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パーティをクビになった荷運び、実はアイテムボックス容量が無限だった ~王国軍の補給を一人で支えています~  作者: 水原伊織


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第五十八話 侵食軍にも配給を

「――あの侵食軍の化け物たちにも、普通に飯を配ってやれば、この戦争って完全に終わるんじゃないか?」


またしても、世界が完全に停止した。


コントロールルームの計器が虚しく作動音を響かせる中、異界少女が固まり、王女が固まり、セレフィナが固まった。


あの超越者である監視者までもが、かつてないほど綺麗に硬直している。


数秒の沈黙の後、異界少女がパチンと弾かれたように、今日一番の絶叫を上げた。


「敵ですよ!? 私たちの世界を滅ぼそうとしていた侵略者ですよ!?」


確かにその通りだ。

弁解の余地もない。


だが、俺はモニターの向こうの侵食軍をじっと見ていた。


黒い獣。

黒い竜。

黒い巨人。


彼らはもはや武器を構えるでもなく、ただひたすらに、人間たちのテーブルの上に山積みにされた料理の数々を見つめている。


特に、ジューシーに焼き上げられた肉料理の山を、生唾を飲むような(・・・・・)様子でものすごく見つめていた。


その時だった。

一匹の小山ほどもある黒い獣が、こちらを伺うように、そろそろと、本当に恐る恐る机の並ぶエリアへと近づいてきたのだ。


前線の兵士たちが反射的に身構える。


だが、その黒い獣は攻撃する気配を一切見せない。

ただ、鼻をヒクヒクさせながら、香ばしい匂いを放つ肉を見つめていた。


次元の裂け目の奥から、世界喰らいが少しだけ申し訳なさそうに精神波を伝えてくる。


『……あいつらも、腹が減っているのだ』


どうやら、俺の予想は本当らしかった。


俺は手元の管理者権限を使い、中央平原の配給エリアの空間から、特大の干し肉を一本、その黒い獣の目の前へと取り出した。


そして、スローイングの要領でポイと投げてやる。


干し肉は綺麗な弧を描き、黒い獣の目の前に落ちた。


獣は数秒ほど、罠ではないかと警戒するように迷っていたが――やがて我慢しきれず、ガブりとそれを貪った。


戦場の誰もが、その様子を息を呑んで見守る。


そして、干し肉を咀嚼し終えた瞬間、黒い獣の濁っていた目が、信じられないほど純粋にキラキラと輝いた。


『グルル……ッ! ガウッ!』


直後、その巨大な化け物は、千切れんばかりに激しく尻尾を振り始めた。


犬だった。


どこからどう見ても、ただのご主人様に餌をもらって大喜びしている犬だった。


前線の兵士たちが完全に固まる。


「え……?」

「おい、あいつ、今めちゃくちゃ尻尾振ったぞ?」

「めちゃくちゃ懐いてないか……?」


俺もはっきりと見た。


その光景が呼び水となったのか、周囲にいた他の侵食体たちも、我先にとそろそろと近づいてきた。

黒い竜、黒い巨人、黒い狼。


みんな一様に、狂暴な敵意は消え失せ、ただ悲しげに、かつ期待に満ちた目で料理を見つめている。


異界少女が呆然と呟いた。


「これ、魔物というより……」

「お腹を空かせた、ただの野生動物ですね……」


その通りだった。

世界喰らいは、気まずそうに巨大な目を伏せながら言った。


『私の影から生まれた彼らもまた、常に飢餓の苦しみの中にあった。生きるために、喰らうしかなかったのだ』


なるほど。

つまり、世界を滅ぼす恐怖の侵食軍の正体とは、ただの「死ぬほど腹を空かせた迷子の群れ」に過ぎなかったわけだ。


その時、手元の端末で管理者権限がピコンと音を立て、詳細なスキャン結果を弾き出した。


【侵食体:解析完了】

【対象の侵食行動における、約87%は「極度の飢餓」に由来するものと断定】


王女がいたたまれなくなって両手で顔を覆った。


セレフィナも信じられないという風に大きなため息を吐く。


ただ一人、監視者だけが「ふむ」と深く頷いた。


「やはりな」


「知ってたなら先に言ってくれ!」


だがその時、異界少女が目の前のモニターを二度見して、悲鳴のような声を上げた。


「ま、待ってくださいレクト殿! 画面を見てください!」

「ん? 何かあったか?」

「侵食率が、急速に下がっています!」


全員が一斉にメインモニターを振り返る。


そこには、つい先ほどまで【侵食率28%】と絶望的な数値を刻んでいた世界地図が映し出されていた。

だが、その数字が、リアルタイムで目まぐるしく変動していく。


【侵食率:24%】

【侵食率:22%】

【侵食率:20%】


みるみるうちに、赤く染まっていた領域が正常な青へと戻り、減っていく。


世界喰らいが大人しく食事をし、その配下の軍勢が大人しく飯を待っているだけで、世界の侵食が止まるどころか、完全に消滅していっているのだ。


監視者が静かに、その宇宙の理を口にする。


「侵食とは、即ち『飢餓』の具現化だ。彼らの絶対的な空腹こそが、世界を無理矢理に喰らわせる衝動となっていた。……だが、その胃袋が本物の糧によって満たされれば、世界を侵食する理由そのものが消滅する」


あまりにもシンプルな理屈だった。


その時、地響きを立てて二代目砦喰らいが、配給エリアへと近づいてきた。

その背中に搭載されたハイテク倉庫群が次々と開放されていく。


中から、コンテナにぎっしりと詰まった大量の保存食や肉が、ベルトコンテナで一斉に送り出された。


『――これより、全域における配給デリバリーを開始する』


相変わらず恐ろしく仕事の早い怪獣だ。

侵食軍の化け物たちへ、次から次へと正確に食料が渡されていく。


干し肉をもらった黒い獣たちが歓喜の声を上げ、特大の果物を差し出された黒い竜たちが嬉しそうに翼をはためかせ、山盛りのパンを支給された黒い巨人たちも美味そうに頬張って喜んでいる。


戦場に満ちていた絶望的な空気は消え去り、そこにはただの巨大な屋外フードフェスの光景だけが広がっていた。


王女が完全に遠い目をして呟く。


「……なんだか、本当に戦争が終わりそうですね、レクト」


「ああ、俺もそう思う。物流とご飯の勝利だな」


一件落着。

俺がそう安堵し、端末を片付けようとした、まさにその瞬間だった。


隣にいた監視者の表情が、一瞬で劇的に変わった。


彼と出会ってから、そんな表情は一度も見たことがない。

完璧なポーカーフェイスだった男の顔が、恐怖と驚愕に歪んでいる。


「……まずい」


ぽつりと漏らされたその呟きだけで、コントロールルームの空気が完全に凍りついた。


監視者が、明確に焦っている。


異界少女がその異変に気づき、一気に顔色を変えた。


「な、何があったんですか!? 監視者様!?」


監視者は何も言わず、ただ、戦場のはるか上空の「空」を見上げた。


その視線を追うように、メインモニターのカメラが最大望遠で世界の「外側」を映し出す。


世界喰らいが座る、次元の裂け目のさらに背後。

そこにある、あらゆる光を拒絶する、さらに深い、底なしの暗黒の闇。


その中に、今ある世界喰らいを遥かに凌駕する、星系そのものを覆い尽くさんばかりの、とてつもなく巨大な「別の影」が蠢いていた。


監視者が、血の気の引いた声で低く言った。


「世界喰らいという存在は――」


嫌な予感しかしない。全身の毛穴が逆立つような、本能的な恐怖が背筋を駆け上がる。


「――宇宙に、一匹だけではない」


コントロールルームの全員が、今度こそ絶望に叩き落とされて固まった。


その瞬間、平和な食事会が始まったばかりの収納世界の外側で、あの世界喰らいの何十倍、何百倍もある、禍々しい漆黒の「新たな目」が、混沌の闇の奥からギロリと開いた。

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