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パーティをクビになった荷運び、実はアイテムボックス容量が無限だった ~王国軍の補給を一人で支えています~  作者: 水原伊織


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第六十一話 王国兵站局長

世界喰らいたちとの、あの規格外すぎる炊き出し大決戦が終わってから、早くも一か月が経とうとしていた。


かつて滅亡の危機に瀕していた王都は、今や驚くほどの平和を取り戻していた。


本当に、信じられないくらいに平和だった。


街を行き交う人々の顔には穏やかな笑顔があり、中央市場は連日大勢の買い物客で賑わいを見せている。

よく通る声で客を呼び込む商人は元気そのもので、その足元を子供たちが笑い声を上げながら元気に走り回っている。


そして――そんなあまりにもありふれた日常の風景の中に、当然のように「奴ら」の姿もあった。


「おい、そこのデカブツ!」


市場の片隅にあるお馴染みのパン屋のおじさんが、威勢のいい声を張り上げる。


「今日は特製の焼き立てカツサンドがあるぞ!」


その言葉に、民家の屋根よりも遥かに高い位置にある、漆黒の巨大な目がキラキラと輝いた。


『……本当か? 職人。私の分の取り置きは残っているか?』


完全に常連・・の反応だった。


周囲を行き交う王都の住民たちも、今や誰一人として悲鳴を上げたり逃げ惑ったりはしない。


最初こそ国中がひっくり返るほどの大騒ぎになったものの、彼らが「飯さえ与えておけば絶対に悪さをしない、ちょっと大食いなだけの生き物」だと理解してからは、すっかり慣れてしまっていた。


何しろ、世界喰らいたちは今、この国で立派に「労働」をしていたのだ。


その圧倒的な巨体とパワーを活かした、未開の広大な農地開拓。


大陸間をまたぐ超重量級の物資の運搬作業。


さらには、過去の戦災によって荒れ果てた地域の迅速な災害復旧。


彼らにとっては何てことのない一足飛びや一薙ぎが、人間にとっては数百人分、数千人分の労働力に匹敵するため、便利という言葉すら生温いほどの活躍っぷりだった。


しかも、彼らが要求する報酬は、お金ではなく純粋な「美味しい食事」だけ。


人間側にとっては余りある備蓄を消費するだけで済み、世界喰らいたち本人も「毎日違う味が食べられる」と大満足している。

まさに完璧な Win-Win の関係が築かれていた。


王宮のテラスからそんな窓の外の光景を眺めながら、王女がくすくすと楽しそうに笑った。


「ふふ……。一か月前、誰がこんな奇妙で温かい未来を想像できたでしょうね、レクト」


「全くだ。俺だって夢にも思わなかったよ」


俺が呆れたように肩をすくめた、その時だった。


背後の重厚な扉が開き、一人の近衛兵が恭しく入室して頭を下げた。


「レクト様」


その、どこか神妙な呼び声に、俺の脳内でピピッと嫌な予感のアンテナが立つ。


「……なんだ?」

「陛下がお呼びです。至急、大広間へお越しください」


(……やっぱりか。ろくな予感がしないな)


その後、案内された王宮の大広間へと一歩足を踏み入れて、俺はますます回れ右をして逃げ出したくなった。


広間の奥には、威厳に満ちた表情の国王陛下。

その隣にはいつの間にか移動していた王女。


さらに左右の列には、きらびやかな衣装を纏った貴族たちや、国軍の上層部たちがズラリと一堂に会していたのだ。


俺の胸中にあるのは、もはや嫌な予感「しか」ない。


やがて、玉座から国王陛下がゆっくりと立ち上がり、広間に響き渡る声で俺の名を呼んだ。


「レクトよ」


「――はい」


「此度の世界滅亡の危機を、前代未聞の奇策を以て未然に防いだお前の功績、まさに救国の英雄と呼ぶにふさわしい。よってここに、相応しき褒賞を与えるものとする」


(いらない。本当に何もいらないから、早く倉庫に戻らせてくれ……!)


そんな俺の心の悲鳴などどこ吹く風で、国王陛下はこれ以上ないほどの満面の笑みを浮かべ、力強く宣言した。


「――お前を、初代『王国兵站局長おうこくへいたんきょくちょう』に任命する!」


静寂。


(……知ってた)


俺は思わず、その場で深々と頭を抱えた。


兵站、つまり物流や補給を司る最高責任者のポスト。

以前にも似たような話を打診され、「俺はただの荷運び屋ですから」と丁重にお断りしたはずだった。


だが、百戦錬磨の国王は今回は最初から俺を逃がす気などなかったらしい。


「ちなみに、お前が引き受ける前提で、既に兵站局という組織の立ち上げは完了している」


(早い)


「実務を担当する優秀な職員たちも、各部署から一斉に集め終えた」


(早いって)


「ついでに、王都の一等地に立派な庁舎も建てておいたぞ」


(早すぎるだろ、職権濫用か!?)


隣で王女が「ぷっ」と口元を手で押さえ、必死に笑いを堪えているのが見えた。

この人、絶対に最初から全部知っていて黙ってやがったな。


その時、大広間の重々しい扉が再び左右に開かれた。


カツ、カツ、と静かな足音を響かせて入ってきたのは――見覚えのある四人の男女だった。


元・勇者パーティ。

戦士ガルド、軽戦士リシェル、神官ミリア、魔法使いエルナ。

かつて、俺を「ただの荷物持ち」「お前がいると足手まといだ」と罵り、パーティから追放した張本人たちだった。

本当に久しぶりに見る顔ぶれだ。


リーダーだったガルドは、以前の傲慢な雰囲気はすっかり身を潜め、心なしか少し痩せたようにも見えた。

だが、その瞳はかつてないほど真っ直ぐにこちらを見つめている。


そして、俺の数歩前まで歩み寄ると、ガルドは衆目が見守る中で、深く、深く頭を下げた。


静寂。


大広間に控えていた貴族や軍人たちが、一斉に小さくざわめき立つ。あのプライドの塊だった「元・勇者」が、かつての仲間の前で完全に頭を下げているのだから。


ガルドは、床を見つめたまま、絞り出すような声で言った。


「……レクト。俺たちは、致命的に間違っていた」


誰も言葉を発さない。ガルドの声だけが広間に響く。


「お前をただの都合のいい荷物持ちだと思い込み、その本当の価値を何一つ理解していなかった。だが、違ったんだ。お前が完璧に後ろを支えてくれていたからこそ、俺たちは戦えていた。……お前が抜けてから、初めてその残酷な事実に気づかされたよ」


俺はただ、苦笑するしかなかった。


今さらだ。


本当に、今さらすぎる謝罪だ。


あの時は死ぬほど理不尽だと思ったし、腹も立った。


だが、ガルドはそのまま顔を上げ、静かに言葉を続けた。


「――ありがとう、レクト。お前が俺たちの代わりに、この世界を救ってくれたんだな」


短い言葉だった。

余計な飾り気のない、それだけの言葉。


それでも、かつて決別した男の口からその言葉を聞けただけで、俺にとってはもう、十分にすぎるほどの清算だった。


その時、一歩後ろにいたリシェルも涙目を潤ませながら前に出た。


「ごめんなさい、レクト……っ! 私たち、本当に何も分かってなくて、ひどいことばかり言って……!」


エルナも黙って深く頷き、ミリアも胸元で手を握り締めながら深く頭を下げる。


そんな元仲間たちの姿を見て、俺は少しだけ困ってしまった。


正直なところ、今の俺には世界喰らいたちの胃袋を支えるという天文学的な仕事ミッションがあり、彼らに対する怒りも、恨みも、とっくに消え失せていた。

もう、遙か遠い昔の出来事のような感覚なのだ。


だから、俺はいつも通り、少しだけ肩の力を抜いて笑って答えた。


「――気にするな。もう終わったことだろ」


その瞬間、ガルドたちの表情から張り詰めていた頑なな強張りが消え、まるで長年背負っていた重い肩の荷が下りたような、救われた顔をした。

それを見届けて、王女もどこか誇らしげに、優しく微笑みかける。

そして、国王陛下が改めて、玉座の前から威厳のある声を響かせた。


「レクトよ。王国兵站局長トップ、謹んで受諾してくれるな?」


大広間にいる全員の視線が、再び俺へと集中する。


俺は小さくため息を吐きながら、何気なく大広間の大きな窓の外へと視線を向けた。


そこには、今日も平和で活気のある王都の街並みが広がっている。


賑やかな市場の喧騒。そして、その片隅で「カツサンド、おかわり!」と嬉しそうに尻尾を振る(比喩ではなく)世界喰らいの姿。


……なんだ、このおかしな世界は。本当に、めちゃくちゃだ。


だが――そんな光景も、決して嫌いじゃなかった。


だから、俺は首を掻きながら、まっすぐに前を向いて答える。


「――分かりました。お受けします」


「おおおぉぉぉぉっ!!!」


その瞬間、大広間を震わせるほどの盛大な歓声と拍手が巻き起こった。


こうして、かつて無能と蔑まれてパーティを追い出された「元・荷運び屋」のレクトは、名実ともに国すべての物流と補給を支配する、正式な『王国兵站局長』へと就任したのだった。


もっとも――本人はまだ、自分がどれほど偉大な地位に上り詰めてしまったのか、その実感を全くと言っていいほど理解していなかったのだが。

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