3-6:学園長
満腹都市マーゲンを出発してから一週間。食彩国バンダースと魔法国クジナスの関所が見えてきた。道中、肉のダンジョンへの分かれ道があったが、私たちは行かなかった。テイルの言ったようにケリュスが肉を食べることができないということ。しかし、それ以上の理由があった。それはいつものドラゴンが魔法国に向かって飛んでいったのだ。
「あ、ドラゴンだ」
「速い!」
「速いですね」
「やはりドラゴンには見えませんが…」
「ギルドマスターと一緒にいたあの白いドラゴンがドラゴンって感じよね」
「ヘビではないのか?」
関所を越え、魔法国クジナスに入る。ここからやや北西に五日ほど進むと、魔導都市アルカディアがあるという。私たちは街道に沿って進み続ける。ケリュスの角は日に日に大きくなり、今は半分ほどの大きさまでに成長した。しかし光を発さず、茶色の皮で覆われている。
「ケリュスの角っていつ光るの?」
「まだ伸びきっておらん。伸びきればかゆくなり、皮を剥がすために木に擦り付ける必要がある。皮が剥がれると光る角になるのだ」
「かゆくなるんだ」
「うむ」
「また落ちたら私がもらうわ」
「片方は売らないと食費が…」
「仕方ないわね」
関所を抜けてから五日、魔導都市アルカディアが見え始めた。しかし、本来あるべきはずの防壁が見当たらない。その代わり、マーゲンのように半球状の膜が都市全体を覆っている。
──マーゲンみたいになってるけど、あれが壁の代わりなのかなぁ?
門は他の都市と同じようになっており、私たちはそこを通る。門を抜けると、そこは今までの都市とは一線を画していた。都市全体が白で統一され、美しい外観が広がり、美しい装飾が施された街灯が等間隔に並んでいた。街灯そのものは珍しくないが、ここまで綺麗な装飾は今までに見たことがなく、これだけの数が並んでいるのも珍しい。
魔導都市というだけあり、杖を持った人やローブを着た人が多い。都市の中で私が一番驚いたのは、お店の看板に文字が書かれているものの、わずかに浮いていること。見える範囲にある看板の文字は全て浮いているようだった。
「ここって面白いかも」
「レイアよ、小さくしてよいぞ」
私たちがギルドに入り、ギルド内をキョロキョロしていると、職員が声をかけてきた。
「ビーストテイマーのレイアさんで間違いありませんか?」
「は、はい」
「あ、ごめんなさい。私は『ヘレス』です。ここで受付をしています」
「D級のレイアです」
「それでレイアさん、ギルドマスターがお会いしたいそうです」
「わ、わかりました」
「ではこちらへどうぞ」
──ギルドに入ってすぐにギルドマスターと話すって、まだここに来たばかりだし、なにもしてないんだけどなぁ…。
ギルドマスターの部屋に入ると、そこにはエルフの女性が待っていた。耳が長く、金色の瞳を持ち、肩にかかるほどの長さの金髪。背は私より少し高い程度。
「呼びつけてごめんなさい」
「D級のレイアです」
「ここのギルドマスターの『ロマリス』です」
「なにか用ですか…?」
「直接お会いしたかったのです。ビーストテイマーさんは珍しいですからね。どうぞ、おかけください」
「は、はい」
私はソファに座る。パーラを私の横に降ろし、タマモはパーラの横に鎮座する。ピーちゃんは特等席、ハドックはソファの後ろに立ち、小さくなっているケリュスは私の座るソファの隣に横たわる。私たちが腰を落ち着けるまで、ロマリスの視線はピーちゃんに注がれているように感じた。
──ピーちゃんってやっぱり珍しいのかなぁ?
「レイアさん、単刀直入にお聞きしますが、ジュエルレーンディアの角はお持ちですか?」
「は、はい」
「売っていただけませんか?」
「あの」
「はい」
「私が角を持ってるってどこで聞いたんですか?」
「レイアさんがジュエルレーンディアを使役モンスターとして登録したことは、すべての冒険者ギルドが知っていますよ」
「え?」
ロマリスは理由を説明する。使役モンスターの情報だけでなく、どこでどのような依頼をこなしたか。冒険者の昇級などは全てのギルドに共有される。
「つまり、今のレイアさんは非常に優秀な素材を持つモンスターを使役している、ということになります。それも危険を冒す必要なしに」
──だからテイルさんは全部買い取った方がいいって言ってたのかぁ。
「パーラ、あれ出して」
パーラは半分だけになった角を取り出す。それを見たロマリスは目を輝かせているが、同時に疑問もあるようだった
「根元の部分はどうしたのですか?」
「えっと、マーゲンのギルドで根元から半分は売りました」
「それに少し折れていますね」
「それは元々折れてました」
「これは片側の角ですよね?もう片側はありませんか?」
「あ、ありません…」
その時、パーラが一つの袋を取り出す。それは赤のかけらが詰まった袋だった。
「私がここに来たのはこれのためなんです」
「拝見いたします」
私はロマリスに袋を手渡す。ロマリスが袋を開けると、ケリュスの角を見た時と同じか、それ以上に目を輝かせた。
「赤のかけらではありませんか!レイアさんがダンジョンを攻略したとの情報はありましたが、まさかこのようなものをお持ちとは。他にはなにかお持ちですか?」
「他にはゴブリンとオークとトロールの角があります」
「そちらも買い取りいたしましょうか?」
「角はエルフ国か鬼人国がいいって言われたんですけど…」
「そうですね、その方がいいと思います。ではこちらの赤のかけらは買い取りということでよろしいですか?それから、こちらの折れた角の残りも」
「どれくらいになるんですか?」
「角の価値はある程度おわかりだと思います。仮に角が完璧な状態であっても、赤のかけらの方が価値は上になります」
「え!?」
ロマリスは再び説明をする。ジュエルレーンディアは特殊個体だが、倒すことなく森に落ちている角を拾うことで素材を得ることが可能。しかし、ダンジョンコアのかけらについては最奥にいるモンスターを倒す必要性があるため、そこまで取れるものではない。そして、ダンジョン自体がいつどこに出現するかわからず、それが何色のダンジョンになるのかわからないため、非常に難しいという。
ダンジョンをギルドの管理下に置いてモンスターの素材を取ることもあるため、ダンジョンコアのかけらそのものの流通量は少ない。
「じゃあその二つをお願いします」
「ありがとうございます!では明日の朝、ギルドまで来ていただけますか?それまでに報酬を用意しておきます」
「はい。あの、ここで私たちが泊まれる宿屋はありますか?」
「どこの宿屋でも大丈夫だと思いますが、冒険者がよく使っている宿屋の地図を描きましょう」
「ありがとうございます」
私はロマリスから宿屋の地図を受け取り、部屋を後にする。そして受付まで戻り、ヘレスに話しかける。
「レターセットが欲しいんですけど」
「レターセットですね、少々お待ちください」
私はレターセットを買い、あやかに手紙を出してから地図に描かれた宿屋に向かう。宿屋に着くと、店主の男性が驚きながら迎えてくれた。案内された部屋はとても広かった。マーゲンで泊まった部屋より手狭だが、ケリュスが元の大きさに戻っても問題ない広さ。部屋には普通サイズのベッドが三つとソファが一つ。ソファの前には低めのテーブルが一つ。そして丸いテーブルが一つに一人掛けのイスが二つ。
「広いね」
「広い!」
「ベッドの数が多いですね」
「狭い方が警備しやすいのですが…」
「狭い広いの前に私たちが大人数なのよね」
「元の大きさに戻ってもよさそうだ」
「ケリュスはまだそのままでお願い。寝る時は元に戻っていいから」
私は中央のベッドを使い、右のベッドにピーちゃんとタマモ。小さなケリュスは空いている床に横たわる。ハドックは私のベッドの足元に立ち、パーラはソファに居座るようだ。みんなの寝床が決まったところで、私たちは散策に出掛ける。外は日が落ちかかり、規則正しく並ぶ街灯が薄っすらと灯っている。
「なにしようか?」
「ご飯?」
「ご飯にはまだちょっと早いけど、なに食べる?」
「おいしいの!」
「おいしい方がいいよね」
私たちは夕食を取り、宿屋に戻った。翌日、私たちは宿屋で朝食を取るため食堂に向かう。食堂は入り口の近くにある大きな扉の先。大きな扉を開けると、そこにはとても広い空間が広がっている。
──え?この宿屋ってこんなに広くないよね?私たちが泊まった部屋も広すぎる気がしてたんだよね。
私は疑問に思いながら朝食を取り、その後はギルドに向かう。
「レイアさん、おはようございます」
「ヘレスさん、おはようございます」
「ピー!」
「ギルドマスターがお待ちですので奥までどうぞ」
私たちがギルドマスターの部屋に入ると、ロマリスはお金が詰まっているであろう袋と一緒に待っていた。
「レイアさん、おはようございます」
「おはようございます」
「こちらが昨日の買取額です」
「あの…、内訳は…?」
「赤のかけらが袋五つ分、角は袋二つ分には足りませんでしたが、これだけの買い取りなので少しだけおまけをさせていただきました」
「あ、ありがとうございます…」
私はパーラに七つの袋を渡し、収納してもらう。
「角やかけらがありましたらまたお持ちいただけませんか?」
「他のギルドでも売れますよね?」
「もちろんです。ですが昨日も申し上げた通り、レイアさんの情報はすべてのギルドが把握しています」
「それって…」
「どこのギルドに行ってもジュエルレーンディアの角について尋ねられると思います。それだけ万能な素材なのです」
「万能って、どういう使い方をするんですか?」
「そうですね…。簡単なところですと、薬の品質向上や武器を作る時に混ぜ込むこともあります。それから魔法具の素材ですね」
「角ってどれくらいで生え変わるかわかりますか?今は半分ぐらい生えてきてるんですけど」
「特殊個体ですから詳しいことはわかりません。一般的なレーンディアであれば、年に三回から四回ほどです」
──年三回から四回?ケリュスの角は伸びるのも早いし、もっと早いペースで生え変わるかも?
私たちはギルドマスターの部屋を後にする。そして依頼掲示板の前まで戻り、ここでの依頼を確認。
「どんな依頼があるかなぁ」
ここの依頼はいつも通りだった。薬草採取に討伐依頼、モンスターの素材回収等、上から下まで全てのランクに依頼があり、私はD級の薬草採取の依頼を受ける。
「薬草採取の依頼ですか?」
「はい、お願いします」
「レイアさんはこのギルド、いえ、アルカディアは初めてですよね?」
「初めてです」
「では少し説明しますね。北門から少し歩くと、すぐにD級とC級の縄張りに入ります。縄張りが変わるあたりに街灯が並んでいるので目印にしてください。それからレイアさんにお手紙です」
「ありがとうございます!」
私はヘレスから手紙を受け取る。手紙はあやかからで、内容は私を心配するもの。それもかなり心配している様子の手紙。
──あやかさんは心配しすぎじゃないかなぁ?面白いところなんだけどなぁ。
私はパーラに手紙を収納してもらい、ギルドを後にする。北門に向かう道中、アルカディアの北西に大きな建物がそびえ立っているのが見えた。それはアメリが言っていた魔法学園。白を基調とした美しい建物だった。
「あれが魔法学園かぁ」
魔法学園を横目に平原を進む。ギルドで説明を受けた縄張り付近に立っている街灯は、北門からも視認できるほどの距離にある。私たちは街灯まで歩く。
「みんな、ここから先は敵が強くなるから気をつけてね」
私は杖を立て、魔力を込める。
「サーチアイ!」
都市側の平原にモンスターの気配はほとんどなく、街灯を越えた先には多くの気配を感知し、視認できる大きさのモンスターも存在する。しかし、私たちの受けた依頼はあくまでも薬草採取。無駄な戦闘を行う必要はない。
「集まっちゃった…」
「それだけでよいのか?まだたくさん生えておるぞ?」
「も、もう大丈夫…」
──雑草に埋もれててどこに生えてるか全然わからないんだけど…。
お昼にはまだ早すぎるが、ケリュスのおかげで薬草採取も終わり、何をするか考えながら街灯あたりまで戻る。
「なにしようか?」
「ご飯?」
「ピーちゃん、ご飯にはまだ早すぎるよ」
「レイアさん、一度ギルドに戻って報告するのはどうですか?」
「そうだね、戻ろっか」
私はタマモの提案に乗り、ギルドに戻る。
「あの、これお願いします」
「え?もう戻ってきたんですか?」
「は、はい…」
「か、確認します」
薬草を渡すと、ヘレスは確認作業に入る。驚きの早さで戻ってきたので、ヘレスは相当驚いている。
「確かに揃ってますね。では、こちらが報酬です」
「ありがとうございます」
「レイアさんはこれからまた依頼を受けますか?」
「どうしようか悩んでるところです」
「ギルドマスターからレイアさんが依頼から戻ったら部屋に通すようにと言われていまして」
「今行ってもいいんですか?」
「大丈夫だと思います」
私たちは再びギルドマスターの部屋まで行く。入室を許可されて中に入ると、ロマリスが待っていた。
「朝なら何度も呼びつけてしまい、申し訳ありません」
「なにか用ですか?」
「レイアさんに依頼があります」
「なんですか?」
「これを魔法学園に届けてほしいのです」
そう言いながらロマリスが取り出したのは、買い取ってもらった赤のかけらとケリュスの角。どちらも買取の半分程度の量だった。
「どうして私なんですか?」
「学園長の指名です。昨日連絡をした時、売った冒険者に届けてほしいと言われまして」
「それで私が?」
「ビーストテイマーということを話してしまったことが原因の一つだと思います」
「届けるだけでいいならやります」
「ありがとうございます。それで少し忠告なのですが、学園長は決して悪い人ではありません。癖が強いと言いますか、言葉が強いと言いますか。それから、ギルドを通さない売買を持ちかけられても断るようにしてください」
「わかりました」
「できれば今日中、午前中にはここへ報告に来ていただけると非常に助かります」
「わ、わかりました」
私は荷物と二通の手紙をパーラに収納してもらい、ギルドを後にする。魔法学園はアルカディアの北西。北西には魔法学園専用の街道があり、専用の門も作られている。私たちはそこへ向かい、預かった手紙の一通を門番に見せる。
本来この専用街道は、関係者以外は通ることができない。しかし今回はギルドからの依頼、それもギルドマスターであるロマリスからの手紙なので問題なく通ることができた。専用街道は都市と同じように防御膜で覆われている。危険なモンスターが出る可能性は低いが、念のためらしい。
誰ともすれ違うことなく学園の前まで来ると、巨大な門が私たちを出迎える。魔法学園の門番にロマリスからの手紙を見せると、巨大で重厚な門は何の抵抗もなく滑らかに開いていった。
──魔法学園ってすごいなぁ…。
門の開いた先には、私よりやや背の低い女の子が立っていた。細身で赤みがかった色の長髪から長い耳が顔を出し、黄色がかったピンク色の短いローブ。ローブの下にはシルクのように滑らかな白のブラウス。黒のショートパンツに茶色のロングブーツ。そして特徴的だったのは、茶色を基調に金色や緑色が入り混じり、角度や光によって変化する複雑な瞳。
「おぬしがレイアか?」
「は、はい」
「ロマリスの言う通り、見たことのないモンスターばかりじゃな。しかしその頭のは…」
女の子が最後に何か言ったように思えたが、私には聞こえず、気になっていることを尋ねる。
「もしかして学園長?」
「そうじゃが?」
「す、すみません!あの、その、小さかったので…」
「気にするでない。ここではなんじゃ、わしの部屋までついて参れ」




