7-3:青いモンスター
野宿をしていた場所を出発してからすぐ、みんなは一斉に後ろを向いた。
「どうしたの?」
私が後ろを振り向くと、遠くの方にステラを背負ったノエルが見えた。ピーちゃん顔負けの速さでこちらに駆け寄ってきている。
「はぁ…、はぁ…」
「ノエルでもさすがに疲れましたか?」
「そんなことは…、ない…」
「あの…」
「レイア…、話が…」
私が布を平原に敷くと、ノエルは倒れ込むように仰向けになった。そんなノエルを見たピーちゃんは翼に炎を纏わせ、ノエルの足を撫でていく。
「ピーちゃん、ありがとう」
「ピー!」
ノエルが回復したところで二人は話を始めた。
「学園長が…」
「薬でどうこうなる火傷には見えませんでした。ですので、ピーちゃんの力をお借りしたいのです」
「それはいいんですけど…」
「レイアたちにも依頼があるからな」
「そうですね…」
「ねえ、空きビンある?」
ノココは急にそんなことを言い出した。そしてピーちゃんと何やら話をし、ピーちゃんは自らの羽を一枚取ってノココに渡す。
「なにするの?」
「ちょっとね」
「こちらでよろしいでしょうか?」
ステラはマジックバッグから、ポーションが入っていたであろう空きビンをいくつか取り出す。ノココはその中から一番大きなビンを選び、蓋を取ってピーちゃんの羽根をビンに入れる。
──なにするんだろうなぁ。
ノココはお風呂に水を張る時と同じように、ピーちゃんの羽根を入れたビンの底から湧き水のように水で満たしていく。するとピーちゃんの羽根が溶け、水が緋色に染まった。その光景に誰もが驚いていた。
「はい、これ」
「こちらは…?」
「ポーションだよ」
ステラは恐る恐る受け取り、マジックバッグに収納する。
「落とさないでよ」
「も、もちろんです。こちらは飲ませれば?」
「飲ませてもいいし、ケガをした場所に振りかけてもいいよ。ただ、ピーちゃんの炎みたいにすぐ治るものじゃないから完治するのに数日かかるよ」
「それでも助かる」
「ノココさん、感謝します」
「あの…」
私はどうしても気になることがあった。
「レイア、どうした?」
「ポーションって水を出すみたいに出せるんですか?」
私の質問には誰も答えることができなかった。
──生活魔法だけど水は出せる。ケリュスも、タマモも覚醒してからは出せるようになった。ノココは水を出すっていうより、湧き水みたいに水を貯めるし、なんかおかしい…。
「それは…」
ノココが何かを言いかけた時、みんなが一つの方向を向く。ハドックとアカマサは私の前に立ち、ケリュスとリオンが左右を固める。現れたのは青いゴブリン。青いと言えど、ゴブリンはゴブリン。私たちの敵ではなく、ハドックがすかさず一刀両断にすると、燃えるようにして消えた。
「まさか…」
「あり得ません…」
「どうしたんですか?」
ノエルとステラの顔色は良くない。索敵魔法を使ったが、近くに気配はない。索敵を終えた私が安心していると、ノエルとステラは大切な話を始めた。
「レイア、さっきのゴブリンなんだが…」
「青いモンスターですよね?」
「そうですが、そうではありません」
「ゴブリンを見たことはあるだろ?」
「あります」
「どこで見ましたか?」
「ダンジョンです」
「そうだ。ゴブリンやオーク、トロールといったモンスターはダンジョンにしか出ない」
「え?じゃあさっきのゴブリンは…」
「近くにダンジョンがあるならそこから漏れた個体の可能性もありますが、この辺りにダンジョンは見当たりません」
「つまり、本来ダンジョンに出現するはずのモンスターが出現したことになる」
ノエルとステラは話を続ける。ダンジョンに出現するモンスターと平原や森、山に存在するモンスターは明確に区別されている。ダンジョンモンスターが平原に現れた場合、真っ先に疑うべきは、近くのダンジョンからダンジョンモンスターが溢れ出ている可能性。ダンジョンモンスターは色とその種族の組み合わせで強さが分けられているものの、青いダンジョンモンスターの場合は強さが不明だという。
「今までの青いモンスターはこのあたりに生息するモンスターが青くなっただけだったが、青いダンジョンモンスターとなると、黒が青に染まっている可能性も否定できん」
「でもハドックが簡単に倒しましたよ?」
「それは緑のゴブリンが青に染まっていただけだったのかもしれません」
「ステラ、帰るぞ」
「そうですね」
ステラはノエルに支援魔法をかけると、来た時と同じようにノエルはステラを背負う。
「レイア、この先も気をつけろ」
「は、はい」
ノエルは来た時と同じかそれ以上の速さで私たちから遠ざかっていった。
「私たちも行こっか」
「おー!」
「おー!」
魔導都市アルカディアを出発してから約二週間。私たちは満腹都市マーゲンまで来たがこのまま通り過ぎる予定。しかしマーゲンが近付くにつれて、みんながそわそわし始めたのが私にはわかる。
「マーゲンには行かないよ?」
「うん…」
「はい…」
「残念ね…」
「つまらぬ…」
「行きたかったなー」
みんなの残念そうな声に、ノココが口を開いた。
「行きたい」
「でも時間が…」
「わたしは行ったことないよ」
「うーん…、しょうがないなぁ…。一日だけだよ?」
私の言葉にみんなは笑顔を取り戻した。私たちはマーゲンに入り、ギルドに向かう。ギルドまでの道中、私の腕の中のノココはあちこちに顔を向け、時々私の顔を見る。
「こんな場所だったんだ…」
「すごいでしょ?」
ギルドに到着すると、もはや当然のようにギルドマスターの部屋に通される。マーゲンのギルドマスターであるテイルは疲れた顔で座っていた。
「レイアさん…、こんにちは…」
「あの…、大丈夫ですか?」
「全然大丈夫じゃないよ…。仕事もしないといけないし、なにかあれば飛んでいくし…。最近は色々ありすぎ…」
「大変なんですね」
「レイアさん、うちのエースにならない…?」
「な、なりません!」
「はぁ…」
私はテイルに青いゴブリンについての話をすると、テイルはすでにその話を知っているようだった。
「すべてのギルドに通達があったよ。それにこっちでも同じことがあったからね」
「ゴブリンですか?」
「いや、青いコッケだよ。ゴブリンと同じかそれ以下ぐらいの強さだったから問題なかったけどね」
ギルドを後にし、買い物と昼食に向かう。食べ物をたくさん販売している区画に来ると、みんなは何度も首を左右に振る。
「ねえ、人になっちゃダメなの?」
「ダメだよ!大騒ぎになっちゃう!」
「仕方ないか…」
私たちはたくさんの買い物をして宿屋に向かう。宿屋に話を通していないが、昼食は宿屋の部屋で取る予定。
──部屋の中ならタマモもノココも人の姿になれるもんね。
宿屋に到着し、いつものようにハドックが扉を開け、私たちは中に入る。
「いらっしゃ…、え!?」
「こんにちは。どうかしましたか?」
「あ、なんでもないわ。泊まりにきたんでしょ?」
「今回は一泊だけなんですけど」
「いいわよ」
私たちはいつもの部屋に案内され、宿屋の女性がクッションを持ってくるのを待つ。そしてみんながクッションを選んでいる最中、女性は私に尋ねた。
「その子の名前は?」
「ノココです」
「ノココ、ね。そういえばお昼は?」
「部屋で食べてもいいですか?」
「いいわよ。あとでジュース持ってくるわね」
「ありがとうございます!」
宿屋の女性がジュースを持ってきた後、タマモとノココは人の姿に変わり、昼食を開始。みんなはそれぞれ好きなものを食べる中、ノココはどれを食べるか目移りしている。
「ノココ、なくなっちゃうよ?」
「わ、わかってるよ!」
ノココは自分のお皿に食べ物を取り、頬張っていった。
──そういえばノココのお皿買ってあげないと。アカマサのも買うだけ買っておこうかな。
昼食後、私たちはお皿と茶葉を買いに行く。茶葉はまだあったが、宿屋の女性がお店に行ってほしいと言った。
「どこか行くの?」
「買い物です」
「紅茶の葉っぱを売ってるお店があるんだけど」
「店主がおじいさんのところですよね?」
「そこにこれを届けてほしいんだけど、いい?」
「わかりました」
「夕食はどうする?」
「ここで食べます!」
私は宿屋の女性から手紙を預かり、パーラに収納してもらう。そのまま宿屋を後にし、買い物に向かった。まずはノココとアカマサのお皿を買うため、食器を取り扱っているお店に入る。タマモ、ハドック、ケリュス、リオンにはお店の外で待ってもらい、ノココとアカマサにお皿を選んでもらう。
「どれがいい?」
「えっと…」
「姫様、拙者には…」
「ダメだよ。使わないけどハドックのもあるからアカマサにも買わないと」
「では拙者はこちらを」
「わたしはあれがいい」
ノココは髪の色と同じ水浅葱に近いお皿。アカマサは鎧と同じ赤いお皿。私は二枚のお皿を買い、パーラに渡す。次に向かったのはお世話になっている茶葉のお店。宿屋の女性から預かった手紙を渡し、茶葉も購入する予定。私たちがお店に入ると、店主のおじいさんは驚いた顔をした後、笑顔になった。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「その抱えている方のお名前はなんというのですか?」
「ノココです」
「ノココさんですね」
私はおじいさんに手紙を渡し、おじいさんは手紙を開く。その手紙を読むと、おじいさんは笑みを深めた。
「あの、茶葉がほしいんですけど」
「前回と同じ茶葉ですか?」
「おすすめはありますか?」
おじいさんは壁一面に並んだ茶葉の中から一つを選び、私とパーラが試飲。その匂いに反応したのはノココ。どうしても飲みたいというので、不格好になりながらノココに飲ませる。
「これ…」
「どうしたの?」
「この茶葉買ってよ」
「え?」
「味は悪くないわね」
「あの、この茶葉を買います」
「ありがとうございます」
私はお金を支払い、茶葉を購入。おじいさんは茶葉の他に渡したいものがあるということで、お店の奥から少し大きな箱を持ってきた。箱に入っていたのはビンに詰められた蜂蜜と砂糖。はちみつは見たことのある粘りのある液体。しかし、砂糖はサラサラとした粉のようなものではなく、水のような液体。
──こんな砂糖見たことないんだけど…。
「まず蜂蜜ですが、少々クセがあるかもしれません。ですが、ご購入いただいた茶葉によく合います。そして液体の砂糖ですが、これはまだどこにも出していない新作なのでご内密に」
「いいんですか?」
「試作の段階ですので感想をいただけると助かります」
「わかりました」
「それから、こちらは宿屋の方にお渡しください」
パーラは全てを収納し、私たちはお店を後にする。
「またお待ちしています」
「また来ます!」
茶葉を買い終え、私たちは再び買い物に向かう。昼食の時に買ったものや甘い物など、今回の買い物は冒険の道中用。パーラが作れないお菓子類を多く買い込み、私たちは宿屋に戻った。
「おかえり、渡してくれた?」
「はい。それで、これを預かってきました」
「ありがとう、夕食はもう少し待ってね」
私は預かった小さな箱を宿屋の女性に渡した。そして夕食。食堂の扉を開けると、いつも通り美味しそうな匂いが私たちを襲う。夕食後、宿屋の女性がケーキを持ってきた。ケーキは紅茶の茶葉を使ったもので、私が預かった箱に入っていた茶葉を使用したとのこと。ケーキはクリームがなく、小さなパンのような見た目だったが、甘く、茶葉の香りがよく感じられた。
夕食後、私たちはお風呂に入り、床に就く。翌日、朝食後に宿屋の女性が箱を持って私たちのところにやってきた。
「これ、持っていって」
「なんですか?」
「昨日出したケーキなんだけど、焼きすぎちゃったみたい」
女性が箱を開けると、ノココによく似た見た目の縦長のケーキが五つ入っていた。私はケーキの入った箱をパーラに渡し、宿屋を後にする。
「また来てね」
「はい!」
お金を支払い、私たちは宿屋を出発。
「アクアハーバーに行こう!」
「おー!」
「おー!」
──あ、その前にギルドに行っておこうかなぁ。
私たちが去った後、宿屋に一人の男性が訪れた。
「いらっしゃ…、ああ、『おじいさん』か」
「その呼び方はよしてください」
「紅茶、ありがとう」
「礼にはおよびません。それより主は?」
「どっか行っちゃった」
「そうでしたか」
「でも嬉しそうにしてたわよ」
「そうでしょうね。あの方は主の最初の家族ですから」
「でもいつも飛び回ってるのよね」
「それも仕事のうちですから。ところで、魔法国の炎が正式なものに変わったようですが、主はなんと?」
「なにも言ってなかったわ。あの人が干渉するのは最低限だから。あとは巫女たちに頑張ってもらうしかないわよ」




