1-4:タマモ
私は森からできるだけ離れるため、ひたすらに歩き続けた。腕の中ではあの美しい藤色の子が、治ったばかりの体でぐっすりと眠っている。温かい体温が腕に伝わり、私は少しだけ安心する。私の頭の上ではピーちゃんが小さな体を丸めて休憩していた。
帰り道も平原のモンスターは私たちの行く手を阻む。モンスターが現れるたびにピーちゃんが頭上から飛び出し、自慢の炎で灰に変える。ピーちゃんも疲れているはずだが、その圧倒的な力は、まるで散歩のついでに埃を払うかのようだった。そんな頼れる相棒のおかげでほとんど歩みを止めることなく、歩き続けることができた。
日が落ち始めても歩き続ける。少しでも早くメイカルトに戻りたかったのだ。そして日が完全に落ちる前に野宿の準備をする。私はピーちゃんに鞄から布を取り出してもらい、そのままピーちゃんに敷いてもらう。まだすやすやと眠っている腕の中の子を、地面に敷いた布の上にゆっくりと降ろす。そして私は生活魔法を使い、火を起こす。その間、ピーちゃんは周囲を軽く一周して、周辺に危険がないか確認にいった。
「モンスターはいなかったよ!」
「ありがとう」
ピーちゃんは報告をしながら私の頭上に舞い戻る。私は鞄から保存食を取り出し、夕食の準備を始めた。干し肉を焚き火で軽く炙る。炙られた肉の匂いに反応したかのように、眠っていた藤色のモンスターの鼻がぴくりと動いた。ゆっくりと瞼が開くと、金色の瞳でこちらを見つめる。怪訝そうに辺りを見回していたが、干し肉の匂いに気づくと、その視線が私と夕食に釘付けとなる。
「お腹空いてるよね?食べる?」
「…いただきます」
炙った干し肉を小さくちぎって与えると、美味しそうに食べ始める。クラッカーやドライフルーツも与えると一心不乱に食べ進めた。どうやらかなり空腹だったようだ。
私とピーちゃんも夕食を終え、藤色のモンスターも満足そうにしている様子を見て、私は話しかけた。知りたいことが山のようにあるのだ。
「ねえ、あなたの名前は?どこから来たの?なんで襲われてたの?」
「…」
「レイア、この子困ってるよ?」
「あ、ごめん。一度に聞きすぎたね」
私は改めて一つ一つゆっくりと尋ねる。藤色のモンスターは私の言葉を理解しているようで、少し間をおいてから、優しい声で答えてくれた。
「私に名前はありません」
「そうなんだ。それでどこから来たの?」
「森の奥にある山と森の境界付近に住んでいましたが、あの狼がやってきたのです。一対一でしたが力の差もあり、縄張りを追われている時に助けられました」
──縄張り争いに負けて追われてたんだ。モンスターも大変なんだなぁ。
私がそんなことを考えていると、藤色のモンスターはさらに続ける。
「でも、あの狼は川向こうの森に住んでいるはずです。この辺りで見かけることはほとんどなかったのに…」
「森に川なんてあるの?」
「あります。私たちが出会った場所から南へ行けば川にたどり着くはずです」
私の質問が終わると、今度は藤色のモンスターが私とピーちゃんに尋ねてきた。
「なぜ助けてくれたのですか?」
「ピーちゃんが助けないとダメって言ったのもあるけど、正直見てられなかったから、かな」
「ありがとうございました。それとその…、人間のあなたと私が光の中にいた、あの現象は一体…?」
「ああ、あれはね…」
私はわかる範囲のことを話す。昔、ピーちゃんと同じ現象が起きたこと。光に包まれた後もピーちゃんの言葉が理解できるようになったこと。そんなピーちゃんとの不思議な絆でビーストテイマーとして冒険者をしていること。
「それでね、ピーちゃんと光に包まれる前に胸のアザが光ったんだけど、今回も光ったんだよね。あなたが森から飛び出してくる少し前から」
「そうなんですか…。あと私の傷はどうやって…?」
「ぼくが治した!」
「ピーちゃんは炎が得意なんだけど、その炎で全部治したんだ。正直私もびっくりしちゃったけど、助けられてよかった」
お互いに知りたいことを話し終えると、藤色のモンスターは居住まいを正し、改めて感謝を述べる。
「助けていただき、ありがとうございました」
焚き火の優しい光が三人を照らす。空には月が昇り始め、風のざわめきも落ち着いている。温かい空気に包まれ、金色の瞳には安堵の色が浮かんでいた。
「それでこの後はどうするの?どこか行く当てはある?」
「縄張りを追われた以上、もう森に帰る場所はありません…」
「じゃあ私たちと一緒に冒険しない?さっきも話したけど、あの光で包まれる現象が私とモンスターの絆を結んでくれる儀式?みたいなものだと思うんだよね。だからあなたとも絆ができてると思う。その証拠にお互いの言葉がわかるでしょ?」
「ぼくもわかるよ!」
私の提案に、少し考えるそぶりを見せた。そして、ゆっくりと口を開く。
「お二人は命の恩人です。もしよろしければご一緒させてください」
その言葉に私は安堵した。縄張りを追われ、傷を負い、その傷も治ったばかりでまだ本調子とはいえない状態で一人にするのは忍びなかった。
「私はレイア!これからよろしくね!」
「ぼくはピーちゃん!」
「私は…」
「そっか、名前がないんだったね」
「レイアが付けてあげれば?」
「私が?…いい?」
「はい、お願いします」
「…じゃあ『タマモ』で!」
私の言葉を反芻するように、小さく「タマモ…」と何度か呟く。そして、コクリと頷いた。
「よし、じゃあ今日からタマモね!よろしく!」
「よろしく!」
「よろしくお願いします、レイアさん、ピーちゃんさん」
「ピーちゃんでいいよ!」
「わかりました、ピーちゃん」
タマモが仲間に加わり、ひと段落したところで寝る時間になった。
「さて、見張りはどうしようか。タマモはまだケガが完全に治ったわけじゃないし、無理させられないから今日は私がやるよ」
「ぼくがやる!」
「でもピーちゃんは大活躍したし、疲れてるでしょ?」
「レイアの上で休んだから大丈夫!」
「わかった。でも途中で起こしてね?見張りを交代してピーちゃんも少し休むんだよ?」
「わかった!」
地面に敷いた布の上でタマモが端の方に寄り、私が休むためのスペースを空ける。私がそこへ横になると、タマモは腕の中へと潜り込んできて、安心したように目を閉じた。私がふわふわのタマモを撫でていると睡魔が訪れる。思っていた以上に疲れていたようだ。意識が遠のく直前、焚き火の向こうでじっと周囲を警戒しているピーちゃんの小さな後ろ姿が見えた。
私とタマモが規則正しい寝息を立て始めたのを確認すると、ピーちゃんはその小さな体に炎を纏い始める。そして小さな翼を大きく広げると、纏った炎は緋色にきらめく無数の光の粒子となり、寝ている私とタマモに降り注いだ。それは降り注ぐ火の粉ではなく、まるで癒しの雨のように静かで温かく、触れた場所から安らぎが広がっていくような心地よさがあった。
「これで明日も元気いっぱい!」
ピーちゃんの呟きは夜の平原に溶けていった。




