楼の警備担当である警務隊士に話しかけ、すぐさま特別な許可をもらえたようだ。

並んでいる人々を尻目にごめんなさいと思いながら大鐘楼の中に入ると、そこは光の空間だった。

塔の上部から下部まで神話をモチーフにしたような不思議なステンドグラスからは虹色の光が降り注ぎ、私やレオカシオさんを優しく包み込む。

「この鐘楼塔はルスの鐘楼塔ですから、光をふんだんに取り込んでいるのです。現在修復中のオスクリダーの鐘楼塔は逆に真っ暗で、魔法術の光ですら四半刻も持ちません」

虹色の光に目を奪われていた私はここではたと気付いた。

あれは、あの人は……。

「リカルド……殿下?」

生だ、生リカルド殿下だよっ!!

うわー、なんかゴージャスだわ。あれで還暦って還暦詐欺じゃない。

あれ? 隣にいるのが華子さん? かっわいい〜、何その格好、メルヘンだわ〜。

思わず見つけてしまった2人の姿に萌えてしまった私の背後でレオカシオさんが暗い笑みをこぼし、私の手を掴んでワルツのターンのようにクルリと方向転換させる。

「アーリィさん……見過ぎです。一緒にいるのは私なんですから」

「叔父上にはあげません」と小さく呟いたその声を私はスルーすることができなくて、「運命のアルマを引き裂くことは何人にも出来ませんから、何も心配することはありません」と謎めいた言葉を返してしまった。

あらま、少し力を使ってしまったみたい……。

こことは管轄が違うけど、私も気まぐれ星の一人なので人とは少し……いやかなり違うのだ。

びっくりしているレオカシオさんに「鐘楼塔があまりにも神々しくてなんちゃって預言者しちゃいました」なんて誤魔化したのだけど、多分少し正体が暴露たかも……。

とにかく行ってみたかった大鐘楼も満喫できたのでよしとしますか!!

「レオカシオさん、お腹が空きました。美味しい料理が食べたいです」

わざとらしく話題を変えてみた私にレオカシオさんも乗ってくれたみたい。

「三眼火牛の串焼きなんかいかがですか? 」

なんて明るく言うレオカシオさんに私は心の中で謝り倒したのであった。



「アーリィさん、この国はどうでしたか?」

「活気があって、食べ物が美味しくて、治安がいいところでした、なんて! でも本当に楽しかったです、帰りたくなくなっちゃいますね」

「ではずっといてくださればいいのに……」

レオカシオさんの声は小さくて、魔法術の花火の音にかき消されてしまった。


私たちは今、セレソの大樹の木の前に座りながら、王都の空を彩る花火を見ている。

魔法術の花火って綺麗なのよね。

なんて言うか、ただ儚いだけじゃなくていろんな仕掛けが施されているのよ。

キラキラ光って消えそうになった花火が円を描くように空に昇っていったり、火の鳥やドラゴンを模したもの、弾けたかと思うと蝶々になって飛び回るもの。

見たことない花火のエンターテイメントに、大人も子供もみんな空に釘付けだった。

「え? 花火の音が大きくて聞こえませんでした!!」

「アーリィさん!!また逢えますか?」

今度はちゃんと聞こえた。

「そうですね……聖アルマの日という行事にも参加してみたいですから、エストレージャに頼んでその頃にでも飛ばしてもらいたいですね」

するとレオカシオさんが哀しそうな顔になる。

ハンサムの哀しそうな顔もまたいいわね……じゃなくて、何でそんなに哀しそうな顔をするのかな?

「聖アルマの日とはまた遠いですね……」

聖アルマの日は年末と年始の間の日だから5ヶ月も先の話だ。

確かに遠いが、もう来ないって言ってるわけじゃないんだけどなぁ。

「レオカシオさんも警務隊のお仕事で忙しいでしょうし、私も仕事がありますから。ああ、でも休みの日とかなら、短期間なら大丈夫ですよ?」

私の言葉に段々と暗くなっていくレオカシオさんに私は慌てて妥協案を出す。

するとレオカシオさんがスッと(ひざまず)き、私の左手を掴んでその手の甲へ口付けを落とした。

「いきなりっ、いきなり何を!」

慌てふためく私にレオカシオさんが立ち上がり「約束の証です」と言う。

「ヴェルトラント皇国では約束する時にこうするのですよね? ヴェルトラント皇国の客人さん」

そ、そうだった、私って一応ヴェルトラント皇国の客人だった……けど。

あれ?

そうでしたっけ?

ピンとこない私にレオカシオさんが今度は右手を掴み、また手の甲へ口付ける。

「友好の証です。アーリィ、貴女は私の大切な友人ですから」

花火も霞むくらいの鮮やかな笑みに私は赤面する。

流石はリカルド殿下の血筋……あなどれないわっ!!

「お待ちしています。だから絶対にまた来てください」

「は、はい……近々来させていただきます……」


夏の夜空を彩る大輪の華を背に、私はレオカシオさんにまた来ますって約束してしまったのでした。


それにしても、手の甲にキスが約束の証なんて……ヴェルトラント皇国にそんな文化があったかしら?


後日、エストレージャから手の甲のキスに纏わる真実を聞いた私が力を暴走させてしまったのは仕方のない話である。




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