7-6:ドラゴン
翌日の早朝、私たちの借りている家の玄関が大きくノックされ、ハドックが扉を開けた。
「ハドック!レイアは!?」
大きな声で叫んだのはリータ。かなり慌てている様子にただならぬ何かを感じ取ったハドックは、一階の寝室までやってきた。
「ん…、どうしたのぉ…?」
私が眠そうに部屋を出ていくと、開け放たれた玄関にはリータが立っていた。リータは私の姿を確認すると、再び大声で叫ぶ。
「レイア!今すぐ来て!」
「どうしたんですかぁ…?」
「青いトロールが出た!」
「青いトロール…。…。…え?」
私はみんなを起こし、急いで準備を整える。朝食や髪を整えている時間はなく、髪は乱れたまま。リータは私たちが準備をしている間に東門へ向かい、私たちはそれを追いかける。ピーちゃんとノココはまだ夢見心地だが、他のみんなは朝に強いだけあって元気。
「ママ、お腹空いたー」
「ご飯食べてる時間はないよ!」
「リオンよ、トロールを倒せばごちそうが待っているぞ」
「ごちそう!?」
「ごちそう」に反応したのは特等席で眠っていたはずのピーちゃん。一気に目が覚めたのか空腹ながらにやる気を出す。
「ごちそう!」
「レイア、ごちそうにしないと怒られるわよ」
「そうだね…」
東門に到着すると、すでにキュラスやリータ、守備隊長のカペルに守備隊。他にもアクアハーバーにいた数少ない冒険者や、水産ギルド所属の魔法使いの姿が確認できた。青トロールは一体だがかなりの巨体。高さのある城壁から頭一つ飛び出るほどの大きさを有し、すでに戦闘が始まっていた。緊急事態ということかつ私たちを知っているため、東門を素通りして戦場に赴く。
「スカーレットコール・フル!」
私は走りながらみんなに支援魔法をかけると、ピーちゃん、ハドック、リオン、アカマサは速度を上げて青トロールのところに向かう。
「気をつけてね!」
「うん!」
「お任せください!」
「お腹空いたー」
「まずは拙者たちに引き付けますぞ!」
戦場ではリータとカペルが先頭で近接攻撃を仕掛け、キュラスや水産ギルド所属の魔法使いが後方から様々な属性の魔法を飛ばしている。残った私たちはゆっくりと走る速度を落とし、東門から少し離れたあたりで立ち止まった。そして、パーラとケリュスは東門を塞ぐように大きな防御膜を展開し、私たちとアクアハーバーへの入り口を守る。
「タマモはここにいてね」
「はい!」
飛び出していった四人のうち、ピーちゃんが炎を纏って青トロールに突進すると、リータやカペルが私たちの方を向いた。二人は私たちが来たことを理解したのか、戦っていた冒険者や守備隊を少しずつ下げ始める。
「下がって!」
「ゆっくり後退しろ!」
青トロールは、攻撃してきたピーちゃんを新たな標的に捉えると、大きな棍棒を振り回し始める。しかし、ピーちゃんに棍棒が当たる様子はない。
「ピーちゃん殿!まずはトロールをここから遠ざけます!」
「わかった!」
「リオン殿は拙者と一緒に!」
「わかったー!」
リオンとアカマサはリータとカペルの元へ行き、撤退の護衛。ピーちゃんとハドックはトロールの正面に立ち、標的になりながら都市とお城から少しでも青トロールを引き離す。四人の作戦はうまく機能し、リータと冒険者は私たちの防御膜の中まで。カペルと守備隊はお城の門まで後退。
「リータさん!大丈夫ですか!?」
「ケガはしてない」
「あのトロールは…」
「遅いけど重い。あと硬い」
リータは自らの剣を私たちに見せる。黒に染まったリータの双剣は激しい刃こぼれを起こし、使い物にならなくなっていた。
──こんなに硬いなんて…。
「魔法の通りも悪い」
冒険者たちの安否確認を終えたキュラスが私たちに話しかけてきた。
「魔法もですか?」
「物理も魔法も通りづらいが、レイアたちならやれると思ってる」
冒険者や守備隊の後退が完了すると、リオンとアカマサも戦闘に加わる。空を飛ぶピーちゃんの元にリオンが合流し、ピーちゃんは炎の玉を、リオンは風の玉をぶつけていく。二人の攻撃は青トロールに効いていないわけではないものの、傷跡は小さい。
ハドックとアカマサは一度攻撃をして以来、青トロールに刃を向けることはない。二人はたった一度の攻撃でその硬さを理解し、攻撃ではなく回避に専念。地上ではハドックとアカマサが回避、空からはピーちゃんとリオンが遠距離攻撃を繰り返す。すると、青トロールは自らの攻撃が当たらないことに怒り、地面に何度か大きな棍棒を叩きつけた。大きな地響きが波のように伝わり、その場にいた人たちは体勢を崩す。
「まずいな…」
キュラスがそう呟いた時、青トロールはハドックとアカマサから離れ、城壁に向かって棍棒を振りかざした。城壁は重い一撃に耐えることができず、大きく崩壊。青トロールは、崩れた城壁の向こう側に守備隊を見つけると、そちらを攻撃対象に定めた。
──まずい!
私がそう思った時、ピーちゃんとリオンが特大の風の玉を空から青トロールに向けて放つ。青トロールの両肩に風の玉が当たると、今までで一番大きな傷をつけた。二人の攻撃によって傷を負った青トロールは、標的を空にいる二人に定め直したが、二人に攻撃は届かない。
空にいる二人に何度も棍棒を空振っていると、青トロールの背中を雷の刃と炎の刃が襲う。それはハドックとアカマサが放った攻撃。一歩間違えればお城に当たっていたであろう攻撃に、リータとキュラスは肝を冷やす。
「…」
「はぁ…」
お城を心配する二人とは違い、私はアカマサの炎について考えていた。
──あれって炎?炎はピーちゃんだけだと思ってたけど、アカマサも?守護者だからかなぁ?
ハドックとアカマサは大きく魔力を込めたのか、青トロールの背中には大きな傷が二つ。青トロールは攻撃の届かないピーちゃんとリオンより、攻撃の届くハドックとアカマサに攻撃を始めた。
「コン!」
「気をつけてね!」
早めに決着をつけるため、小さな姿のタマモは防御膜から飛び出し、冷気をまといながら青トロールに向かっていった。青トロールの注意はハドックとアカマサに向いたままで、タマモに気づく様子はない。そのまま青トロールの足元に入ると、まとっていた冷気を一気に開放し、青トロールの周囲と足元を凍りつかせた。
「今です!」
タマモが四人にそう叫ぶと、風をまとって青トロールの足元から瞬時に離脱。そのまま私たちの方へ駆けてくると途中で向きを変え、青トロールの方を向く。そして尻尾を立て、その先端に光を集め始めた。
青トロールはタマモの冷気によって地面と足が固定され、満足に動くことができない。その間にみんなはそれぞれに属性を溜める。ピーちゃんは炎の玉を作り、ハドックは斧に雷をまとわせる。リオンはピーちゃんに負けじと風の玉を作り、アカマサは細い剣に炎を集めた。光を集め終えたタマモが光線を放ったのを合図に、四人は一斉に攻撃を放った。
翌日、私たちはお城に呼び出されていた。無事に青トロールを倒した私たちだったが、タマモの光線が城壁を破壊してしまった。青トロールは沈黙すると炎のように消え、何も残さなかった。倒した後は歓声が巻き起こったが、リータとキュラスの顔色は良くない。守備隊長のカペルも苦悶の笑顔をしていた。そして現在、私たちはキュラスと一緒にアクアハーバーの東門を出て、お城に向かっている。
「…」
「レイア、落ち込むな。私ができるだけ援護する」
「はい…」
「レイアたちはトロールを倒した英雄だ。あのままならここは更地だ」
私たちはいつもの部屋に通された。ふかふかの赤い絨毯の先にある大きなイスに座るのは王様と王妃様。その部屋の左右の壁際には守備隊が数人ずつと、守備隊長のカペルが笑顔で立っている。燕尾服を着た男性の案内が終わり、私たちが王様たちの前まで来ると、王様が口を開いた。
「レイアさん、お久しぶりです」
「お、お久しぶりです…」
「トロール討伐、お見事でした」
「は、はい…」
「元気がありませんね。どこか具合でも?」
私を心配する王妃様に城壁について話そうとした時、キュラスが私より先に口を開いた。
「王様、王妃様。レイアはトロールを倒すために城壁を破壊してしまったのです。ですからここへの敵意は…」
王様は手を前に出してキュラスの言葉を遮り、笑顔で話し始めた。
「直接見たわけではありませんが、壁を破壊したのはトロールだと聞いています」
「ここへレイアさんをお呼びしたのは、城やアクアハーバーの危機を救っていただいた英雄に報酬を渡すためです。英雄を罰することなどあり得ません」
その後、私は青トロール討伐の報酬として今までに見たことのない報酬を受け取り、お城を後にした。お城からアクアハーバーの東門まではカペルが同行。
「あの…、私たちが壊しちゃったんですけど…」
「ここだけの話ですが、王様は破壊する瞬間を目撃していたそうです」
「え!?」
「ですがそれ以上に、あの大きなトロールを倒したレイア様に驚いたそうです。冒険者に明るくない王様にとって、小さな冒険者が大きなモンスターを倒した衝撃は計り知れないでしょう」
カペルとは東門で別れ、私たちはギルドへ。
「レイア、これで王族の覚えもめでたくなったな」
「それはいいことなんですか?」
「やりたくない依頼は断れ。そもそもあの大きなトロールを倒したほどだ。レイアたちを囲い込むならまだしも、敵に回すことはないな」
私たちはギルドの前でキュラスと別れ、水産ギルドに向かう。その道中、私たちに対する労いの声が止まらない。オクトパスリーダーを倒した時とは比較にならないほどの声が飛び交っていたが、昨日よりは落ち着いていた。そしていつもの倉庫に到着すると、ブルが私たちを出迎える。
「お!英雄じゃねえか!」
「あの…」
「英雄に作ってもらった氷はもったいなくて使えねえな!」
ブルはふざけた笑顔でそう言った。私たちは氷作りを終え、ギルドに向かう。そして受付のアネモネに書類を渡し、次の依頼を受けた。ギルドからの報酬はまだ支払われていない。それは私だけではなくリータや他の冒険者も同じ。昼食は私以上に忙しなく働くリータと一緒に取る。
「模擬戦したい…」
「そ、そうですね…」
昼食後、リータは私の借りている家から再びギルドに向かった。私たちは片付けをした後にギルドへ。その日の依頼が全て片付いた時には日が傾いていた。翌朝、私たちがギルドに到着すると、いつも通りアネモネに依頼を押し付けられる。ギルドを後にして依頼場所に向かっていると、リータが後を追いかけてきた。
「レイア!」
「リータさん、どうしたんですか?」
「ギルドに戻って!」
私は何かあったと思い、みんなでギルドに戻る。そのままギルドマスターの部屋に直行すると、キュラスが頭を抱えていた。
「リータ、すまない」
「なにかあったんですか?」
「魔法国のロマリスから手紙が来た」
キュラスはロマリスからの手紙の内容をかいつまんで伝える。魔法学園で青い炎による火災が起きているとのこと。その火災はここで起きたものとは比較にならない大きさ。学園と都市はわずかに距離があるものの、ここと同じく学園に近い部分の都市に影響が出るのは時間の問題だという。
「私がレイアを呼んだように、ロマリスから各ギルドに応援要請が出ている。だが、ここからだとどんなに急いでも二週間はかかる」
「あそこにはノエルさんとステラさんがいるはずです」
「あの方たちはすでに動き回っているそうだが、人手は多い方がいい」
「私が行く」
リータは静かにそう言ったが、キュラスは許可を出さなかった。
「ダメだ。ただでさえメイカルトからリータを借りてる状態なんだ。それに今ここを離れられてはこっちが困る」
「私が行きます!」
私たちは急いで家に戻り、家の中を確かめ、借家を管理している男性の元に鍵を返却する。
「まだ期間は残っておりますが、よろしいのですか?」
「大丈夫です!ありがとうございました!」
私は挨拶もそこそこに北門へ。北門にはリータとキュラスが待っていた。キュラスはいつも通り大きな紙袋を二つ持ち、私に渡す。
「こんなことしかできなくてすまない」
「いつもありがとうございます」
パーラがパンの詰まった袋を収納し、私たちは北門を出る。リータとキュラスも北門の外までついてくると、ノココが私の腕の中から逃げ出した。
「ノココ、遊んでる時間は…」
私がそう言いかけた時、ツチノコの姿のノココの体が光り始めた。私は人の姿になると思っていたが、そうではなかった。光はだんだんと大きくなり、アクアハーバーを囲う防壁を超えるほどの大きさになる。そして光が収まった時、先日のトロールよりも大きなヘビのようなモンスターがいた。
キラキラと光る黄金色の鱗を持ち、短い手足のようなものには鋭い爪が備わっている。長く細い二本のヒゲに、頭から尻尾の先まで続く水浅葱色のたてがみは、ノココの髪の色によく似ている。そして、ヘビにしては大きすぎる口と牙がついていた。
「なにこれ…」
「こんなモンスター知らないぞ…」
驚くリータとキュラスとは裏腹に、私はこの姿に見覚えがあった。それは小さい頃から見ていた。それは空を飛んでいた。ピーちゃんと一緒に眺め、飛んでいった先を追いかけるとみんなに出会った。色や姿を正確に見たことはなかったが、目の前の大きなノココがそうだと信じて疑わなかった。
「ピー!」
「え?乗るの?」
「乗る…?」
「このヘビは飛ぶのか!?」
「ヘビじゃなくてドラゴンみたいです」
「見たことない…」
「これがドラゴンだと…」
ノココは自らの目の前に防御膜のようなもので球体を作ると、中へ入るように私たちを促す。私たち全員が中に入ると、ノココは短い手で球体ごと私たちを持ち上げた。ノココが球体を持ち上げても中の私たちは揺れもせず、安定している。
「すごい…」
「なんだこれは…」
膜の外にいるリータとキュラスは驚く。
「リータさん!ギルドマスター!魔法国は私たちがなんとかしてきます!あとはお願いします!」
「わかった!」
「気をつけろ!」
「ノココ、お願い」
私がそう言うとノココは上昇し、魔法国のある方向へ進んでいった。
「消えた!?」
「そんな魔法があるのか!?」
私たちが上昇した直後に私たちを持ち上げたノココごと消えたので、リータとキュラスはさらに驚く。そして私たちが去った後、キュラスは頭を抱えることになる。
「レイアはすごい冒険者…」
「そ、そうだな…、さて戻ると…」
「今の大きなヘビについてよろしいでしょうか?」
二人に話しかけてきたのはカペル。突然現れた大きなモンスターに、またモンスターが現れたのかと守備隊を引き連れて北門まで来ていた。




