㉛二人の女の正体
エルと呼ばれた少女が穴のあったほうへ手を伸ばすと、小さな布がふわふわと踊りながら吸い寄せられるように手に収まった。
火柱の中に吸い込まれて、とてつもない高温の只中にあったはずなのに、燃えることも、焦げることすらなく綺麗な布片のまま、初めて見た時の艶を保っている。
「……その布」
アンドリューは驚きで目を見開いた。
忘れもしない……
アクアオッジ領の商業都市で、双子たちが母親の誕生日プレゼントとして購入した魔王国の裁縫針箱に、不死鳥の羽根を使ったフェルトが入っていた──もう五年も前のことだ……
「あらあら? 見たことあるのね? この不死鳥のフェルトは火を鎮めるのに母に借りてきたの」
(母、だって!? ということは……)
「……貴女たちは……」
「アンドリュー! どこだ! 無事か!?」
最後まで言い終わる前に、ざわざわと人の気配がしたかと思うと、兄の声がした。
「まあ、大変。ケイ、彼が来ちゃうわ。逃げましょ♪」
「おっと……王太子殿下か。了解。じゃあな! 少年」
声とは反対方向に二人が音も無く立ち去り、姿が見えなくなった途端、兄が凄まじい速度で走って来る。日頃から冷静な王太子の顔はなく、理性よりも弟を失いかねない恐怖が先に立っていることが一目でわかった。
「アンドリュー! 無事か!」
(いつもこの兄は心配してくれるんだな……)
面映ゆいが有難くもあり、アンドリューは心が温かくなる。
「はい。二人の女性が浄化を──」
そこまで言うと、いきなりがばっと両肩を掴まれて揺さぶられた。
(すごい力だ。どうしたんだ兄上は……)
「やはり、聖女がいたのか! 光柱が立ったからそうだとは思ったのだが──」
この慌てようはどういうことだろう? それに聖女?
「……兄上?」
「い、いや……なんでもない。聖女は何か言ってなかったか?」
王宮で父も話していた通り、やはりエルと呼ばれていたのは聖女だったようだ。
(兄上から逃げると言っていたことは……言わないほうがいい気がする)
「いえ……なにも」
「そうか……」
黒装束の男たちは拘束され連行されていった。
この後尋問することになるだろうが、タウン・ハウスに何があったのか詳しく知らされていなかったようだから、肝心な情報を聞き出すことはできないだろう。
◇ ◇ ◇
エルとケイという呼び名が、名の頭文字からだと分かったのは、王宮に帰ってきてからだった。
エル=Lydia、ケイ=Kara。
どうして本来の名前を使っていないのかは分からないが──
アンドリューはその名前が、双子の二人の姉の名なのだということを知っている──




