第五十四話 創造主軍、進撃開始
志願者、百万人。
メインモニターのカウンターにその天文学的な数字が表示された瞬間、異界少女は勢い余って椅子から転げ落ちた。
「ふ、増えすぎです!! 一体どうなってるんですか、この世界の就職率は!?」
「俺もそう思う……」
普通の国家や軍隊なら、これだけの人数を兵士として登録し、編成するだけで数ヶ月、あるいは数年はかかるだろう。
だが、この収納世界には「普通」なんて概念は存在しなかった。
何しろ、その全域を統括し、求人を出して補給を担当しているのが、世界そのものを支える管理者(俺)なのだ。
俺は再び管理者権限をフル起動した。
視線を端末に落とした瞬間、立体世界地図に爆発的な青い光が広がっていく。
【志願者登録:完了】
【一斉装備配布:開始】
【即席訓練施設:システム接続】
【超空間輸送:準備完了】
早い。あまりにも異常な速度だ。
王女がその光景を呆然と見つめ、乾いた声を漏らした。
「……軍隊を作る速度ではありませんね。まるで、工場で兵士を出荷しているかのようです……」
その通りだった。
その頃、収納世界の各地では、驚天動地の光景が広がっていた。
志願した住民たちの頭上の空がぐにゃりと歪んだかと思うと、そこから雨のように装備が降ってきたのだ。
剣、槍、弓、盾、鎧。
さらには、ご丁寧に「携帯用保存食・一年分」の巨大なパックまでがセットになって、一人ひとりの目の前へ正確にクリティカル着弾する。
一瞬で完全武装を整えた即席の兵士たちは、恐怖を忘れて大歓声を上げた。
『うおおおっ! 本当に全部タダで支給されたぞ!』
『なんだこの鎧、めちゃくちゃ軽くて頑丈だ!』
『飯まで一年分ついてる! 最高だ、これならいくらでも戦えるぞ!!』
世界初、そして歴史上最も福利厚生が充実した軍隊の誕生だった。
その様子を冷徹に分析していた監視者が、戦況マップを見据えて呟く。
「……戦力比が、完全に逆転する」
赤い光点――世界喰らいの侵食軍。
青い光点――新しく編成された創造主軍。
画面を埋め尽くしていた赤の濁流に対し、青い光の海がその数をまたたく間に等しくし、塗り替えていく。
そして、激戦が続く北方戦線。
二代目砦喰らいの巨大な右アッパーが、世界喰らいの生み出した黒いレプリカの顎を完璧に捉えた。
――ドゴォォォォォォォン!!!
背後の山脈ごと突き抜ける凄まじい勢いで、黒い砦喰らいが派手に吹っ飛んでいく。
『――前方障害物、排除完了』
二代目にとっては、世界を滅ぼす災厄の模倣体すら、まだただの「路上障害物」扱いのままだった。
だが、レプリカもタダでは起きない。
吹き飛ばされた先で体勢を立て直すと、その巨大な顎を裂けるほどに開き、おぞましい咆哮とともに漆黒の極大熱線を放った。
世界そのものを削り取り、消滅させる一撃。
しかし、二代目は避けない。
それどころか、背中の巨大倉庫のハッチを全開放した。
――ドドドドドドドドッ!!!
射出されたのは、超質量のコンテナ数十個。
それらが連結し、盾となって黒い光線と正面衝突する。
空間を巻き込む大爆発。
光線が霧散した跡には、少し傷ついたものの、未だ健在なコンテナの壁がそびえ立っていた。
王女が完全に思考を停止した顔で固まる。
「……コンテナで、世界を滅ぼす光線を防いだわ……」
セレフィナも頭を抱えて深いため息を吐き出した。
「これまでの戦術理論が、木微塵に壊れていきますね。補給品とは盾にするものではないはずですが……」
完全に、何もかもが壊れていた。
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その頃、南部戦線では、編成されたばかりの「創造主軍・第一軍団」が黒い侵食体の本隊と激突していた。
だが、にわか仕立てのはずの住民たちの軍勢は、恐ろしいほどの強さを発揮していた。
なぜなら――彼らには「限界」がないからだ。
体力が尽き、疲弊した瞬間に、頭上からピンポイントで最高級の回復薬が届く。
武器が激しい戦闘で摩耗し、壊れた瞬間に、手元に新品の魔導剣がダイレクトに届く。
お腹が空く前に、完璧な栄養バランスの食料が強制補充される。
戦場において最も恐ろしい「補給切れ」という概念が、この世界には存在しない。
戦うほどに武装が新調されていく怪物のような軍勢に押され、世界喰らいの侵食軍が徐々に、だが確実に押し返されていく。
コントロールルームで戦況を監視していた異界少女が、身体を震わせながら呟いた。
「……兵站だけで、世界規模の戦況を完全に覆してる……」
「それが、俺の仕事だからな」
運び屋を舐めないでほしい。
その時だった。
戦況の急変を察知し、次元の裂け目の奥で世界喰らいが再びその巨大な身躯を動かした。
ぎらぎらと光る巨大な目。すべてを飲み込む巨大な口。
そして――その混沌の奥底から、初めて「苛立ち」を孕んだ重苦しい精神波が響き渡った。
『……理解、できない』
世界が、静まり返る。
『なぜ、そこまでして戦う。奪われ、食い尽くされるのが、この宇宙における世界の理だ』
監視者が不快そうに眉をひそめる。
どうやら、あの化け物は本気でそう信じているらしい。
世界喰らいにとって、この宇宙に存在するあらゆる世界は単なる「食料」であり、そこに生きる住民はただの「餌」に過ぎないのだ。
だが、俺は画面の向こうの巨大な目に向けて、はっきりと首を振った。
「違うな」
世界喰らいの視線が、明確に俺の存在を捉える。
俺は管理者権限を通じて、愛おしい収納世界の隅々を見渡した。
美しい王都。
活気あふれる街や村。
そこに生きる住民たち。
必死に戦う兵士たち。
そして、隣にいる仲間たち。
全部、俺が荷物を運び、積み上げて、みんなでここまで大きくしてきた大切な場所だ。
俺は少しだけ笑いながら、世界を揺るがす怪物に答えてやった。
「せっかくコツコツ作った俺の『倉庫』を、お前みたいな不法侵入者にめちゃくちゃに壊されたくない。……ただ、それだけだ」
静寂。
その直後、王女が堪えきれずに「ぷっ」と吹き出した。
セレフィナも信じられないものを見る目で肩を震わせている。
異界少女はついに両手で頭を抱え、デスクに突っ伏した。
「……戦いの規模が世界トップクラスになっただけで、発想の根底がどこまでもしがない『荷運び屋』なんですよ、この人は……!」
その通りだ。俺はどこまでいっても補給兵で、運び屋だからな。
だが、その瞬間。
次元の裂け目の奥で、世界喰らいは初めて完全な沈黙を保った。
まるで、自分の理解の範疇を完全に超えた、得体の知れない異物を見るかのように。
そして。
混沌の奥の巨大な目が、じわじわと、愉悦を孕んで細められていく。
『……面白い』
二度目だった。
絶対的な捕食者である世界喰らいは、この世界の「理」ではなく、レクトというたった一人の偏執的な運び屋の存在に、明確な興味を抱き始めていた。




