㉗光の奔流
小柄な女が両手を広げ詠唱を始めた。
全身から光の粒子が浮かんだ途端に弾けて、声とともに螺旋の渦が空を駆け上り、神々しい輝きに包まれていく──
何よりも驚くのは、一つ一つの小さな光が、女の歌声に合わせて唱和していることだろう。ぴたりと一つになった合唱が周囲に響き渡る。
それを合図に、背の高いもう一人の女が、所々に青紫色の宝石が嵌め込まれ白銀に輝く鞘から、澄んだ音と共にすらりと剣を抜き放った。
鞘も素晴らしいが、輝く両刃の剣身は言葉を失うほど美しく、白光が迸ったかと思うとたちまち辺りに柔らかい光が溢れ、暗闇は押し返されるように後退していく……
火柱の消え失せた暗い穴に光が到達すると、奥底から怨嗟の声が微かに聞こえ、やがて大きくなり、黒い瘴気に包まれた小さな丸い塊が浮かび上がってくる。
一目見て、あってはならないと思わせる邪悪さにアンドリューは驚いた。祝福された光の只中に、悍ましいほどの禍々しい瘴気を纏い、黒々とした虚ろな玉が浮いている様は異様でしかない。
玉そのものは墨を滴らせたように黒々と濡れ、ひび割れる鼓動に合わせて脈打っていた。
アンドリューと同じように思ったのか、二人の女も息を呑んだ。
「……ドラゴン、そこにいるんだろう? 手伝っておくれ。滅するのは少々骨が折れるんだ」
背の高いほうの女性が、アンドリューに言葉を投げかけた。
アンドリューはその言葉にぎょっとする。
誰にも伝えたことはないし、秘密にしてきたことだからだ。
(女は僕が依り代となって、ドラゴンと一つの身体を共有していることを知っている?)
その刹那、王子の周りに風が巻き起こり空気が重く沈んでいく。
目に見えぬ圧が少しずつ静まっていくと、一人の男が姿を現した。
長身で白銀の髪の見目好い青年だが、人ではない証拠に、宝石のように澄んでいる青紫の瞳は、縦に裂けた瞳孔が人外の証を刻んでいた。頬や首筋にはうっすらと鱗の光沢が浮かび、歩くごとに空気が震える。
「……ふむ。『呪いの核』とは。確かに厄介だな」
「だろう? 聖竜の一族よ。力を貸しておくれ」
「我らのことは……そうか。アーサーからか」
「どういうことだ? ヴィアスソライル」
「そこに浮いているのが『呪いの核』だ……禍々しいだろう?」
「ああ……これはどういうものなんだ……」
かつてこのタウン・ハウスを所有していた、悪魔を利用して人身売買を行っていたという侯爵のことなのだろうか。
(そいつと、『呪いの核』とが関係しているのか?)
「『呪いの核』っていうのは、光で焼かれて滅んだ、世界を呪って残る悪魔の魂の核のことだ。悪魔族は滅んだと見えても厄介なモノを残すからな」
(……ということは、その『呪いの核』は僕らが滅ぼした悪魔、ビグレッドショートス・アジンベルクイの元魂ってことか──)
いつまでも地獄の口が開いたかのように、アクアオッジ家のタウン・ハウスの跡地が面倒なことになっていると一報が入ったのは、双子が領地に帰ってからのこと。というよりも、おそらくこの現象が認められたからこそ、双子は領地に戻されたのだろう。
このままでは新しいタウン・ハウスが建てられないと、大騒動を引き起こすのが目に見えるようだ。戻したのは正解だと、苦笑しつつアンドリューは思った。
「呪術に用いるのにうってつけだから、目をつけた呪術師が狙っているの」
気を失っている黒装束のほうを見て、背の小さい女が詠唱をいったん止めて言った。背の高いほうの女と頷き合う。
「だから私たちが滅するために来たってことさ」




