Episode4:HATE ADULTS YOU KNOW
京都の総合格闘技のジム。格闘家の小西会長率いるレッド・ライオン・クラブは期待の星と称する小室流美を新人として迎え入れた。
バシンッ! バシンッ!! バシンッ!!!
「おう、よくやっているか?」
「ウォッス! カイチョウ!」
髭をたっぷり生やした外人選手が小西に勢いよく頭を下げる。
彼らの目は自然と横に流れる。
絶えず汗を流し続ける流美。
「おい。もうそこまででいいぞ? 小室。よくやった」
「はぁ……はぁ……」
流美は小西の言葉で項垂れるように壁へ寄りかかる。
彼女はデビュー戦より9戦全勝。10戦目は彼女の階級で最強と評されている百谷彩海とのタイトルマッチを控える。
「ほい。水ぐらいはしっかり飲め」
「いらないです」
「お前、干からびて死ぬぞ?」
「もうちょっと落ち着いてからで」
「今度のタイトルマッチはテレビ生中継だぞ。我がジムのナムチャイが臨んだのってなると、もう10年近く前か」
「5ネンマエデス! カイチョウ」
「似たようなものだろう?」
「5ネント10ネンハ、ゼンゼンチガイマス!」
「小室、ストイックになりすぎなくていい。試合で発揮する力は残しておけ」
そこでジム生の一人が大声で来客を知らせる。なんと百谷彩海のジムの会長が直々にやって来たと言うのだ。
彩海の母である彼女は凛と麗しくもとても大きな体格で威圧感を放つ。
「ということでアタシらの彩海に勝たせて貰いたい」
「いや……でも……由美子会長さん、これはプロレスじゃない。八百長なんて」
「アンタはそう言ってインドからわざわざ日本の格闘を学びに来た逸材を駄目にしたじゃないか。酷い怪我を負わせてさぁ」
「それは……でも、彼は今でもこのジムで汗を流してくれています」
「試合は?」
「試合って」
「出てないのだろう? 言っておくけどね、ウチの彩海が本気になったら、ゴキだかハエだか知らない例のインド人より、もっと酷い事をさせるぞ? わかっているのだろうね?」
「ナムチャイだよ……そっちこそ小室がどれだけ真面目な選手なのかを分かってないようにみえる。こっちが今の話を録音してないから助かったと思って欲しい」
「そうだねぇ。録音だろうが、録画だろうが、そんな機材があるほど潤っているジムにみえないけどなぁ。この大金、頂かれないのなら、この話はなかった事になるね。勝つよりも大金を貰えるって言うのに勿体ないね」
百谷ジム会長である百谷由美子は大きなスーツケースを持って颯爽と去る。
流美の気持ちを汲みたくない訳でなかった。汲みたくない訳では。
「負けろと?」
「あぁ……どうやら彩海氏はそろそろ引退試合を考えているらしい。今度の試合、そこで有終の美を飾って終わらせたいそうで。見返りはある……正直、これからウチもどうしていくか悩んでいるところではあった。小室……お前はいままでも俺たちの気持ちを汲んでくれた。でも、今回が最後でいい。俺たちのジムを出て貰うことになってもいい。最後の最後に俺のお願いを聞いてくれないか?」
「…………考えてもいいですか?」
「ああ、でも、向こうは正々堂々やるつもりはないらしい。それは分かってくれ」
流美は何も言わず苦笑いを浮かべてソファーから立ち上がる。
彼女がレッド・タイガー・クラブを退所するのはこの翌日の事。
彼女はスマホで撮った動画にて無所属で百谷彩海と戦うと宣言したのだ。
これに界隈は湧く。
しかし、それこそがまさに地獄への引き金だった。
流美は試合数日前の練習後に男から刃物で片目を傷つけられたのだ。
なんとその男はその犯行があってすぐ交番へ出頭。ふたたび刑務所へ再び戻る覚悟で犯行及んだと言うのだ。
「へっへっへ……ざまぁないぜ。俺の薔薇色の人生を奪いやがった罰だ」
彼が誰なのかはこの物語をよく知る者なら分かることだろう。
格闘技ファンはこの衝撃的なニュースにショックを覚える。
格闘技ファンではないものの、病院の一室でスマホを片手に流美のこの出来事に触れて涙を零す女がいた。
安藤里琴。
彼女は五十嵐に紹介されるまま、彼の従妹にあたる五十嵐梓美が運営している水商売グループ店の見習いとして飲食店のアルバイトから仕事を始める。
それまでは梓美の個人指導を受けて20代からの本番に備えた。
里琴の華はまさにその夜に開く。
高級クラブのホステスとして彼女はその才を発揮する。
その開花ぶりは梓美がその息をのむほど。難波の人魚姫という肩書きもつく。
ところがあってはならないことが起きてしまう。
大阪の区長である山本和太郎は梓美を愛人としていたが、その興味が里琴へと移り変わったのだ。里琴にも戸惑いがあった。しかし、彼の愛人となる事で得ることができるモノの価値を知らない彼女でもない。
山本と里琴が偽りの愛と互いに知りながらも深みに嵌っていくなかでその計画なるものは進んでいた。
「遥々広島からご苦労さん」
「いえ。こんな豪華な屋敷に呼んで頂いて……」
「やっていただくことは分かっておるよねぇ?」
「はい。こんな贅沢な暮らしをしておいて……梓美様を裏切る行為。いくら憎みきっても、おさまりません」
「成功すればどこかの店で働かせてあげるよ。お兄さん、イケメンやものね……そのつけられた酷い傷、整形して治してあげるわ。ええ医者がいるのよ」
里琴は知る由もない。かつて愛し合った男と恩師と仰ぐ女がこんな密会をしていたなんて。
計画どおりに里琴は何者かに大きな傷を負わせられた。同時に山本には彼よりだいぶ若い愛人がいると週刊誌にて大々的に報じられた。彼は区長から失脚するしかなくなる。
ところは変わって広島。
通い詰めている個室の居酒屋で彼はいくつも分厚い札束を数えてみる。
「長崎と大阪でそれぞれ更生すりゃあドラマにもなったが……人の怨みを買う奴っていうのはそう簡単にヒーローにもヒロインにもなれないか」
そこへ店員がやってくる。
「片岡様。小西様という御方が到着されましたが」
「おーありがとうね。ここに連れて来てください」
大人なんて信じられない。
大人なんてなりたくない。
人は誰しもそんな深い水底に沈んでいく。沈んでゆけば沈んでいくほどにその水圧が増す。それをプレッシャーと呼ぶ者もいれば現実と呼ぶ者もいる。
ーー映画「ギャルズ・リターン」にコメントを!
賢治「どうでしょう?」
傑「え?俺から喋るの?」
賢治「俺は譲る。お前は傑」
傑「お前はユズルじゃなくてケンジだろうが。そうですねぇ……すずちゃんはウチに入ってから間もない時、俺だけに対して何故かタメ語っていう」
賢治「あっはっはっは!」
傑「ね。コイツにタメ語をぶつけるのは意味が分かるんだけど、なんで俺だけに!?と思いつつも、まぁ才能あるコだなっていうのは一緒に映画やドラマや平場の現場で仕事をするなかで感じましたね。だけど監督までするのか……へぇ……うわっ……すげぇ……と台本を読みながら感じました。すごい映画になるね」
賢治「10代チャラ男系俳優のコメントみたいだ」
傑「うるさい。酒飲みが。じゃあお前が言えよ」
賢治「そうね……この映画自体は南野監督の『ボーイズ・リターン』を踏襲している気がするのだけど、ギャルっていうモノをそこに重ねていると思っていて。その『ギャル』っていうのがもはや哲学なんだよね。水のなかで生きる人魚さんが水のなかで生きることを重く感じることはないと思うんだけど、自分が人魚じゃないんだってある日突然思うようになったら重く感じると思うのよ」
傑「それってそもそも元も子もない話じゃね?」
賢治「いや、だって俺たちだって何でタレントやってんだって自問しだしたら、しんどくならない?」
傑「まぁ……真面目に考えるとね。悩むよね」
賢治「すずちゃんはとっても頭がイイ子だと思う。俺からの間接キスを回避できるぐらいに」
傑「うん。頭良くなくても回避できるよ。お前が気持ち悪いだけ」
賢治「じゃあ江川さん、まとめてください」
傑「投げるなよ。え~と『ギャルズ・リターン』で俺は小西会長という格闘ジムのボスを演じています。で、このさっきから酒飲んでばかりのアホが何故か偉そうに生活指導する刑事を演じています。中下すず監督はこの映画が監督デビュー作ということで期待していただけたら。すごい映画ですよ。是非観に来てください」
賢治「貴様らぁ!!! これを避けてみよぉ!!!」
伊達賢治の投げキッス!テレビのまえの皆さんはただちに避けてください!




