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パーティをクビになった荷運び、実はアイテムボックス容量が無限だった ~王国軍の補給を一人で支えています~  作者: 水原伊織


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第五十七話 世界最大の食事会

『おかわりは、あるか?』


またしても、世界が完全に停止した。


コントロールルームの計器類だけが虚しく規則的な音を刻む中、異界少女が魂の抜けたような声で呟く。


「……ラスボスが……」


王女も、自らの常識の崩壊を必死に繋ぎ止めるように呟いた。


「……おかわりを、要求していますね……」


セレフィナに至っては、もはや限界を迎えたように額を押さえていた。


「未来の歴史書にどう記述すればいいのでしょう。『世界喰らい、カツサンドの美味さに敗北す』とでも書くのですか?」


「俺に聞くな。俺だってどうすればいいか分からない」


だが、画面の向こうの世界喰らいはこれ以上ないほどに本気だった。

星々を呑み込んできた巨大な目が、じっとこちらを見つめている。


その瞳には、かつてあった不気味な虚無や憎悪は消え失せ、純粋な「期待」だけが満ち溢れていた。

その姿は、お母さんの料理を待つ小さな子供のようでもあった。


その時だった。


――グゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!!!


世界全体を激しく揺るがすような、凄まじい地鳴りが響き渡った。


最前線の兵士たちが「新手の攻撃か!?」と一斉に身構え、コントロールルームの異界少女が短い悲鳴を上げる。


「ひゃああっ! やっぱり攻撃ですか!?」


違った。


あまりにも巨大すぎる、世界喰らいの「お腹の虫の音」だった。


静寂。


監視者はそっと目を閉じ、王女は静かに顔を逸らし、セレフィナは現実を拒絶するように天井の照明を見上げた。

誰もその哀愁漂う大音響に触れようとはしなかった。


すると、世界喰らいは自身の腹の音に気づいたのか、巨大な身体をほんの少し縮こまらせ、恥ずかしそうに精神波を送ってきた。


『……空腹、だ』


どうやら、何万年分もの飢えがあの弁当一つで刺激され、本当に、本気で猛烈にお腹が空いてしまったらしい。


俺は呆れを通り越して、はぁ、と大きいため息を吐いた。

そして、手元の端末で管理者権限を再び起動する。


「よし、もう一度全倉庫の在庫確認だ」


【現在の在庫ステータス】

【保存食:三億食】

【干し肉:一億二千万本】

【パン:八千万個】

【果物:二億個】

【王都特製パン:四百万個】


「最後だけ、やたらと少ないな……」


人気商品らしいが、それにしても他の物資に比べて桁が二つほど違う。


そのデータを見た瞬間、脳裏に前任者――巨人レクトの、どうしようもなく緩い記憶が蘇ってきた。


『あ、そうだ未来の俺。王都特製パンだけはあんまり無駄遣いせず、残しておけよ。あれ、めちゃくちゃ美味いから。俺の夜食用だから』


(あの野郎、職権濫用して自分の分をキープしてやがったな……)


本当にブレない創造主だ。

俺は思わず、フッと笑ってしまった。


そして、手元の承認ボタンを思い切りよく押し込む。


「――よし、全員で食事会・・・でもするか」


「……はい?」


コントロールルームの全員が完全に硬直した。

異界少女が耳を疑うように聞き返す。


「しょ、食事会……?」


「ああ。せっかくこれだけ飯があるんだ。世界喰らいも腹を減らしてるし、うちの兵士たちだって戦い詰めで疲れてるだろ。みんなで食えばいい」


王女が信じられないものを見る目で、だがどこか楽しそうに呆れた笑みを漏らした。


「……どこまでも、あなたらしい解決策ですね、レクト」


その瞬間、俺の操作によって収納世界全域へと最大出力の「管理者通信」が流された。空に浮かぶ文字が、鮮やかな黄金色に輝く。


『――全住民、および全軍へ告ぐ。これより、侵食軍との戦闘を一時的に全面停止する』


世界中に大いなるざわめきが広がる。


命がけの戦争の最中に、突然の戦闘停止命令。


誰もが耳を疑った。


だが、スピーカーから流れる俺の声は、極めて大真面目に続きを告げた。


『これより――収納世界最大の「食事会」を開催する。繰り返す、全員飯の時間だ』


静寂。


数秒の後、収納世界のあちこちから盛大な大混乱の声が上がった。


『はあぁぁ!?』

『食事会ってなんだよ!?』

『こっちは今まさに化け物と殺し合いをしてる最中なんですよ、創造主様!?』


当然の反応だった。


だが、管理者のシステム命令は絶対だ。


強制的に戦場の全システムが「非戦闘モード」へと移行していく。


その頃、敵であるはずの侵食軍もまた、完全に動きを止めていた。


狂暴な黒い獣も、空を覆う黒い竜も、巨大な黒い巨人も、武器を構えたままその場にピタリと待機している。


なぜなら、彼らの親玉である世界喰らい本人が、大陸サイズの巨体を小さく丸め、北方の荒野で大人しく「待て」をしていたからだ。


その佇まいは、完全に学食や食堂で注文した定食が出てくるのを大人しく待っている客のそれだった。


----


そして、数時間後。


収納世界の中央に広がる広大な大平原には、宇宙の歴史のどこを探しても絶対に存在しない、信じられない光景が広がっていた。


見渡す限りの広野に並べられた、無数の机と椅子。


そこに山積みにされた、数え切れないほどの料理、肉、パン、スープ。


そしてその中心には、巨大な身体を器用に地べたに座らせた世界喰らい。


その周囲を取り囲むように、武器を置いた創造主軍の兵士たちや、避難先から呼び戻された住民たちが、同じ空間に全員集まっていたのだ。


異界少女が、配給のジュースを片手に完全に遠い目をして呟く。


「……あの、私たちがさっきまで命がけでやっていた『世界防衛戦争』って、一体何だったんでしょうか……」


「俺にもちょっと分からなくなってきた」


その時、超大型のクレーンと二代目砦喰らいの手によって、世界喰らいの目の前へと、特別に巨大化されて焼き上げられた「王都特製パン(カツサンド)」が恭しく運ばれた。


世界喰らいは、まるで壊れ物を扱うかのように慎重に、その巨大な手でパンを持ち上げる。


そして、大きく口を開けて、一口。


『――美味い』


その精神波は、驚くほど嬉しそうだった。

本当に、心の底から満たされているような、温かい響き。


数万年の孤独と飢餓が、完全に癒されていく瞬間の顔(怪獣だけど)をしていた。


その瞬間だった。


世界喰らいの周囲に控えていた、黒い侵食体たちの軍勢が、何やらソワソワとざわつき始めた。


彼らは一斉に、じーっと、人間たちが美味そうに食べている料理の山を見つめている。


黒い獣が鼻をクンクンと鳴らし、黒い巨人がゴクリと喉を鳴らすような仕草を見せた。


どうやら、世界喰らいの「美味い、食べたい」という感情がダイレクトに共有された結果、端末であるあいつら自身も、猛烈にお腹が減ってしまったらしい。


俺は顎に手を当てて、少しだけ考えた。


そして、誰もが思いつかなかった、一つの途方もない可能性に気づく。


「……なあ。もしかしてさ」


隣で料理を眺めていた監視者が、怪訝そうに振り向いた。「なんだ、レクト」


俺は、ヨダレを垂らしそうな勢いで料理を見つめている黒い獣や黒い巨人たちを指差して、平然と言い放った。


「あの侵食軍の化け物たちにも、普通に飯を配ってやれば、この戦争って完全に終わるんじゃないか?」


静寂。


あらゆる世界の歴史を特等席で観測してきたあの冷徹な監視者ですら、目を見開いたまま、完全に石のように固まった。


どうやら、宇宙が始まって以来、神の数式を以てしても――世界を滅ぼす侵食軍に「配給の弁当」を配ろうなどというイカれた発想をした運び屋(管理者)は、後にも先にも俺一人だけらしかった。

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