3-11:白紙
模擬戦を終え、私たちは宿屋に戻り、ぐったりしているピーちゃんとタマモをベッドに寝かせた。二人は宿屋に戻って安心したのか、すぐに寝息を立てて眠ってしまった。私は隣のベッドに座り、心配しながら二人を見つめる。
「大丈夫かなぁ…」
「レイア様、治癒魔法はいかがでしょう。わたくしは魔力が回復いたしましたが、少しでも効果があれば」
「そうだね。パーラ、杖出して」
「はいはい」
私はパーラから杖を受け取り、二人に回復魔法をかける。ケガをしているわけではないので見た目の変化は無い。これで少しでもよくなってくれることを祈りながら、杖を強く握り込んだ。
「おはよぉ…」
「ピーちゃん!大丈夫!?」
「だいじょうぶぅ…」
「よかった…」
「おなかすいたぁ…」
私たちはまだ起きないタマモを見ながら昼食を取った。
「まだ起きないね…」
「うん」
「それだけ疲れているのでしょう」
「でももう半日近くになるんじゃない?」
「うむ、少し長すぎるように思う」
日が落ち、夜になってもタマモは起きなかった。私はタマモを起こさないようにゆっくりと触れる。魔力は珠五つ分ほどまで回復している。タマモの心配をしていると部屋の扉がノックされた。扉をノックしたのはノエルとステラ。二人は私の頭上にいるピーちゃんを見ると安堵の表情を浮かべる。
「タマモさんは起きましたか?」
「まだです…」
「そうですか…」
「あの、模擬戦が終わったあとはどうなったんですか?戻ったら騒がしくなってて…」
「あれだけの炎柱だからな。私たちとロマリスで説明して回った。学園はティアラがなんとかしてるはずだ」
「ごめんなさい…」
「レイアさんが謝ることではありません。では私たちはこれで」
ノエルとステラは私の部屋に入ることなく、自分たちの部屋に向かう。私が二人との会話を終えてもタマモが起きる気配はない。
「ご飯にしよっか…」
翌朝、私が起きると「もぐもぐ」という咀嚼音が部屋に広がっていた。
「おはよぉ…」
「もぐもぐ」
「もぐもぐ」
「おはようございます」
「おはよ」
「もぐもぐ」
私以外のみんなが早めの朝食を取っていた。もちろんそこにはタマモの姿もある。
「タマモ!?」
私がタマモに駆け寄ろうとすると、パーラが止めに入る。
「食べてるんだからちょっと待ちなさい。タマモは昨日からなにも食べてないんだからね」
「あ、うん、そうだね。嬉しくてつい…」
タマモは朝食を中断し、私のところに来る。
「レイアさん、申し訳ありませんでした」
「ううん、タマモが元気そうでよかった。ご飯食べていいよ?」
「はい」
「パーラ、私にも」
「はいはい」
私はみんなに混ざり、朝食を取る。朝食後、早めの朝食を取っていたことについて尋ねる。すると、みんなが説明を始めた。
「レイア様がいつも起きる時間よりも少し前にタマモ殿が目を覚ましました」
「私はまだ寝てたけど、タマモとハドックに起こされたのよ。それでタマモがお腹空いたって言うからご飯を出したの」
「その匂いでわれも起きたのだ。タマモが元気そうで安心したぞ」
「で、みんなでご飯を食べてたらピーちゃんが匂いで起きたのよ」
「うん!」
──みんなご飯好きだなぁ。
「ピーちゃんとタマモは大丈夫?」
「うん!」
「少し変な感じがしますけど大丈夫だと思います」
私がタマモに触れると、ブレスレットの珠は全て光る。タマモの魔力は十分だったが「少し変な感じ」と言う言葉が私は気になった。私たちが話をしていると、部屋の扉がノックされる。
「はーい」
「朝食に行くぞ」
「あ、ご飯食べちゃいました…」
「我慢できなかったのか?」
「タマモが起きたんです」
私は二人にタマモを見せると、二人の朝食後に私の部屋で話し合うことになった。朝食を終えた二人が部屋に入ると、定位置となっているイスに腰かけ、私はタマモを抱えてベッドに座る。
「レイアさん、私の師匠の話を覚えていますか?」
「はい、鬼人国にいるっていう」
「そうです。それで、昨日の模擬戦を見て、早めにタマモさんを師匠のところへ連れて行った方がいいと私は思いました」
「早めってどれくらいですか?」
「可能であれば数日中に」
「えっと…、ここから鬼人国までどれくらいかかるんですか?」
「一か月かからないぐらいか?」
「無理ですよね?」
「無理じゃない。マーゲンのギルドマスターのテイルに頼む」
「それって…」
「ドラゴンを使役しているテイルに鬼人国まで運んでもらいます」
「私たちがタマモと一緒に鬼人国まで行くのはダメなんですか?」
「ダメではありませんが、レイアさんも確認したと思います。タマモさんの放った純白の玉の威力を。あれを防ぎきることは私にはできません」
「でもピーちゃんが防いだと思うんですけど」
「ステラ、はっきり言った方がいい」
「え?」
「タマモさんは覚醒したことで魔法の扱いが不安定になっています。そして、あの純白の玉も無意識に出しているように感じました」
「レイア、タマモは暴走する危険性がある。それこそ、こんな宿屋など吹き飛ばすほどのな」
「ちょ、ちょっと待ってください!そんな、タマモが暴走なんて…」
私は目を潤ませながらタマモを見つめる。話を聞いていたタマモもまた、私を見つめ返す。
「レイアさんがどれだけタマモさんのことを大切に思っているかはわかっているつもりです。しかし、大切だからこそです。会えなくなるわけではありません。タマモさんだけ早めに目的地に到着するだけのことです」
「考えさせてください…」
「レイア、今日一日しっかり考えろ。明日の朝にはテイルに運んでもらえるように要請を出しておく」
私は力なく頷いた。二人を見送り、ベッドに座るタマモを抱き上げる。そのまま言葉を発することなく、タマモを撫でる。しばらく撫でているとハドックが口を開いた。
「レイア様、タマモ殿をどうするおつもりで?」
「わかんない…」
「考える時間は今日一日ですが、それほど長い時間があるわけではございません」
「うん…」
私の返事の後、少しの沈黙が続く。その沈黙を破ったのはケリュスだった。
「タマモよ、おぬしはどうしたいのだ?」
「私、ですか?」
「うむ。あれだけ強大なチカラを今のおぬしでは御しきれず、暴走すると言われたのだ。そしてそれを止めることができるのはおそらくピーちゃんだけだ。しかしそのピーちゃんでも膨大な魔力を消費して倒れた」
「ピーちゃんはタマモの攻撃止められそう?」
私がピーちゃんに尋ねると、ピーちゃんは首を左右に振る。それを見たタマモは意を決したように言う。
「レイアさん、私は…」
「やだ!私はタマモと一緒に冒険する!タマモだけじゃない!ピーちゃんもハドックもパーラもケリュスも!みんなで冒険したい!」
癇癪を起こした私にみんなが驚く。私は涙目になりながら、タマモを抱きかかえ直し、そのまま抱きしめる。私の嗚咽が部屋に広がると、パーラが口を開く。
「レイア、私たちの主なんだからしっかりしなさい!タマモが私たちの目的地に先に到着してるだけって言われたでしょ。二度と会えないわけじゃないのよ。それに、今のタマモが暴走したら私たちも危ないし、ここも危ないのよ」
「わかってるけど…」
「レイアとタマモだと少し違うけど、レイアも魔法を教えてもらったでしょ?今のタマモにはそれが必要なのよ。それにどこか遠くに行くわけじゃなくて、私たちの目指す先にいるんだから、毎日少しずつタマモに近付くはずよ」
──わかってる…。全部わかってる…。タマモを行かせた方がいいのは…。でも…。
私はタマモとの思い出を辿る。傷ついたタマモを助け、ピーちゃんと一緒にハドックと戦い、氷を作り、オクトパスリーダーも倒した。タマモが覚醒した瞬間を直接見ることはできなかったが、大きくなったタマモは美しかった。
タマモとの思い出に浸るのをやめ、タマモをベッドに降ろし、涙を拭う。そして、私の決意をタマモに伝える。
「タマモ、私たちが絶対に迎えに行くから、待っててくれる?」
「はい!レイアさんたちは絶対に来てくれると信じています!」
タマモの言葉にみんなが返事をする。
「迎えに行く!」
「必ずお迎えにあがります」
「仲間なんだから当たり前よ」
「うむ」
「よし!じゃあこれから買い物に行って。タマモの好きな食べ物を買います!」
「おー!」
私たちは宿屋を後にし、ギルドに向かう。タマモの好物の前に、ノエルとステラにタマモのことを伝えておく。ギルドの近くまで来ると、ノエルとステラがギルドから出てきた。
「ノエルさん!ステラさん!タマモを先に行かせることにしました」
「そうか。テイルは今からこっちに来る」
「今からですか?」
「マーゲンからアルカディアまで、あのドラゴンなら全力で半日ってところか」
「だいぶ無理を言いましたからね」
「ここから鬼人国までテイルさんたちならどれくらいかかるんですか?」
「休まずに飛び続ければ二日ぐらいか」
「そんなに速いんですか?」
「相応の報酬は払うんだ、やれるだけやってもらう」
「え?報酬ってテイルさんへの依頼なんですか?」
「そうです。『タマモさんを鬼人国まで一日でも早く運ぶ』という依頼です」
「それって高いんじゃ…?」
「S級への依頼かつ無茶な行程だからな。通常のS級依頼よりかなり高い」
「私の手持ちで足りますか…?」
「今回、報酬は不要と言われた」
「報酬ではなく、『マーゲンに残っているS級依頼をすべて片付ける』ということで話をつけました」
「でもそれだとノエルさんとステラさんが…」
「レイアは気にしなくていい」
私たちは二人と別れ、散策をし、タマモの好物や気になるものを買い、一日を終えた。その日の夜、私たちはお風呂に入り、体を乾かした後、私はタマモの毛を梳かす。美しい藤色の毛並みにふさふさの尻尾。この毛並みにしばらく触れることができなくなると思うと胸が痛んだ。寝る時間になると、タマモが私のベッドに飛び乗ってくる。
「一緒に寝よっか」
「はい!」
「ぼくも!」
私はピーちゃんとタマモの三人でぎゅうぎゅうになりながら床に就く。翌朝、いつものようにノエルとステラと一緒に朝食に向かった。朝食後、西門まで歩く。西門を抜けた先にはロマリスとテイル。小さな白いドラゴンのランシュはテイルの頭に、小さな黒い狼のクロムはテイルの足元で座っている。
「テイル、すまんな」
「いやいやいやいや。まさかお二人から依頼が来るとは思わなかったからびっくりしちゃっただけで、依頼ならしっかりこなしますよ」
「どれぐらいで到着するんだ?」
「三日ぐらいかな?四日以内には必ず」
「ならそれで頼む」
「お二人も依頼の方を頼みますよ」
「わかってる。それからこの手紙を頼む。大体のことが書いてある。あの店主に渡せば理解してくれるはずだ」
テイルは手紙を受け取り、自らの鞄に入れた。そして私に向き直り、いつもとは違うしっかりとした対応をし始めた。
「ではレイアさん、お預かりするのはそちらの藤狐のタマモさんで間違いありませんか?」
「はい!」
「ランシュ」
テイルが名前を呼ぶと、ランシュはテイルの頭上から離れ、大きなドラゴンの姿に戻る。私はタマモをテイルに手渡し、頭上のピーちゃんを降ろして胸に抱き、テイルに深々と頭を下げた。
「テイルさん、タマモをよろしくお願いします!」
「鬼人国まで大切に運びますよ。そう言えば、レイアさんはB級になるとか?」
「レイアさんはまだギルドカードを更新していませんのでD級のままですよ。それから、報酬の受け取りも終わっていません」
「まだ報酬がありましたか?」
「地竜の肉ですよ」
「そ、その地竜の肉って何色の地竜か聞いても?」
「赤と黒ですよ」
ロマリスがテイルにそう言うと、表情が固まったテイルが私の方に顔を向けて言う。
「レ、レイアさん!その肉、うちに卸さない?」
「テイル、お前は早く依頼をこなせ」
「…わかりました。ランシュ…、行こう…」
タマモを抱えたテイルがランシュに乗ると、クロムもランシュに飛び乗る。飛び立つ直前、私はタマモに向かって叫ぶ。
「タマモ!絶対迎えに行くから!」
「ピー!」
「コン!」
そのやり取りで少し笑顔になったテイルは、鬼人国に向けて飛び立っていった。
「行っちゃった…」
「レイアさん、ギルドカードの更新がありますので、ギルドまでよろしいですか?」
「あの!」
「なんでしょう?」
「B級になるのを少し待ってもらえませんか?」
私がそう言うと三人は驚く。冒険者が昇級を保留にするなんてあり得ないのだ。
「理由をお聞かせ願えますか?」
「タマモがいないのにB級にはなれません。他のみんなも強いです。でもタマモのおかげでB級になれたと思ってます。だから…」
私は胸に抱いたピーちゃんを少しだけ強く抱きしめる。理由を聞いたロマリスはノエルとステラの顔を見て、二人が頷いたのを確認すると口を開いた。
「そういうことでしたら昇級の件は一度白紙に戻します」
「ありがとうございます。あと地竜の肉なんですけど、テイルさんに渡せませんか?」
「それは向こうのギルドに売却するということですか?それとも無償で?」
「タマモのこともあるので…」
「レイアさん、私とノエルが向こうで依頼をこなすことで今回の件は相殺されます」
「じゃあ半分だけでも!お願いします!」
私はピーちゃんを抱えたままステラに頭を下げる。
──私のためにノエルさんとステラさんだけ依頼をしてもらうのはいやだし、地竜の肉でいいなら…。
頭を下げる私に、ステラは仕方なさそうに口を開く。
「では半分だけ」
「ありがとうございます!」
私たちはギルドで、地竜の肉という大きな肉塊を収納。そして私がもらう半分量をステラが自らの黒い鞄に収納した。
「それで、レイアはこのあとどうするんだ?」
「このまま鬼人国に向けて出発します」
「レイアさん、ギルドマスターとして少しだけ注意させてください。鬼人国へ行くには獣人国を通過する必要があります。獣人国の南側はレイアさんたちでも問題ないと思います。しかし、北側はここよりさらにモンスターのランクが上がります」
「北側にある森と山には近付くな」
「メイカルトにある森と山より強いんですか?」
「強さもあるが、飛行型のワイバーンとグリフォンが厄介だ」
「安全に行くなら少し遠回りになりますが、南側を通って鬼人国に入ることをお勧めいたします」
ノエルとロマリスの注意を聞いていたステラは、呆れたように口を開く。
「レイアさん、ノエルとロマリスの言ったことは正しいです。ですが、レイアさんなら気づいたと思います。北側を通った方が鬼人国まで早いことを」
「はい」
「迂闊だった…」
「申し訳ございません…」
「でも私たちは南側から遠回りします、タマモと約束したので」
「それを聞いて安心しましたが、レイアさんはなにかと問題を起こすので、そのあたりもお気をつけください」
「それは約束できません…」
ロマリスは西門からギルドに戻り、私たちはこのまま出発する。そして出発直前。
「レイアさん、ピーちゃんを少しお借りしても?」
「は、はい」
ステラは特等席に鎮座するピーちゃんを手に取ると、腕の中に収め、頭を撫でる。ノエルもそれに続いてピーちゃんの頭を撫でる。その視線は、やはりどこか懐かしそうな視線を送っている。
──最初に会った時もピーちゃんのことを同じような感じで見てた気がするけど、気のせいかなぁ。
「ピーちゃん、レイアさんをお願いしますね」
「頼むぞ」
「ピー!」
二人はピーちゃんとのふれあいを終えると、ピーちゃんを特等席に戻す。
「レイアさん、私たちも依頼が終わり次第、鬼人国に向かうつもりです」
「少し遅れて到着することになる。もし別のところに行くつもりなら、向こうのギルドに手紙を残してくれ」
私たちは西門で二人と別れ、鬼人国へと出発。鬼人国までは一か月ほどと言われたが、獣人国から少し遠回りをすることも考慮するともう少しかかる。
しかし、私たちが鬼人国に到着したのは一か月と半月経った頃になってしまった。




