第五十三話 補給線は止まらない
『それは――予想外だ』
世界喰らいが、低くおぞましい地鳴りのような声でそう呟いた。
混沌の奥底に座す巨大な目が、不快そうに、そして初めて明確な焦りを孕んで細められる。
その視線の先では、世界喰らいが生み出したレプリカの『黒い砦喰らい』と、巨人レクトの魔改造の申し子『二代目砦喰らい』――二体の超巨大怪獣が、凄まじい質量をぶつけ合って激突していた。
――ドゴォォォォォォォン!!!
ぶつかり合うたびに、空間を引き裂くような衝撃波が世界を駆け巡る。
大地がひび割れ、山がドミノのように崩れ、海が天に向かって逆巻く。
あまりにも戦いの規模がおかしかった。
神話の再現どころの騒ぎではない。
モニターの閃光を見つめながら、王女が完全に遠い目をして呟いた。
「……レクト。私たち、最初は『前線へどう補給するか』という話を熱心にしていませんでしたっけ?」
「していた。確かに大真面目にしていた」
隣の異界少女も、現実逃避気味に深く頷く。
「そうですよね……。なのに、どうして今、画面の向こうで怪獣同士がガチンコのデスマッチを繰り広げているんですか……」
「俺にもさっぱり分からない」
そんなこちらの困惑を余所に、二代目砦喰らいは驚異的なパワーで黒いレプリカを強引に押し返した。
そして、重厚な声を世界に響かせる。
『――補給路の安全を確認。これより、前方障害物を速やかに排除する』
世界を滅ぼすレベルの最上位侵食体が、完全にただの「路上障害物」扱いだった。
その扱いに激怒したのか、黒い砦喰らいが狂暴に咆哮する。
グォォォォォォォォッ!!!
山脈をも一撃で消し飛ばしそうな巨大な爪が、二代目の脳天めがけて猛然と振り下ろされた。
だが、二代目は避けない。
代わりに、背中の巨大コンテナが爆発的に開放された。
そこから飛び出したのは、都市の防壁に使うはずの、超重量級の巨大な特殊鉄板群だった。
――ガキィィィィィン!!!
空間に固定された鉄板が、レプリカの爪を完璧に正面から受け止める。
衝撃で火花が散る光景を見て、前線の兵士たちがぽかんと口を開けた。
「防壁資材だ……」
「資材をそのまま盾にして攻撃を防ぎやがったぞ……」
あいつはどこまでも徹底して「物流怪獣」だった。
その時、俺は中央モニターに展開されている世界地図に目を戻した。
怪獣同士の決戦は優勢だ。
だが、世界全体を見渡せば戦況は依然として厳しい。
世界喰らいが無限に吐き出し続ける黒い侵食体の数が多すぎるのだ。
いくら前線にゼロ秒で補給を回しても、戦う兵士たちの数が物理的に足りず、ジリ貧になりつつあった。
その瞬間、俺の思考に呼応するように、管理者権限のシステム画面が激しく明滅した。
【現在の物流効率:98%】
【全域補給成功率:100%】
【システム警告:余剰在庫が膨大です】
「余剰……?」
俺が思わず呟くと、異界少女がビクッとして嫌な顔になった。
「な、今度は何を見つけたんですか? ろくでもないものじゃないでしょうね!?」
「いや……」
俺は端末に表示された、この収納世界の「全倉庫の統合データ」をそのまま読み上げた。
「保存食、三億食。予備の武器、四千万本。魔力回復薬、一億二千万本。その他防具や建材、星の数ほど」
静寂。
王女が固まる。
セレフィナが固まる。
異界少女が椅子の背もたれを掴んだまま固まる。
ただ一人、すべてを把握していた監視者だけが、納得したように深く頷いた。
「貯めすぎだ」
「その通りだと思う」
俺が何年もの間、「いつか使うかも」「邪魔だからしまっておこう」と放り込んできた結果、一国どころか、世界規模の戦争を数十年単位で維持できる超巨万の備蓄が出来上がっていたのだ。
その膨大な数字を見た瞬間、俺の頭の中に一つの案が閃いた。
思わず口元がニヤリと歪む。
「そうか。これだけあるなら……」
鋭いセレフィナが、俺の笑みに真っ先に気づいて息を呑んだ。
「まさか、レクト殿……!」
「ああ。戦うための頭数が足りないなら、今から増やせばいいだけだ」
「どうやってですか!?」
驚愕する異界少女を余所に、俺は管理者権限を最大出力で起動した。
収納世界の全域、空に浮かぶすべてのシステム文字の輝きが増す。
『――再び、収納世界の全住民へ告ぐ』
空がまばゆく光り、世界中の人々が再び何事かと上空を見上げる。
『これより、世界喰らいを討伐するための「臨時の防衛要員」を大募集する。希望者は名乗りを上げてくれ』
不安そうなざわめきが広がりかける。
だが、俺はすかさず、運び屋(管理者)としての最大最強の条件を提示した。
『――なお、参加者には、最高の食料・武器・防具・薬品のすべてを【完全無料・全額支給】する』
世界が、一瞬だけ止まった。
そして次の瞬間、収納世界全土が文字通り大爆発した。
『行く!! 絶対行く!!』
『俺も戦うぞ! 武器がタダだって!?』
『毎日美味い飯付き!? 創造主様、俺を一番に雇ってください!!』
『実質タダで世界を救えるじゃねえか! 参加します!!』
不安や恐怖など一瞬で消し飛んでいた。
反応の方向性が完全におかしい。
戦況マップの志願者グラフが垂直に跳ね上がるのを見て、王女が呆然と呟く。
「これは……国を守るための徴兵ではなく、ただの破格の『求人』ですね……」
「補給が完璧なら、戦争はただの高収入の仕事だからな」
異界少女が、狂ったように更新され続ける端末の数字を見て悲鳴を上げる。
「じ、志願者数のカウントが止まりません! 十万人! 五十万人! ――あっという間に百万人を突破しました! 今も増え続けています!」
異常なまでの速度だった。
監視者が静かに呟く。
「勝敗を分けるのは戦意だ。そして、飯と武器の補給が絶対的に保証された軍勢は、神の軍勢よりも強い」
まさにその通りだった。
その頃、次元の裂け目の奥では、世界喰らいが生まれて初めて「沈黙」していた。
この絶対的な捕食者には、今目の前で起きている事象が全く理解できないらしい。
普通の世界なら、戦争が長引けば長引くほど物資は枯渇し、人々は飢え、絶望するはずなのだ。
だが、この収納世界は根本からルールが違った。
なぜなら、世界を支える管理者自身が、世界最高の『補給のプロ』だからだ。
その時、二代目砦喰らいの巨大な右ストレートが、黒いレプリカの顔面にクリーンヒットした。
――ドゴォォォォォォォン!!!
超質量の一撃で黒い砦喰らいを遙か彼方まで殴り飛ばし、二代目の巨獣は誇らしげに胸の倉庫を鳴らした。
『――我が師レクトの教えの通り、物流の勝利だ』
怪獣が何に勝ったのかはコレジャナイ感が凄かったが、とにかく勝ったなら何でもいい。
世界喰らいによる侵食という絶望の淵で、収納世界の流れは、確実に、そして圧倒的な物量によってひっくり返り始めていた。




