6-6:条件付きの模擬戦
ノエルとステラは自分たちの過去についての詳細は話さず、すごいビーストテイマーが巫女だったという大雑把な話だけを展開した。しかし二人は笑顔が絶えず、耳に付けたピーちゃんの羽根に触りながら話を続けていた。
カルナたちが買い物から帰り、私たちは油揚げを取りに行った。そして夕食を取り、ミカンが眠り、深夜になった頃。私たちは緋炎の祭壇に向かう。ミカンを一人でミーティアの家に残すのは忍びなかったが、タマを信じていた。
家から出ると鬼福の里同様人通りはなく、小さな明かりが道を照らす。祭壇まで来るとステラが膜を展開し、私たちは中に入る。私とピーちゃんは祭壇のそばに行き、みんなとノエルたちは祭壇から少し離れた場所に立った。そして、ピーちゃんが特等席から祭壇に舞い降り、左右の翼を広げながら私に言う。
「いつでもいいよ!」
「うん!…。スカーレットリンク!」
無事に炎が灯るとノエルたちは喜んだ。中でも喜んでいたのはミーティア。鬼福の里でも炎の灯る瞬間を見ていたが、エルフ国に炎が灯ったことが嬉しいという。
「明日は騒がしくなるんですか?」
「どうかなー。みんな仕事が忙しいからねー。でも祭壇の近くに人は集まるだろうし、交代で見に来ると思うからこのあたりは混むかもね」
私たちは膜の外に出て、ミーティアの家に戻る。ステラとミーティアは膜の近くに残り、私たちがミーティアの家の前に到着したのを確認すると、半球状の膜が消えた。膜が消えた瞬間、私たちを優しい熱が包み込む。ピーちゃんの灯した炎の優しい熱がシルバンの中心にある祭壇から広がり、大通りだけではなく小さな路地まで広がっていく。私は暗闇で煌々と燃え盛るピーちゃんの炎の美しさに、見惚れてしまった。
「レイア、中に入るぞ」
「…」
「レイア」
「は、はい!」
「見惚れるのはわかるがレイアは子供だ、寝ろ」
私を叱るノエルの顔は笑っていた。私たちはミーティアの家に入り、床に就く。私たちが寝るのはすでにミカンが寝ているいつもの部屋。ノエル、ステラ、ミーティア、カルナの四人は二階で眠る。
翌日、朝食後にカルナとミカンは炎の見物をしつつ、シルバンの散策へ。残った私たちはノエルとステラを伴って平原へ。平原ではアカマサとノエルの模擬戦が行われる。
それはカルナとミカンが出掛けた後のこと。私たちが何をするか迷っていると、ノエルがアカマサと模擬戦をしたいと言う。
「レイア!師匠と戦わせてくれ!」
「…はい?」
「ノエル」
「あ、いや、だが…」
「レイアさん、ノエルとアカマサさんとの模擬戦をお願いできますか?」
「アカマサ、どうする?」
「……」
「それは…」
「師匠はなんと!?」
「その…」
ノエルとステラが西門の門番に話をし、シルバンから離れた場所に防御膜を展開。それも五重の防御膜。
──とんでもない模擬戦になるのかなぁ…。
防御膜を展開し終えたステラは私に尋ねる。
「レイアさんのお仲間で防御膜を展開できる方は?」
「パーラとケリュスが」
「わたしもできるよ」
人の姿になったノココがそう言い、ステラの作った膜の上からさらに五重の防御膜を展開する。
「では、残りのみなさんで私たちを包む防御膜をお願いします」
パーラとケリュスがそれぞれに防御膜を展開し、二重の防御膜で私たちは守られる。ノエルとアカマサは二重の防御壁から出て、私たちから距離を取った。そして大きな防御膜の中心部分に到着すると、二人は互いに距離を取る。
「ステラさん、ここまで防御膜が必要なんですか?」
「わかりませんが、ノエルが本気を出して一度も勝てなかったのがアカマサさんです」
その言葉に反応したのは同じアンデッドのハドック。私たちはアカマサの実力を知らない。
──巫女の護衛って言ってたから強いとは思ってたけど、そんなに強いんだ?
ノエルがこちらを見てステラが頷くと模擬戦が始まった。ノエルが腰に下げている二本の剣を引き抜くと、アカマサも腰に下げている剣を抜く。アカマサの剣はノエルよりも細く、短く、しかし美しい。アカマサは一本の剣を両手で握り、ノエルはそれぞれの剣を握る。
両者は剣を構えたまま動かずに互いの出方をうかがっていたが、痺れを切らしたようにアカマサが先に動いた。
「え?」
驚いたのは私だけではない。ステラを除いた私たち全員が、アカマサの速さに驚かざるを得なかった。風魔法を使用したリータより速く、魔法を使えないノエルと同等かそれ以上。 その驚異的な速さでノエルとの距離を一気に縮め、アカマサは真っすぐに剣を振り下ろす。ノエルはその攻撃をわかっていたのか二本の剣を交差し、アカマサの剣を受け止めた。
「師匠は相変わらず容赦ないな!」
ノエルが笑顔でそう言うとアカマサは距離を取る。ノエルは下がるアカマサを追いかけ、二本の剣を下から振り上げたが、そこにアカマサはいない。アカマサはノエルの剣のリーチ外で剣を構えなおし、そのまま一直線に駆け、渾身の突きを放つ。ノエルはアカマサの剣に自らの剣を当てて軌道をずらしたものの、顔に浅い傷を負った。
「あ!」
「いつものことです」
「ピーちゃん、あとで治してあげてね」
「ピー!」
そこからの戦闘を私は見ることができなかった。アカマサとノエルが私の目に見えない速さで移動し、一瞬だけ現れてはすぐに消える。アカマサとノエルの剣が交わる瞬間の残像が、至る所に残っていた。
見えていないのは私とパーラだけのようで、みんなは驚きながら模擬戦を見守っていた。剣がぶつかり合う音と一瞬だけ残る残像を頼りに、模擬戦が終わるのを待つ。模擬戦が終わった時、ノエルは傷だらけ、服も所々が破れていた。ボロボロのノエルに、私はピーちゃんを抱きかかえて走っていった。
「ノエルさん!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ…」
「今回は十八箇所ですね」
「そんなにか…」
「なんの数字ですか?」
「それは私が…」
「ノエルさん!?」
ノエルが倒れるとステラが魔法で受け止め、そのままゆっくりと平原に寝かせる。ステラが防御膜を解くとノココも解き、ステラは私たちを半球状の黒い膜で覆った。防音と視界を遮る魔法だが、私たちの周囲には模擬戦の時から誰もいない。
「念のためです」
「ピーちゃん、お願い」
「ピー!」
ピーちゃんは小さな翼に炎を纏い、ノエルの傷を一つずつ丁寧に撫でて治す。全ての傷を治し終わると炎を消し、ステラも膜を消した。そして、ノエルが起きるまでステラから話を聞く。
アカマサがノエルに付けた傷は十八箇所。それはノエルがアカマサにやられていた回数だとステラは言う。本来であれば命を落としている場面だが、ノエルに浅い傷を付けることで手加減をしているということらしい。模擬戦のたびにノエルは倒れ、ピーちゃんが治すところまでが一連の流れになっているということも付け加えられた。
「倒れるまでやる必要はないのですが…」
「仕方ないだろ…。師匠とは中々会えないんだ…」
「ノエルさん、大丈夫ですか?」
「ああ…。ピーちゃん、ありがとう」
「ピー!」
私たちは平原からミーティアの家に戻る。ノエルは目を覚ましたものの仮眠を取るために二階へ。ステラもノエルと一緒に二階へ向かい、私たちはいつもの部屋でステラを待つ。ステラはノエルを寝かせたら降りてくるとのこと。
「アカマサ、魔力は大丈夫?」
「ご心配痛み入ります。半分以上は残っておりますので、本日中に二度目の模擬戦がなければ問題ありません」
私たちが会話をしているとステラが部屋にやってきた。
「ノエルさんは大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。模擬戦で体力を使い切っただけですから」
その後はステラと会話をし、パーラが昼食の準備をするというので、私とタマモ、パーラはキッチンへ。ステラはノエルを起こすため二階に向かった。私たちがキッチンにいると家の玄関が開いた。
「ただいま!」
「ミカンちゃん、カルナさん、おかえりなさい」
「レイアさんはずっとこちらに?」
「ノエルさんとステラさんと一緒に平原に行ってました」
私の言葉で何があったかを察したのか、カルナは呆れた顔でミカンと一緒にみんなのいる部屋に向かう。そして昼食の準備をしていると、ステラがタマモを呼びに来た。
「レイアさん、タマモさんを少しお借りしても?」
「どうぞ」
昼食の準備が整った部屋で待っていると、三人が部屋にやってきた。
「ノエルさん、その服は…」
「ノエルの服の予備がもうないので今はこれで。タマモさんには少々お手伝いを」
ノエルが着ていた服は福々堂のもの。普段着ている服と同じ緑色の浴衣に白の帯。さらにその上から黒に近い灰色のケープを羽織っている。
「はぁ…、あとで仕立てに行くか…」
「その服じゃダメなんですか?」
「一度ボロボロにして怒られていますので」
──私も気をつけよう…。
昼食後、ミーティアは仕事へ。カルナとミカンはギルドで薬草採取の依頼を受ける。
「荷物運びじゃないんですか?」
「本来ならそうですが、ミカンには冒険者というものを教える必要がありますので」
「頑張る!」
みんなが家から去った後、私たちはノエルとステラについていく。私が服を仕立てるわけではなく、模擬戦の条件をノエルに果たしてもらうため。ノエルとステラの行きつけの仕立て屋の前で待っていると、それほど待たずに二人は出てきた。
「早かったですね」
「採寸だけだからな」
「ステラさんは?」
「私も採寸だけしてもらいました。服のデザインは二人とも今と同じものを注文するので、いつもすぐ終わります」
「さて、師匠との約束を果たすとするか」
アカマサがノエルに出した条件は、私たちの食料をノエルに買ってもらうこと。アカマサはいつもこの条件でノエルと模擬戦をしているらしい。しかし問題なのは私の仲間の多さ。ノエルとステラが出会ってきた巫女の中でも仲間の数が一番多い。そのためいつもより多く要求されると思い、すでに落胆の表情。
「…」
「…」
「あの…」
「レイアは悪くないが…」
「予想以上でしたね…」
「お金は大丈夫なんですか?」
「私たちよりレイアさんは大丈夫ですか?」
「レイアは大金が食費に消えると言っていたが、それがよくわかった…」
買い物を終えた私たちは家に戻り、夕食の準備を始めた。シルバンに到着してから三日後、私たちは水鏡国へ向かう。ここでノエル、ステラ、ミーティアと別れ、カルナ、ミカン、タマとの冒険となる。
「レイアちゃん、ミカンちゃん、また来てね」
「また来ます」
「また来る!」
「カルナも向こうにはちゃんと顔を出せ」
「ルルさんが喜びますよ」
「…考えておきます」
私たちは翠樹都市シルバンを出発。ノエルとステラも水鏡国まで来るつもりだったが、仕立てた服が完成していないため断念。シルバンを出発してから約三週間。私たちは水鏡国ラーレイに入り、湖畔都市リシューに到着した。
リシューの手前にある大きな橋では、ケリュスが手すりに角を擦り付けて落とし、パーラは角が川に落ちないように瞬時に収納。その様子を楽しそうに眺めていたミカンは、ケリュスの角が欲しいという。
「その角欲しい!」
「えっと…」
「ミカン、この角はとても高価です。レイアさんたちにとって大事な収入源なんですよ」
「じゃあ…、ミカンちゃんが一人前の冒険者になったらあげるね」
「頑張る!」




