エレナ様
前に差し出している私の左手の薬指に、エレナ様は、注意深く針をそっと刺しました。
指先に、チクリと痛みが走りますが、普段受けている暴力からすれば、私にとっては大した事ではございません。
「……大丈夫ですか? 痛く……ないですか?」
心配そうな顔をして私に尋ねるエレナ様に、私は、力無く微笑んで答えました。
「はい……いつも罰を受けていますから」
エレナ様の言葉には、どこか王都とは違う言葉の訛りが有りました。王都から東北の方角の、比較的寒い地方の訛りの様でした。
「そ、そうですか……じ、じゃあ、なるべく早く終わらせますんで……」
針を刺した私の指から、血が、針を伝って、つうっ……と一滴流れてきたのを、エレナ様は、注意深く小さな小瓶に受け止めました。
そうやっておられる、真剣な表情のエレナ様を、そのとき私はぼんやりと見つめておりました。
彼女は……私のようなものが、このように言ってしまうと失礼ではありますが、決して美人ではありませんでした。
顔は日焼けしているのか、少しばかり浅黒く、シミやそばかすが頬に見られました。
髪は、少し赤みがかかった茶色……と言ったところでしょうか。これもまた、日に焼けているのか、少しばかり……なんと申しましょうか、ちりちり……と言う表現で合っているものやら分かりませんが、とにかく、貴族の令嬢のような、よく整えられた髪ではございませんでした。
その様子はまるで、普段は外で農作業でもしているかのような、そのような印象を受けました。
しかしながら、不思議と、私はそんなエレナ様の容姿を、悪くは思いませんでした。
その様にして、私がぼんやりとエレナ様を見ておりますと、小瓶に私の血が数滴落ち、彼女は丁寧に、その小瓶に蓋をしました。
「……こ、これで……おしまいです」
針や小瓶を、丁寧に鞄に入れながらそう言うエレナ様は、こんな作業は慣れていないのか、少し緊張していらっしゃるご様子でした。
まあ、今になって考えますと、血を採るなどという作業、慣れている人というのが少ないのですから、当たり前でございましょう。それに、相手は私という大罪人だったのですから。
そんな彼女に、私は答えました。
「……ありがとうございます。マーレ様より丁寧にしてくださったので、それ程痛みも無くて済みました」
彼女はそれを聞きますと、少し緊張が解けたのでございましょうか……安心したように少し笑って……
「あぁ……終わってホッとしました。そんなに痛くなかったなら良かったです」
少しばかり東北の地方の訛りでそう言うと、彼女は立ち上がり、最後に私にこう言いました。
「2、3日おきに、参りますね」
私がその言葉に頷きますと、エレナ様は私に背を向けて、小屋から出て行きました。
扉を開けて小屋から出るその時、彼女はまた私を見ると、「では……また」とだけ、小さな声で言い、そして出ていったのでございます。
まるで私を普通の人のように接して下さったエレナ様を、私は有り難く感じたのを、今でも良く覚えております。
そして……彼女の言ったとおり、エレナ様は、私の所に3日と空けず、おいでになるようになったのでございます。
最初は少なかった言葉も、段々と多くなり、私とエレナ様は、色んな事を少しずつ話すようになってきました。
そして……私は、エレナ様の事を、少しずつ知っていったのでございます。
彼女が、半年くらい前から、マーレ様の召使いとして働き始めた事。
それまでは、王都から離れた、北の地方のとある町に住んでいた事。
幼いときに母を亡くし、父も1年ほど前に亡くなったので、独立していた兄たちから離れ、一人で生きていくために働き口を探していたところ、町の長から、召し使いの仕事を紹介されたのだという事。
彼女は、そんな事を私に教えてくださいました。
そして、私達は……お互いに色んな事を話すようになってきておりました。
今思えば……私はあの時から、エレナ様に惹かれていたのでございましょう……




