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第二話 微物鑑定

 ○○警察署に到着したY崎は弁護士バッジと弁護士身分証明書を見せ、

緊急接見として息子の幸雄と面会室で面会した。


Y崎

「幸雄!」

幸雄

「・・・・・」

Y崎

「一体何があったの?」

幸雄

「俺は何もやってないよ。痴漢なんてやってないんだ」

Y崎

「ええ、分かってるわ、母さんはあなたの見方よ安心して。

最初から詳しく話して」

幸雄

「電車に乗ってたら、前の女がいきなり俺の方見て

やめて下さいって言ってきて、そしたら隣の男に腕掴まれて、

そのあと取っ組み合いになって、その男に取り押さえられたんだよ。

俺なんにもしてないのに、警察が来て一方的に痴漢にされたんだ」

Y崎

「そんな……完全に冤罪だわ、幸雄、よく耐えたわね。

ねえ幸雄、微物鑑定はされた?」




【解説】

『微物鑑定とは 

衣類等に付着している繊維やDNA等の微物を採取・分析し、

容疑者と被害者との間に接触があったか否かを

推定する為の捜査方法


容疑者の手が被害者に触れたかを確認する為に

痴漢の事件では微物鑑定が行われる事が一般的らしい』




幸雄

「びぶつかんてい?…何それ?」

Y崎

「警察から手の平に粘着テープみたいなの貼り付けられなかった?」

幸雄

「……そういえば手になんかテープ貼り付けられたけど……」

Y崎

「されたのね!?……幸雄、思い出して。

痴漢に間違えられてから、手に粘着テープ貼られるまでに

何か触った?手で触れた?」

幸雄

「え?……その男とつかみ合いになった時にそいつの服の

袖とか襟とか顔とかもいっぱい触ったと思うけど……

他にも色々触ってるけど、いちいち覚えてないよ」




 Y崎は落胆した。痴漢の容疑をかけられてから微物を採取されるまでに

余計な物に触れる程、微物鑑定は証拠としての効力を失って行く。

幸雄の話からすれば、幸雄の無実を証明する確固たる証拠には

ならないかも知れないと、そう思った。

 そして、弁護士であるY崎は熟知していた。

警察は基本的に容疑者を有罪として扱うという事。

痴漢事件では特にそれが顕著である。

微物を粘着テープで採取した証拠品も、

警察側の判断で科捜研に回さずに放置する事もあり得る。


 望みは薄い事は分かっていた。批判を受ける事も分かりきっていた。

それでもY崎は母親として、愛する一人息子である幸雄を守る為に

決心した。


Y崎

「……幸雄、大丈夫よ。母さんは弁護士なのよ知ってるでしょ?

母さんがあなたの弁護士になってあげるからね。

母さんがあなたの無実を証明してあげるからね」


 Y崎は幸雄に選任所を渡しサインさせた。

面会室を出る前にアクリル板の向こう側で

うつむいてる幸雄を励まそうと声をかけた。


Y崎

「…幸雄、頑張るのよ。母さんがついてるからね。

母さんがあなたを守ってあげるからね、気をしっかり持ってね」

幸雄

「…………よく言うよ……」

Y崎

「……え?…」

幸雄

「……母さんのせいだ……」


 Y崎は心臓を握り潰されたような感覚に襲われた。

そして、愛する息子からの一言で、自分でも気付いていながら

直視する事を避けていた予感を否応なく突き付けられたのだった。


Y崎

「……幸雄?……」

幸雄

「誰のせいでこんな事になったと思ってんだよ!!?

母さんのせいだろ!!

母さんがテレビやSNSで痴漢撲滅とか許さないとかばっかり言うから

母さんのアンチ、めちゃめちゃ増えてるんだよ!?

きっとそいつらアンチが母さんへの腹いせで俺を痴漢冤罪にしたんだよ!!

俺は生贄にされたんだよ!」

Y崎

「そんな事ないわ幸雄、しっかりしなさい落ち着いて」

幸雄

「何がそんな事ないだよ!母さんのせいだろ!全部!

母さんのせいで俺が痴漢冤罪にされたんだよ!!!」

Y崎

「…………幸雄…」

幸雄

「…………帰ってくれよ…」

Y崎

「…幸雄、母さんはね、世の中の女性の為に…」

幸雄

「さっさと帰れよーーーーー!!!!!」




 幸雄は面会室から退席して行った。

Y崎はその場を動けずに居た。そして大声を聞いて様子を見に来た警察官の

ドアのノックの音でようやく我に返り、面会室を出た。

 微物鑑定の為に即席で鑑定要請書を書き、担当刑事に提出し

○○警察署を後にした。


 帰り道、幸雄の怒りに任せたあの言葉がY崎の胸の内を廻る。


そいつらアンチが母さんへの腹いせで俺を痴漢冤罪にしたんだよ


 世の中の女性達の為、性被害者達が泣き寝入りしない為、

そう思ってY崎は痴漢撲滅活動プロジェクトにも参加し

コメンテーターとしても自分の信じた正義を貫いて来た。

もし幸雄が叫んでいた事が本当なら、

いわゆるアンチによる腹いせ、つまり攻撃や報復によって

息子が痴漢冤罪被害にあってしまったなら、

そう考えた時、Y崎は突然の自責に襲われた。




(私は、世の中の女性達を守る為に自分の正義を貫いて、

愛する自分の息子は守れなかったの?)




 Y崎の気持ちが揺らぎ始めた。

もしこの息子の冤罪被害が本当にアンチの攻撃ならば、

その効果は十分だろう。

痴漢を許さないという毅然とした意志を貫いて来たY崎は、

この時人生で初めて、冤罪被害にあった人、そしてその家族が

どんな目に合うかをこれ以上ない程に分かり易く痛感したのだから。


つづく

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