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5-10:ノココ

 翠樹都市シルバンを出発してから約一週間。私たちはエルフ国とドワーフ国の関所を抜け、人間国、ドワーフ国、水鏡国の三つの国が交わる関所の前にいる。関所は森の入り口にあり、ここで水鏡国への人の行き来を管理し、森を抜けた先に関所は無い。


 関所の先、双峰森林の中には整備された道があり、「一日歩き続ければ森を抜けることができる」と関所の人が私に言った。


「朝から森に入れば、完全に日が落ちる前には森を抜けることができる。だが森は危険で山も近い。上級冒険者でビーストテイマーならそこまで苦労しないかもしれないが、気をつけろ」

「はい!」


 私たちは関所を抜け、双峰森林の整備された道を進む。石畳が敷かれた道は隙間から草が生え、道沿いの足元には小さな明かりが広めの間隔を空けて置いてあった。双峰森林の中は相変わらず不思議な雰囲気に包まれており、足元が整備されていることも相まってさらに不思議である。


 先頭は肩にピーちゃんを乗せたハドック。私の左右には、数日前に角が落ちたばかりのケリュスとリオン。そして珍しくタマモが最後尾を務める。今は護衛依頼ではないため、私の視界を遮ってでも、私の安全を優先した陣形で進む。


 問題が起きたのは昼食の少し前。森の中での昼食は移動しながらが良いと言われたが、私たちにそれはできないため、落ち着ける場所を探す。索敵で気配の無いところに移動し始めた時、私たちの移動先に一つの気配が現れた。その気配はゆっくりと向かってくる。


「お待ちください」

「もど…、あれ?」


 ハドックが私たちを止め、私が戻る提案をしようとした時、胸のアザが熱を帯び、光り始めた。


「ママが光ってる!」

「レイア様、どの気配でしょうか?」

「多分こっちに向かってきてる気配だと思う」


 私たちが向かってくる気配に身構えていると、小さなモンスターが姿を現した。そのモンスターは太ったヘビのような見た目。こんがり焼けたパンのような色をしており、同じようなパンを食べた時のことを私は思い出した。


──こういうパンがあったような…。


 小さなモンスターが私たちから少し距離を取って止まると、ハドックの肩に乗っていたピーちゃんがモンスターの前へと舞い降りた。


「ここでなにしてるの?」


 ピーちゃんが頭を傾げながらそう言うと、小さなモンスターはその大きさからは想像もできないほど大量の水をピーちゃんに放ち、ピーちゃんは近くの木に弾き飛ばされた。


「ピーちゃん!」


 私がピーちゃんに近寄ろうとした時、眩い光に包まれた。私の腕の中には小さなモンスターが収まっており、私に言う。


「よろしく」

「え?」

「よろしく!」

「よ、よろしく…」


 光が収まると、小さなモンスターは私の腕の中。そして、ピーちゃんはタマモの腕の中でぐったりしていた。


「あ!ピーちゃん!」

「…またピーちゃんなんだ」


 私の腕の中にいるモンスターは小さく何かを呟いたが、聞き取れなかった。私たちは昼食を取る場所まで移動してマジッククロスを出す。ハドック、ケリュス、リオンには見張りを頼み、交代で昼食を取る。


「なにかあったらすぐに言ってね」


 私とタマモは小さなモンスターとピーちゃんを抱えながら中に入った。タマモがぐったりしているピーちゃんをテーブルに置くと、パーラが口を開く。


「レイア、降ろしてくれる?」

「あ、うん」


 私は小さなモンスターをイスに降ろし、パーラを開放。タマモとパーラは昼食の準備を始めた。


「ところで…」

「名前ちょうだいよ」

「え、あ、そうだね。うーん…、『ノココ』で」

「ノココ、ね」


 小さなモンスターがそう言うと光りだし、光りが収まった時には少女になっていた。私より少し小さく、アメリと同程度の背丈。こんがり焼けたパンのような褐色の肌を持ち、胸元まで届く水浅葱色の髪。服は袖の短い藍白のワンピースを着て、足元は白の編み上げサンダルを履いている。


 突然の出来事に私は驚き、タマモとパーラも昼食の準備を中断した。


「…?ちょ、ちょっと待って!色々ありすぎるよ!」

「そんなに驚くこと?そこの狐と同じなだけだよ」

「私のことを見抜いているのですか?」

「見抜くもなにも元々の姿は変わらないよ」


 ピーちゃんは起きなかったが、私たちは昼食を取る。昼食はパン、シチュー、リンゴ。ノココはみんなと同じようによく食べる子だった。好き嫌いもないようで、パーラの料理を美味しそうに頬張る。その様子に、タマモもパーラも呆気にとられていた。


「よく食べるね」

「おいしいよ」


 私たちは昼食を取りながら、それぞれに自己紹介をした。


「私はレイア」

「タマモです」

「パーラよ」


 昼食後、外にいるケリュスとリオンを中に入れ、私、タマモ、ハドック、ノココは外で警戒にあたる。入れ替わる時、私は外の三人にノココを紹介する。


「レイア様、こちらの少女はまさか…」

「えっと…、さっき仲間になったノココです」

「よろしく」

「ハドックでございます」

「ケリュスという」

「リオンだよ」

「ケリュスとリオンはご飯食べてきて」

「うむ」

「はーい」

「ピーちゃん殿は?」

「まだ起きない。ピーちゃんには悪いけど、ケリュスとリオンのご飯が終わったら先に進もう」


 警戒中、ノココは私にピタリとくっつき離れようとしないので、私はノココに尋ねた。


「ノココ、なんでピーちゃんを攻撃したの?」

「それは…、いきなり近付いてきたから」

「それはピーちゃんが悪いけど…」

「ノココさんはどこで人の姿になる方法を学んだのですか?」

「それは秘密」


──ピーちゃんが倒されるなんて今まで…。あった…。ガイアさんのハッコと戦った時だ。ノココもハッコぐらい強いってこと?それともピーちゃんが油断してただけかなぁ?


 ケリュスとリオンが昼食を終えて外に出てきた時、ピーちゃんも一緒だった。


「ピーちゃん!大丈夫?」

「大丈夫!」

「ちゃんと防いでよ。それじゃあ主を守れないよ」

「次は防ぐ!」


 最後にパーラが出てきたところでマジッククロスを片付け、私たちは森の街道に戻る。街道を進む陣形は変わらなかったが、私の隣にはノココがピタリとくっつき、ノココの頭の上ではピーちゃんが楽しそうに体を揺らしている。


「ピーちゃん、楽しそうだね」

「うん!」


 私たちが森を抜けた時、外は夜になっていたが、目の前には鏡のように綺麗な湖が広がり、空に浮かぶ月が水面にも浮かんでいた。


「うわー!きれい!」

「きれい!」

「きれいですね!」

「これはなんとも…」

「こんな場所があるなんてすごいわね」

「ここまで澄んでいる水は見たことがない」

「きれーい!」

「…わたしの方がきれいかな」


 私たちは野宿の場所を決め、再びマジッククロスを取り出して中に入る。夕食後、お風呂に入るためにピーちゃんとノココを連れてお風呂場に向かう。


「お湯出せるよ」

「水がいいんだよね」


 私がそう言うとノココはお風呂に水を貯め始めた。その貯め方は私やタマモのように水を注ぐのではなく、湧き水のように水を貯め、あっという間にお風呂は水で満たされていった。


「…」

「なに?」

「な、なんでもない。ノココはすごいね」


 私が褒めるとノココは頬を赤らめ、それを隠すかのようにそっぽを向いた。


「ピーちゃん、お願い」

「うん!」


 私はピーちゃんを水に浮かべ、いつものようにお風呂を沸かしてもらう。


「ノココ、お風呂見てて」

「いいよ」


 私はノココにお風呂を任せてキッチンに向かった。私がいなくなった後、ピーちゃんとノココはお風呂場で密かに挨拶を交わす。


「ピーちゃん、よろしく」

「ノココ、よろしく!」


 お風呂は私、タマモ、ノココの三人で入り、私はノココの髪を洗う。入浴後、私とタマモはいつものお風呂との違いに気づく。


「肌がすごいすべすべしてる」

「私もです。なにか変わったことをしましたか?」

「うーん…、してないと思うけど…」


 その後、パーラが私たちの髪を梳かした後に床に就く。ノココには少し大きいが私の寝巻きを着てもらい、私、リオン、ノココの三人で眠りについた。リオンはいつも通りだが、ノココも私にピタリとくっつき、安心するかのように規則正しい寝息を立てている。


──ノココも子供なのかなぁ?


 翌朝、私は眠そうに目覚める。


「おはよぉ…」

「おはよぉ…」

「おはようございます」

「おはよ」

「おはよう」

「おはよー」

「お…、はよ…」


 ノココはまだ眠い様子。そんなノココと一緒に着替え、キッチンに向かう。朝食後、私たちは湖沿いを進む。森を抜けたことで陣形を崩し、私たちはいつものように歩く。しかしノココは私にピタリとくっついたままだった。昼食中、タマモがノココに尋ねる。


「ノココさんは純白の魔力をお持ちですか?」

「これ?」


 ノココは手のひらに白い玉を作るとタマモはさらに続ける。


「ノココさんは覚醒済みなのですか?」

「わたしは特別だから」

「特別って?」


 ノココは何かを考えながら私たちに話をする。双峰森林には二つの山がある。エルフ国と水鏡国との国境になる山と、人間国と水鏡国の国境になる山。共に国境山と呼ばれ、二つ合わせて「国境連山」と呼ばれている。


 人間国側の国境山、つまり私とタマモが最初に出会った方の森にある山。その頂上には小さな泉があり、ノココはそこに住んでいたらしい。その泉の水はこの大きな湖に流れ出し、古城に続く道の途中にある川もその泉に通じているという。


「わたしはそこのヌシ、…ってことにしておこうかな」


 ノココの声が小さくなり、後半は聞き取れなかったが、泉のヌシらしい。


「その泉はノココがいなくなって枯れたりしないの?」

「しないよ」

「じゃあ安心だね」


 タマモの疑問が解けたところで昼食を終え、歩みを再開。森を抜けてから十日。私たちは湖から海へと流れ出る川に架かった橋を渡る。川幅が広いわけではないが、橋の幅は広い。少し先の湖沿いには村のようなものがあり、その右手には防壁の無い大きな都市。そこからさらに右手の海沿いには小さな港町が確認できる。


 橋を渡ってから一日、私たちは湖畔都市リシューへと足を踏み入れるのであった。


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