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パーティをクビになった荷運び、実はアイテムボックス容量が無限だった ~王国軍の補給を一人で支えています~  作者: 水原伊織


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第五十九話 世界の外

「世界喰らいは、宇宙に一匹だけではない」


監視者が口にしたその絶望的な言葉。

その瞬間、コントロールルームの全員の顔色が完全に土気色へと変わった。


異界少女が全身を小刻みに震わせながら、縋るように声を漏らす。


「う、嘘ですよね……? 冗談だって言ってくださいよ、監視者様……!」


しかし、監視者はただ重々しく首を横に振った。

無慈悲な、完全なる否定だった。


王女もあまりの衝撃に言葉を失い、セレフィナは脂汗を滲ませながら細剣の柄をギリリと音が出るほど握り締めた。


その頃、中央平原に座っていた世界喰らい本人もまた、ゆっくりと空を見上げていた。


いや、見つめているのは空ではない。


そのさらに遥か外側――世界の境界線の向こう側だ。


カツサンドを味わっていたその巨大な顔が、かつてないほど険しく歪んでいく。


『……来たか』


初めて聞く、奴の低く張り詰めた声だった。


そこには明らかな「恐怖」、あるいはそれに極めて近い感情が滲んでいた。


俺は管理者権限を通じて問いかける。


「おい、知っているやつなのか?」


世界喰らいは無言で、だが深く頷いた。


『同族だ。……星々を、宇宙に浮かぶあらゆる世界を喰らい尽くす、我が同胞たちだ』


静寂。誰も喋れなかった。


その時、収納世界の外側の空間に、目視できるほど巨大な亀裂が走った。


――ビキビキビキビキッ!!!


空そのものがガラスのようにへし割れていく。


そして、剥き出しになった混沌の闇の向こうから、一対の「目」が現れた。


巨大。


あまりにも比べ物にならない。


今ここでカツサンドを食べている世界喰らいですら大陸サイズだというのに、その外側の存在は、世界そのものを包み込めるほどにさらに巨大だった。


異界少女が頭を抱えて絶叫する。


「サイズがおかしい!! 遠近感が狂ってますって!!」


コントロールルームのメインモニターが、負荷に耐えかねて次々とエラーを吐き出し始める。


【警告:対象の質量、計測不能】

【エラー:危険度測定に失敗しました】

【システムメッセージ:速やかな逃走を推奨します】


最後の表示が致命的に嫌だった。

逃げられるならとっくに逃げている。


その空間を埋め尽くす巨瞳が、じっとこちらを見下ろしてきた。


新しく編成された創造主軍。

この収納世界。

そして、地べたに座る世界喰らい。


そのすべてを傲然と見下ろし――やがて、世界を直に震わせるような精神波が響き渡る。


『――見つけたぞ。裏切り者よ』


その不穏な言葉に、全員の視線が自然と俺たちの世界喰らいへと向いた。


世界喰らいは黙っていた。


ただ、自分を遥かに凌駕する巨大な目を見返している。


そして、低く、明確な意思を込めて呟いた。


『私は、裏切ってなどいない』


『ならば』と、外の巨躯が断罪するように告げる。『なぜ、目の前にある世界を食わない。なぜ、未だにその世界を生かしている』


静寂。


世界喰らいは少しだけ考えた。


そして、自らの大きな手元を見た。


そこには、先ほど配給された「王都特製パン」が、ちょうど半分だけ残っている。


奴は少しだけ迷うような素振りを見せた後、それを口へと運んだ。


もぐもぐ、もぐもぐ。


全員が固まった。

あまりのマイペースさに、張り詰めていたはずの極限の緊張感がどこかへ霧散していく。


ひと口飲み込んだ後、世界喰らいは至極当然のように答えた。


『――美味い(・・・)からだ』


静寂。


完全なる静寂。


王女がいたたまれなくなって顔を覆い、セレフィナが可笑しさと呆れで肩を激しく震わせる。


異界少女にいたっては「もうどうにでもなれ」とばかりに机に突っ伏した。


ただ一人、監視者だけが「……クッ、フハハハ!」と盛大に吹き出した。


俺が彼と出会ってから、初めて見せる本気の爆笑だった。


世界の外の存在は、しばらくの間、完全に沈黙した。


あまりに想定外の回答に、思考が追いついていないらしい。


『……意味が分からん。狂ったか』


「だろうな。俺も当事者じゃなきゃ意味が分からない」と、俺は画面の向こうの侵略者に同意した。


すると、外の巨躯は苛立ちを露わにしながら再び告げる。


『世界は食料だ。貪り、喰らい、己の飢えを満たすための糧だ。それ以外の価値など、存在しない』


その頑なな言葉に、今度は世界喰らいがはっきりと首を振った。


『違う』


全員が驚きに目を見開く。かつて数多の世界を冷酷に喰らい続けてきた張本人が、その摂理を真っ向から否定したのだ。


『世界には、パンがある』


王女が耐えきれずに再び吹き出した。

異界少女も必死に笑いを堪えている。


だが、世界喰らいの瞳はどこまでも真剣で、真面目だった。


『果物もある。干し肉もある。温かいスープもある。そして、ここには住民がいる』


奴の声に、少しずつ言葉の熱が籠もっていく。


『食べ物を作る者がいる。それを運ぶ者がいる。それを待つ者がいる。……そして』


巨大な瞳が、ゆっくりとコントロールルームの俺を真っ直ぐに見据えた。


『――完璧なタイミングでそれらを持ってくる、補給担当プロがいる』


なんだか、そこまで真っ直ぐ褒められると照れる。


その答えを聞いた瞬間、世界の外の存在が明確に激怒した。


世界の境界線の亀裂が、さらに禍々しく広がっていく。


『理解不能。異常個体と認定。……全軍、当該世界ごと排除せよ』


空間がガラスのように粉々に砕け散る。


現れたのは、

無数の目。

無数の影。

裂け目の向こうにぎっしりと並ぶ、世界喰らいたちの圧倒的な群れ。


それこそが、宇宙が秘めていた本当の脅威だった。


異界少女が絶望に顔を青ざめさせる。


「数が……嘘でしょ……」


数十。いや、数百。


これまで無数の世界を、その文明ごと胃袋に収めてきた絶望の神格たちが、地平線を埋め尽くさんばかりに並んでいる。


だが、その時。


俺はパチパチと手元の端末を叩き、お馴染みの「在庫画面」を開いた。


その不穏な挙動に気づいた監視者が、嫌な予感を察して眉をひそめる。


「……レクト。お前、今度は何を考えている」


俺は画面を見つめたまま、平然と答えた。


「いやさ。……足りるかな、と思って」


王女が涙目で聞き返してくる。「何がです、レクト!?」


俺は画面を二分割し、片方で世界の境界線にひしめく無数の世界喰らいの群れを見つめ、もう片方で保存食の在庫データを睨みつけた。


【保存食:三億食】

【干し肉:一億二千万本】

【パン:七千九百万個】


少し頭の中で計算する。


うん、これだけの量があれば、たぶん。……ぎりぎり、いける。


「――全宇宙規模の、炊き出し(・・・)の量」


コントロールルームの全員が、揃って頭を抱えた。


どうやら、この世界の命運を懸けた最終決戦は――前代未聞の「世界規模の大炊き出し大会」になりそうらしかった。

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