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パーティをクビになった荷運び、実はアイテムボックス容量が無限だった ~王国軍の補給を一人で支えています~  作者: 水原伊織


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第四十八話 黒い砦喰らい

黒い砦喰らい。


それが現れた瞬間、収納世界全域に張り巡らされた防衛システムが一斉に狂ったような、最大級の警報を鳴り響かせた。


【最上位侵食体確認】

【危険度:測定不能】

【推奨対応:存在しません】


最後の一文が完全におかしい。諦めるなと言いたい。

異界少女はついに端末の前に崩れ落ち、頭を抱えて叫んだ。


「推奨対応が存在しないって……つまり、システム的に対処法が全くないってことです!」


「だろうな、あれを見たらな……」

俺は乾いた笑いを漏らすしかなかった。


メインモニターに映し出された黒い砦喰らいの姿は、文字通り異常だった。

巨大。とにかく巨大。その圧倒的な質量の前では、強固な防壁に守られた都市すら小石のように見え、そびえ立つ山脈がただの緩やかな丘に見える。かつて俺が戦い、死に物狂いで収納したあの砦喰らいですら、この化け物と比較すれば子供のようなサイズだった。


王女が信じられないものを見る目で、画面に釘付けになりながら呟く。

「……レクト、本当にあれも砦喰らいなのですか? 以前のものとは、あまりにも規模が違いすぎます……」


その問いに、一段高い席から冷徹に見下ろしていた監視者が、静かに首を振った。


「違う」


その一言で、部屋の空気が一変する。


「あれはオリジナルではない。世界喰らいが、レクトの記憶から砦喰らいのデータを抽出し、模倣して生み出した侵食体だ」


相手の記憶を読み取って、最強のトラウマをさらに巨大化させてぶつけてくる。とんでもなく嫌な能力だった。


その時、黒い砦喰らいが重い地鳴りを立てて動き出した。


ズズズズズ……!!


ただの一歩で大地が大きく割れ、津波が逆巻き、海原が激しく揺れる。収納世界そのものが、その超質量に耐えかねて悲鳴を上げているようだった。

そして、化け物がその巨大なあぎょを開き、咆哮を放つ。


グォォォォォォォォッ!!!


大気を引き裂くような咆哮の衝撃波だけで、何百キロも離れた都市のすべての窓ガラスが粉々に砕け散った。

前線の兵士たちが完全に青ざめ、武器を握る手を震わせる。

「無理だろ、あんなもの……どうやって戦えって言うんだ……」


正直、俺も心からそう思う。

だが、その時だった。


咆哮を終えた黒い砦喰らいが、ぎらりとその赤い目を動かし、画面越しにまっすぐこちら――新しく管理者となった俺の存在を捉えた。

そして、次の瞬間。


ピタリ、と動きを止めた。


「え……?」

異界少女が拍子抜けしたように首を傾げる。


大進撃を開始すると思われた黒い砦喰らいは、微動だにしない。いや、動かないどころか……よく見ると、じりじりと、露骨に数歩後ろへ下がっていた。


その奇妙な挙動を見て、監視者が低く呟いた。

「なるほど。模倣された存在とはいえ、ベースとなった砦喰らいの『記録』が本能レベルで残っているな」


なるほど、そういうことか。

かつて俺にボコボコにされて「収納」された恐怖、あの得体の知れない暗黒空間に閉じ込められたトラウマが、世界喰らいの模倣データにもバグのように引き継がれているのだ。


モニターに映る超巨大な化け物は、今や完全に俺を警戒し、露骨に嫌そうな、眉をひそめたような顔をしていた。

緊迫していたはずの前線の兵士たちが、思わず吹き出す。


「おい、嘘だろ……あの災害級の化け物、怖がってないか!?」

「引き引いてるぞ! 俺たちの創造主を怖がってる!」


緊迫していた空気が一気に弛緩し、王女まで口元を押さえてぷるぷると笑いを堪え始めている。


だが、俺たちが一瞬だけ安心した、その直後だった。

次元の奥でそれを見ていた世界喰らいが、不愉快そうに、だが邪悪に笑った。


『ならば――これならどうだ』


黒い砦喰らいの背後、さらに広がる闇の中から、次々と巨大な影が出現し始めた。

それを見た異界少女が再び悲鳴を上げる。

「まだいるの!? 嘘でしょ、エネルギー反応が多すぎます!」


闇から這い出てきたのは、どれもが星を揺るがす規模の異形たちだった。

黒い雪巨人、黒い飛竜、黒い海竜……そして、最後に出てきたのは、手足が生えてのっしのっしと歩く「黒い山」だった。


最後の一体が明らかにおかしい。前線の兵士たちも、恐怖を通り越して全力でツッコミを入れていた。

「山が歩いてるぞ!?」

「なんで山が敵なんだよ! おかしいだろ!」


どうやら世界喰らいの奴、俺がこれまでの運び屋人生で「邪魔だから」「危険だから」と収納世界へ放り込んできたお邪魔地形や魔物のデータを、片っ端からコピーして軍勢にしているらしい。嫌がらせの天才か。


監視者が、再び俺に視線を向けた。

「どうする、管理者レクト。敵はお前の過去そのものだ」


俺は腕を組み、流れ込んでくる収納世界の情報を整理しながら、少しだけ考えた。

敵が俺の収納したものを模倣している。だったら、話は簡単だ。


「……相手が俺の過去を使うなら、こちらも今ある全てを使えばいいだけだ」


頭の中に響く、無数の倉庫、連なる山脈、広大な雪原、深い湖、息づく魔物たち、そして懸命に生きる住民たちの声。

俺は一歩前へ出ると、深く息を吸い込んだ。


「総動員だ」


その瞬間、管理者権限が完全に発動する。

俺の意思が収納世界のシステムと直結し、次元を超えて、世界の隅々にまで俺の声が響き渡った。


『全住民へ告ぐ』


その声が響いた瞬間、あれほど喧騒に包まれていた世界中が、水を打ったように静まり返った。

大都市の広場、世界の果ての辺境、過酷な砂漠の集落、波間に浮かぶ海上都市。すべての人々、すべての兵士が、戦いを止めて驚愕と共に空を見上げた。


『これより、世界喰らいとの全面戦争を開始する』


一瞬の静寂の後、世界中に小さなどよめきと不安が広がりかける。だが、俺が告げた次の言葉が、その空気を一瞬で吹き飛ばした。


『――安心しろ。補給は全部、俺が用意してやる』


完全な静寂。

そして次の瞬間、収納世界全土から、大地を揺るがすほどの凄まじい大歓声が沸き起こった。


『創造主様だ!!』

『創造主様が直々に補給をくれるってぞ!!』

『勝った! もう勝ったな! 風呂の準備してくるわ!』


早い。話が進むのが早すぎる。まだ一戦も交えていないぞ。

だが、収納世界の住民たちは、これまでの歴史の中で嫌というほど知っていたのだ。

この新しい管理者が、かつてしがない補給兵だった男が、どれだけ理不尽で、どれだけ過剰なまでの物資を自分たちに届け続けてくれたかを。彼らにとって「レクトの補給」とは、絶対的な勝利の約束と同義だった。


世界中から沸き上がる爆発的な闘志と歓声を肌で感じ、次元の奥に潜む世界喰らいが、初めて不快そうに眉をひそめた。


どうやら、この絶対的な捕食者にとっても、完全に予想と違う展開が始まろうとしていた。

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