4-10:ハドック三連戦
私はたいちをマジッククロスに押し込んだ後、ハンナのところに戻った。ミゼルはまだ気絶中。ピーちゃんはミゼルの胸の上に乗っているが、目覚める気配はない。私は夕食を準備しているパーラを手伝い、料理の匂いが部屋を満たし始めた時、ミゼルが目を覚ました。
「大丈夫?」
「ん…。なにがあったんだ?」
「私の仲間を見て気絶したんだけど」
「ジュエルレーンディアもグリフォンエンペラーも話にしか聞いたことがなかったからな…」
ミゼルはそう言ってピーちゃんを腕に抱き、ハンナの隣に座る。私は部屋の扉を開けないようミゼルに伝え、夕食の手伝いに戻る。夕食の支度があと少しというところで、部屋の扉がノックされた。慌てて扉を開けると、扉の陰には目が真っ赤になり、目元も腫れあがったあやかがいた。それは以前、私があやかから怒られた時以上だった。
「話せましたか?」
「はい。レイアさん、少しよろしいでしょうか?」
「父さん、母さん、ちょっと待ってて」
私が部屋に入って扉を閉めようとすると、ピーちゃんが飛んでくる。
「ピー!」
「一緒に行くの?」
私はピーちゃんと一緒にマジッククロスの中に入った。
「話ってなんですか?」
「レイアさん、この度はありがとうございました。レイアさんには一生かけても返せない恩ができてしまいました」
「そこまでのことはしてないと思うんですけど…」
「私は…、たいちがもう生きていないと思っていました。そこにレイアさんが手紙とペンダントを持ち、そして今ここにこうしていられるのはレイアさんのおかげです。ありがとうございます」
「レイアちゃん、ありがとう」
あやかとたいちは私に深々と頭を下げる。
「あの、そろそろご飯の時間なんですけど、あやかさんとたいちさんの分もあるので食べていきませんか?」
「それはありがたいのですが…」
「目がこれだとな…」
「ピーちゃん、治せそう?」
「ピー!」
私は寝室のベッドにあやかを寝かせる。
「レイアちゃん、こんなのも治せるのか?」
「ピーちゃんが治せるって言ってるのでそれを信じます」
「そ、そうか」
「あやかさん、眼鏡を外して目は閉じててください」
「は、はい」
「ピーちゃん、お願い」
「ピー!」
ピーちゃんはあやかの顔の隣に陣取り、片翼に炎を纏う。
「お、おい…」
「大丈夫です」
ピーちゃんは少しの間、炎の翼であやかの閉じた目を覆う。小さな炎があやかの顔を照らし、じんわりとした温かさが寝室に広がる。そして治癒が終わると翼から炎を消し、特等席へと舞い戻った。
「ピー!」
「あやかさん、もう大丈夫です」
「嘘だろ…、目元の腫れが…」
「え?」
あやかは確認のため、洗面所の大きな鏡まで向かった。そして眼鏡をかけ、自分の顔を確認すると驚きの表情をしていた。
「これは…」
「大丈夫ですか?」
「こんな治癒魔法は聞いたことがありません…」
「あの…、できればピーちゃんが治したことは誰にも言わないでもらえると…」
「ミゼルも知らないのか?」
「私の仲間とリータさん、それから…、私の大切な友達だけが知ってます」
「レイアさんには恩があります、誰にも言わないと約束いたします」
「俺もだ」
私が感謝を述べた時、寝室の扉が開く。
「ぱかぱか!」
「あ…、はい…、ごめんなさい」
「ミミックか?」
「みんなお腹空いたみたいで…」
「俺たちも行くか」
「ええ」
その後、あやかとたいちと一緒に夕食を取った。「ミゼルがどんな冒険者だったか」という話は、私にとって新鮮で楽しい話だった。しかし「私がどんな冒険者か」という話になった時は生きた心地がしなかった。
翌朝、私は普通のベッドで目を覚ます。二階の自分の部屋からパーラにベッドを収納してもらい、増築された一階に出してみんなと寝た。ベッドのサイズがいつもと違うのでリオンと寝ることはできなかったが、リオンは私の寝ているベッドにピタリとくっついて眠っていた。
ピーちゃんとタマモは私と一緒にぎゅうぎゅうになって眠り、パーラはキッチンに続く扉の近くで眠る。ハドックは外への扉の近くで警備にあたり、ケリュスはリオンの隣で横たわる。マジッククロスはあやかとたいちが帰った後に中の片付けをし、収納済みだ。
夕食後、二人からマジッククロス内の片付けの申し出があったが、私はそれを断った。
「レイアさん、私たちが使ったので片付けを…」
「ダメです。あやかさんはたいちさんと帰ってください」
「でも…」
「あやかさんはたいちさんともっと話したいことがたくさんあると思います。だから今は、たいちさんとたくさん話してください」
──私がタマモと離れてた時間なんて二人にとっては一瞬だよね。だから私とタマモよりも話したいことが山ほどあるはず!
「レイアさん…」
「レイアちゃんは大人になったな」
「そうですか?」
「ではお言葉に甘えて」
私たちは増築された部屋を出て、キッチンに戻る。
「ミゼル、俺たちは帰るぞ」
「気をつけてな。あと明日は仕事に来なくていいぞ。嫁さんは大事にしろよ」
「まだ嫁じゃねえ」
「『まだ』ですか?」
「あ、いや…」
「そういうのは他でやれ!」
ミゼルはからかうような笑顔で二人を家から追い出していた。
目が覚めた私は一緒に寝てあげられなかったリオンをたくさん撫で、扉を開けてキッチンに向かう。私とタマモとパーラが朝食の準備をしていると、階段にいたピーちゃんが声を上げる。
「来たよ!」
「タマモ、ごめんね」
「私のわがままなので気にしないでください」
タマモはそう言って藤狐に戻る。タマモは朝食の準備を手伝うため、一時的に人の姿になっていた。
──タマモのことを言っちゃえば楽になるけど、どうしよう…。
朝食後、ミゼルが畑に向かう前に二人が私に尋ねる。
「今回はどれくらいここにいられるんだ?」
「それはあやかさん次第かな」
「そうか。それにしても、たいちの嫁があやかさんだったとは」
「びっくりだよね」
「でも昨日は二人ともいい笑顔だったからきっとうまくいくわ」
「そうだな、じゃあ行ってくる」
ミゼルが畑に向かった後、私はパーラに杖とブレスレットを預けた。パーラはそのままハンナのところに残し、私は増築された部屋に戻る。そしてみんなと一緒に外に出ると、小さな強敵がずらりと待ち構えていた。
「おねーちゃんおはよー!」
「ピーちゃんだ!」
「でっかいのもいるぞ!」
「みんな、ごめん…」
ケリュスは大変そうだったが、リオンはピーちゃんと同じく、楽しそうにもみくちゃにされていた。部屋に戻り、私はみんなの愚痴を聞き、謝罪し続けた。昼食後、ミゼルが畑に向かうのと入れ違いで、あやかが私を訪ねてきた。
「レイアさん、お話が」
「はい」
今回は増築された殺風景な部屋で、マジッククロスを使わずに二人でベッドに腰掛けて話をする。ピーちゃんとパーラにはハンナのそばにいてもらい、残りのみんなと一緒に話を聞く。
「ふうかからの依頼は私とたいちを会わせることでしたね?」
「はい。あ、手紙も…」
「手紙はメイカルトを出発する前、レイアさんと合流する前に出してあります」
「じゃあ私の仕事は終わりですね」
「レイアさんはこの後どちらに?」
「えっと、子供が生まれるのが三か月ぐらい先らしいので、ドワーフ国で作ってもらってるものを取りに行って、鬼人国に行って、あとは時間があればエルフ国にも行きたいです」
「そうですか。私とたいちは明日、ここを出発いたします」
「明日ですか!?」
あやかはたいちを探すために鬼人国を飛び出したこと。そしてギルドマスター候補だった話やふうかの手紙に記されていたことを私に話す。
「それから…、これも残念なのですが…」
「なんですか?」
「私はメイカルトのギルドを辞めることになると思います」
「え!?」
「鬼人国に戻り、たいちと暮らすつもりです」
──たいちさんを探すために飛び出して、やっと見つけたんだもんね。それに族長が帰ってきていいって言ってるなら大丈夫だよね?
「あやかさんはたいちさんを探してたんですよね?私はあやかさんが幸せならそれが一番だと思います」
「レイアさん…」
「私があやかさんに会いに鬼人国まで行きます!」
翌日、あやかとたいちは村を出発する。あやかの持っていた鞄はマジックバッグだったようで、たいちの荷物を全て収納し、村の野菜を餞別としてもらっていた。村のみんなが別れの挨拶を済ませた後、私はみんなと一緒にあやかとたいちを街道まで送る。
「このまま鬼人国に向かうんですか?」
「一度メイカルトに戻り、ギルドを辞めます。ボガートさんには止められると思いますが、あそこは私がいなくてもしっかり回るはずです」
「レイアちゃんには世話になった」
「私はなにも…」
「レイアさん、鬼人国でお待ちしております」
「はい…」
「ピー!」
「え?うん。あの、ピーちゃんがあやかさんとたいちさんにお守りを渡したいって」
「お守り、ですか?」
特等席にいるピーちゃんは小さな嘴で体から緋色の羽根を二枚取り、私の手に落とす。それはかつて、アメリに渡したお守りと同じピーちゃんの緋色の羽根。
「どうぞ」
「…大切にいたします」
「俺も大切にしよう」
私とあやかは互いに涙をこらえているのがわかっていた。しかし、ピーちゃんの羽根を渡したことで、あやかの涙が少しずつ溢れ始める。
「レイアさん…、まだギルド職員である私からの最後の忠告をさせてください…。冒険者は全てが自己責任です…。無茶だけは…、無茶だけはしないように、約束してください」
その言葉に、私の涙は溢れ出す。思えば、私はずっとあやかに冒険をサポートしてもらっていた。冒険者登録をした時もあやかだった。全ての依頼の報告もあやかにしていた。私を叱ってくれたのはあやかだけ。手紙を出したのもあやかのみ。
──そうだ…、私の冒険にはいつもあやかさんがいたんだ…。
私は泣きながらあやかについて思い出す。すると、頭上の温もりがなくなると同時に、あやかが私を抱きしめた。私はそれに応えるようにあやかの背中に腕を回す。
以前にも同じようなことがあった。古城跡から帰り、あやかに殴られた後だ。しかし、あの時のような感情はここにはない。ただ純粋に別れを悲しむ抱擁。温かくも寂しい抱擁は、互いが落ち着くまで続いた。
先に落ち着いたのはやはりあやかだった。私が落ち着くまで、あやかは私の頭を撫でる。そして私も何とかして落ち着き、腕の力を抜いて、あやかから離れた。
「あやかさん…」
「はい…」
「あやかさんとの約束をどこまで守れるかわかりません。でも、できる限り守っていこうと思います」
あやかとたいちは歩みを進める。私たちは二人が見えなくなるまで見送り続けた。二人は時折振り返っては手を振り、私はそれに手を振り返す。そして二人が見えなくなったところで、私たちは村に戻り始めた。
翌朝、私はいつも通り、眠そうに目を覚ます。一晩経ち、気持ちの整理がついたのか、私の頭はすっきりしていた。そして朝食後、みんなと話す。
「みんな、一週間後ぐらいには鬼人国に向かおうと思う。途中で包丁を取りに行って、そのまま鬼人国を目指します!」
「おー!」
「おー!」
ピーちゃんだけの返事をリオンが真似をした。
あやかとたいちが村を去ってから一週間後、二人に遅れて村を出発する。フォルスに渡す分があるので、前回よりも多めに村の野菜を収納。ケリュスは村の人の許可を得て、収穫直前のトマトを直接食べるのが楽しかったようだ。
「赤ちゃんが生まれる前には帰ってくるようにするから!」
私たちは村を出発し、街道に戻る。獣人国経由でドワーフ国に入り、鬼人国を目指す。村を出発してから十日。獣郷都市クロスファングに来ていた。食料には余裕はあるが買い物をするのと、会うことが叶えばいつかの約束を果たすために立ち寄っていた。
買い物をしていると、よく知っている三人組の獣人が前から歩いてきた。
「ライルさん、ガイさん、フールさん、こんにちは」
「久しぶりだな」
「元気そうだな」
「グリフォンでかくなったなあ」
「あの、明日って時間ありますか?」
翌日、私たちとライルたちは同じ宿屋で朝食を取り、そのまま西門に移動する。約束通り模擬戦をするためだ。模擬戦とはいえ、三人からは薄っすらとハドックに対する敵意を感じる。
「一人ずつやるんですか?」
「そうだが、そっちは大丈夫か?」
「魔力次第になるそうです」
「なら俺から行かせてくれよ」
模擬戦の一番手はフール。フールはグローブを着けなおし、模擬戦に備える。一方のハドックは斧を担いだまま微動だにしない。
「よし、始め!」
ガイが模擬戦の開始を告げると、フールはハドックに向かって加速。その速さはノエルには程遠く、リータと同程度に見える。
──リータさんと同じぐらいの速さかなぁ?武器がグローブだから身軽なのかなぁ?
フールがハドックに拳で一撃を与える。ハドックは斧を担いだまま鎧でその一撃を受けると、攻撃を仕掛けたフールはすぐさまハドックから距離を取る。
「硬えな」
ハドックは今の一撃でフールの実力を理解したのか、斧を構える。
「これは勝てないな」
「フールには武器すら不要ってことか」
フールは持ち前の素早さを生かし、一撃離脱でハドックに襲い掛かるも、ハドックはその全ての拳を斧の面で受け止めた。そしてフールの動きが鈍くなり、一撃を加えて離脱するところをハドックが追いかけ、斧の面で薙ぎ払うと、模擬戦はあっさりと終了した。
「硬えし強えな。動きも見た目ほど遅くねえ」
模擬戦の二番手はガイ。両手に鉄爪を着け、模擬戦に備えている。フールが模擬戦の開始を告げると、ガイはハドックに向かって走り出すが、ガイの動きはフールより遅い。しかし、ハドックがガイの初撃を斧で防いだところを見ると、ガイの方がフールより強いと直感的に判断した様子。
ガイは再び襲い掛かるが、ハドックはそれを斧で防ぐ。フールのような一撃離脱ではなく、リータやノエルのような連撃で、ハドックに攻撃させる隙を与えない。ノエルのように不規則な連撃ではないので、ハドックは簡単に全てを防ぐ。度重なる連撃に痺れを切らしたのか、ハドックは連撃を止めるため一気に雷をまとい、ガイを後退させた。
「俺の時は使わなかったじゃねえか」
「お前には使うまでもなかっただけだ」
「もっと強くなるしかねえか」
ハドックはわずかに雷をまとったままガイと対峙する。ガイはハドックが雷をまとったことが嬉しいのかわずかに笑顔になり、そのまま向かっていく。そして今までと同じような連撃を繰り出すが、その一撃一撃をハドックは全て弾いていく。
ガイの鉄爪とハドックの漆黒の斧では武器差があり、弾かれた時の振動とわずかにまとっている雷が少しずつガイの筋肉に響き、ついに腕の感覚が無くなるとガイは降参を申し出た。
「すまん、もう無理だ」
「やはり強いな」
最後の相手はライル。三連戦だったが、ハドックは余裕があるように見える。ライルが大剣を担ぐと、ハドックも同じように斧を担ぐ。両者が静かに対峙すると、ハドックとライルは同時に駆け出す。
ライルの動きはガイやフールより遅く、通常時のハドックよりもやや遅い。その遅さは担いでいる武器の重さの違いに見える。ハドックの斧よりライルの大剣の方が大きい分だけ重い。そして、大きい分だけリーチも長い。
ライルはハドックの攻撃範囲外から大剣を振り下ろす。その重い一撃をハドックが斧で受け止めると、ガンッ!と重い音が平原に響き渡った。
「あの重い一撃を受け止めるのかよ」
「問題はライルがあの斧を受け止めきれるかだ」
ハドックは斧で大剣を押し返すと、ライルの体勢がわずかに崩れた。ハドックはそれを見逃さず、ライルに斧を振り降ろす。ガンッ!という音とともに、ライルはハドックの一撃を大剣で受け止めきって見せた。
「受け止めたぞ!」
「あれは本気じゃない」
ライルはハドックと同じように大剣で斧を押し返し、そのままハドックに襲いかかる。しかし、ライルの大剣は空を切った。そこにハドックの姿はない。大剣が空を切った直後、ライルは後ろを向いて大剣で防御姿勢を取る。そこには雷をまとったハドックが立っていた。
ハドックはライルが防御姿勢を取ったことを確認すると、雷をまとった斧で薙ぎ払う。ライルはハドックの攻撃を受け止めきれず、そのまま弾き飛ばされてしまった。
「ぐっ…、まだだ…」
ライルはよろよろと起き上がり、大剣を構える。
「起き上がったぞ!」
「ライルはタフすぎるな」
──ハドックの今の攻撃って本気だったよね?
私がそう考えている以上に、ハドック自身が驚いていた。ハドックの本気の一撃を受け止めきることはできなかったものの、ライルは何とか立ち上がり、大剣を構え、模擬戦の継続を訴えた。
しかしライルはそのまま倒れ、全ての模擬戦が終わりを迎える。ライルが目を覚ました後、みんなで模擬戦について話しながら昼食を取った。昼食後、ライルたちは私に感謝を述べる。
「模擬戦、感謝する」
「レイア、ありがとう」
「もっと強くなるぜ」
「私はなにもしてないですよ」
「ガイ、フール。まずはあのダンジョンの攻略が先だ」
「そうだな、最奥のモンスターを倒したらまた挑むとしよう」
「次は魔法を使わせてやるぜ」
私たちはライルたちと別れ、そのまま西へ。このまま真西に進めばドワーフ国。
「ハドック、大丈夫そう?」
「万全ではありませんが問題ないかと」
「ライルさんたちは強かった?」
「リータ殿には及びませんが、魔法なしと考えれば十分な強さでした」
模擬戦後、私がハドックに触れると、ブレスレットは六つの珠が光った。
模擬戦を行ってから一週間後、鍛冶都市フェクトールに到着。私たちはそのままギルドに向かう。ギルドマスターの部屋に通されると、フォージとアンビルの他にドワーフの老婆がソファに座っていた。
「このお嬢ちゃんが例のバカだね?」
──バカ?




