第八話 私人逮捕男性Kさん
第二回公判 証人尋問
Y崎はプライバシー保護の為についたてで囲まれた被害者Aさんに
質問を始めた。
Y崎
「確かに人の手で触られたと自信を持って言えますか?」
Aさん
「はい。確かに人の手で触ったり撫でまわす感触でした。
カバンや傘が当たっただけではあんな感触にはなりません。
間違いなく人の手です」
Y崎
「被告の手だと断言出来ますか?」
Aさん
「はい。触ってる途中の手を振り向いて目で見て、
そこから腕、顔、と視線を上げて犯人の顔を確認しました。
だから犯人が触ったんです。間違いありません」
Y崎
「…手から腕、顔、と視線を上げたと言ってますが、
その時の車内は混雑してたんですよね、
他の人の腕や肩など、遮るものはありましたか?」
Aさん
「…いいえ、ありません。車内は混雑してたけど身動き取れないような
満員では無かったです。肩が触れるか触れないかぐらいの空間は
ありました。触ってた手と犯人の顔は繋がってるのをはっきり見ました」
Y崎
「犯人を私人逮捕した男性と面識はありますか?」
Aさん
「いいえ、ありません。ただ私を助けてくれた優しい人です」
Y崎
「・・・」
Aさん
「犯人は、」
Y崎
「?…」
Aさん
「犯人は男性に止められた後、その場から走って逃げたんです。
謝りもせずに罪も認めずに。今でも許せません。
……実刑にしてほしいです」
Y崎
「今は質問にのみ、答えて下さい。
……私からは以上です」
第三回公判
幸雄を私人逮捕した男性Kさんが証言台の椅子に座った。
その男性は首に鳥の羽のネックレスをつけた長身の男性であった。
Y崎はKさんに質問を始める。
Y崎
「当時の状況を一から話して頂けますか?」
Kさん
「はい、電車に乗ってたらやめて下さいって女性の声がしたんで
そっちを見たらその女性がお尻触られてたんでその手を咄嗟に掴んで
犯人の痴漢を止めました。その後犯人を捕まえたまま駅に降りたら
犯人が俺を振り払って逃げたんです。その後ダッシュで追いかけて
また取り押さえて警察呼んでって言って、後は警察に任せました」
Y崎
「別の人の手だった可能性はないですか?」
Kさん
「あり得ないですね。その触ってる途中の手を掴んで引き上げたら
犯人だったんだから、間違いないですね」
Y崎
「被害者の女性と面識はありますか?」
Kさん
「いえ、知りません。困ってる人を助けただけです。いけませんか?」
Y崎
「…あなたの証言が全て本当なら、被告人は
被害者がやめて下さいと言った直後も痴漢を続けてた事になりますね。
やめて下さいと女性が言って注目される状況でも痴漢を続けるというのは
不自然だと思いますが、それで間違いないですか?」
Kさん
「間違いありません…それだけその犯人がバカって事じゃないですか?
ていうか、それぐらいバカだから痴漢なんかするんじゃないですかね?」
Y崎
……証言と関係ない発言は控えて下さい」
Kさん
「……そんなに自分の息子がかわいいか?」
Y崎
「え?……」
Kさん
「あんたSNSで言ってたよな?冤罪に間違えられる男が悪いんだって。
やましい事があるからだってな。なのに自分の息子なら弁護するのか?
自分で矛盾してるって、二枚舌だって思わないのか?」
裁判官
「静粛に!証人は質問にのみ答えるように」
Y崎が幸雄の無罪に繋がる証拠や発言の矛盾を
何も見つける事が出来ないまま証人尋問は終わった。
だがY崎はAさんとKさんに不審な点を感じていた。
(AさんもKさんも、二人の面識について聞いたら急に話題を変えたり
質問し返して来たりしてたわ
聞かれたくない事を聞かれた時の人間の典型的な反応ね
でも その反応だけでは二人の接点を証明できる証拠にならない
仮にふたりに接点があって 痴漢を捏造したとしても
それを証明する証拠もない)
Y崎は痛感していた。自分には証拠があまりに少なすぎる事を。
そして弁護士としてY崎は誰よりも理解していた。
法廷では、どんなに被告を庇おうと、無罪を主張しようと、
証拠が全てである事を。
自分自身が弁護人になり、Y崎は痴漢の冤罪を証明する事の難しさを、
そしてこの国の裁判が、冤罪被害を訴える者達に
如何に不利かを突き付けられるのであった。
つづく




