第四十五話 新たな管理者
光だった。
どこまでも、果てしなく、視界のすべてを純白の光が埋め尽くしていく。
収納世界そのものが、まるで一つの巨大な命のように激しく輝いていた。
俺はその中心――光の奔流の真ん中に立っていた。
ふと前を見ると、そこに巨人レクトの姿があった。
いや、もう「巨人」ではない。
光の靄の向こうに佇む彼は、俺とまったく同じ背格好、同じ容姿をしていた。
自分自身の写し鏡と対峙しているような、奇妙な感覚。
彼が静かに口を開く。
『行くぞ』
「ああ」
俺は短く頷いた。
すると、もう一人の俺――レクトは、どこか憑き物が落ちたようにふっと笑った。
『長かったな』
「何がだ?」
『後始末』
そう言った彼の顔は、なんだか底知れず疲れ切っているように見えた。
だが、よくよく考えてみれば当然のことかもしれない。
俺がこれまでの運び屋人生で、この「倉庫」に深く考えもせず放り込んできた有象無象の数々。
狂暴な魔物、溢れ出た災害のエネルギー、山積みの物資。果ては地形ごと引っこ抜いた山や湖まで。
彼はそのすべてを、俺の裏側でたった一人、黙々と整理し、世界の形へと整え続けてくれていたのだから。
『正直、途中で何度も投げ出したかった』
「……ごめん」
『本当にな』
どうやら、俺は自分が思っていた以上に彼へ甚大な迷惑をかけていたらしい。申し訳なさで、少しだけ背筋が寒くなった。
その時、レクトが静かに右手を差し出してきた。
『あとは頼む』
「任せろ」
覚悟を決めてそう答えた、その瞬間だった。
さらに強烈な光が溢れ出し、世界が大きく震える。
それと同時に、レクトの身体が足元から光の粒子となって、さらさらと崩れ始めた。融合が、最終段階に入ったのだ。
『住民はいい奴らだ。たまに面倒だが……悪くない』
彼は消えゆく身体を顧みず、少しだけ寂しそうに、だけど愛おしそうに笑う。
『王都のパン屋はおすすめだ』
「なんだよ、その情報」
『美味い』
彼にとっては、この世界を守るためのかなり重要な引き継ぎ事項だったらしい。
その時、どこか遠くから無数の地鳴りのような声が響いてきた。
それは、収納世界に生きる住民たちの声だった。空を見上げる無数の人々が、涙を流しながら叫んでいる。
『管理者様!』
『ありがとうございます!』
『また……また、いつか来てください!!』
届くはずのない彼らの感謝の声を聞き、レクトは少し照れくさそうに頭を掻いた。
そして、俺の目を真っ直ぐに見つめ、
『じゃあな』
最後にそう一言だけ残して、彼は完全に眩い光の粒子となって消滅した。
同時に――凄まじい衝撃とともに、俺の中へ「何か」が爆発的に流れ込んできた。
それは、世界のすべてを網羅する膨大な情報。
無数の街の位置。連なる山脈の起伏。流れるすべての河川。栄える国家の仕組み。生きる住民たちの息遣い。蠢く魔物の動向。
全部が、一気に、容赦なく脳内に直接叩き込まれる。
「ぐっ……!!」
あまりの情報量に、頭蓋骨が内側から割れそうな激痛が走る。
だが、不思議と意識が途切れることはなかった。耐えられたのだ。
流れ込む情報が、瞬時に整理され、自分の知識として定着していく。理解できる。見える。感じる。
今なら、はっきりと分かる。この収納世界のすべてが。
その瞬間、俺は完全に気づいた。
世界のどこで誰が笑って暮らしているか。どこで魔物が暴れているか。どこの倉庫の何段目に、何の物資が眠っているか。
そのすべてを、まるで自分自身の右手を動かすように、手取るように把握できる。
「成功したか」
ノイズ混じりの監視者の声が、世界の特等席から響く。
同時に、収納世界全体が大きく震動した。はるか天空、裂けた空間の向こう側に、世界を焼き付けるような巨大なシステム文字が浮かび上がる。
【管理者権限移譲完了】
【新管理者認証:レクト】
【権限:全域】
「け、権限値が異常です! 測定不能、出力が跳ね上がっていきます!」
オペレーター席の異界少女が悲鳴のような声を上げる。
王女もその光景にただただ驚き、セレフィナも驚愕のあまり言葉を失っていた。
だが、覚醒の余韻に浸る時間は与えられなかった。
直後、鼓膜を突き破らんばかりのけたたましい警告音が響き渡る。
【警告】
【世界喰らい接近】
【侵食率上昇】
その場にいた全員の顔色が、一瞬で土気色に変わった。
モニターに映し出される、世界を侵食する禍々しい黒い穴。
その混沌の奥底で、巨大な、あまりにも巨大な「目」がぎらりと光り、こちらを凝視していた。
そして。
これまでただ咆哮を上げるだけだった世界喰らいが、初めてその悍ましい口を開いたのだ。
『見つけた』
収納世界の次元そのものを震わせる、重苦しい地鳴りのような精神波。
『新しい管理者』
どうやら、向こうもはっきりと俺を認識したらしい。
逃げ場のない、この世界の存亡をかけた決戦の刻が、すぐそこまで迫っていた。




