3-0.5:ミゼル視点
十三年前のある日、腕の中に初めて抱いた娘の温もりは今でも忘れられない。「レイア」と名付けた娘は、俺たち夫婦にとってなによりの宝だ。ただ、生まれた時から心臓のあたりに小さなアザがあってな。医者にも原因はわからないと言われ、妻の「ハンナ」と二人、少し不安を抱えながらもこの子の健やかな成長を願っていた。
そしてレイアが生まれたのと時を同じくして、どこからともなく一羽の丸々とした黄色い鳥が、俺たちの住む村に現れたんだ。全身が鮮やかな黄色で、首周りは緋色。頭からはひょろりと長い飾り羽が一本。
どこからどう見てもファーストバードというモンスターにそっくりだったが、人懐っこいやつで、生まれたばかりのレイアのそばを離れようとしなかったな。村の連中はいつしかそいつを「ピーちゃん」と呼ぶようになった。
ただこのピーちゃん、なかなかのお騒がせ鳥でな。感情が高ぶると、小さな体からは想像できないほど強力な火を吐き出しやがるんだ。まあ本人に悪気はないようで、慌てて自分で火を消そうとしたり、しょんぼりしたりするんだが。それでも洗濯物やら野菜やらが何度丸焦げにされたことか。
だが困ったことばかりじゃない。ピーちゃんには妙な力があるみたいでな。あいつの体に触れているとじんわり心地よく温かいんだが、どうやらそれだけじゃないらしい。病気で熱を出した子供がピーちゃんを抱いていたらみるみる元気になったとか。かすり傷ぐらいならあっという間に治っちまうとか。そんな話が聞こえてくるようになった。
「あの火は燃やすだけじゃない、なにか特別な力が宿っているのかもしれないな」
いつしか村の連中もあいつをただの厄介鳥じゃなく、不思議な守り神かなにかを見るようになっていった。
レイアはそんなピーちゃんと一緒に元気に育っていった。いつも一緒で、片時も離れなかった。俺もハンナも、いつしかその光景を微笑ましく見守っていた。
レイアが大きくなって家の手伝いを始めた頃、ハンナがレイアに魔法を教えていたな。火起こしや水出しといった生活魔法はレイアもそれなりにこなし、日々の暮らしに役立てていた。ただ、戦闘で使えるような魔法の才能はなかったらしい。
ちなみに剣術を教えたこともある。これでも俺は元冒険者だからな。もちろんそっちの才能もなかった。魔法と同じであまり向いてなかったんだな。
そんなレイアが、時々空を眺めていることがあった。そこになにかがいるかのようにじっと空を見つめていた。隣にいるピーちゃんも同じようにじっと真剣な眼差しで、レイアと同じように空を眺めていたのを今でも覚えている。
そしてレイアが十歳になった日のことだ。突然胸を押さえて苦しみだしたかと思うと、胸のアザが淡く光り始めたんだ。何事かと駆け寄ると同時に、そばにいたピーちゃんまでもが眩い光に包まれ、俺とハンナはなにがなんだかわからず、ただ立ち尽くすしかなかった。やがて光が収まると、レイアは唖然とした顔で俺たちを見て言ったんだ。
「父さん、母さん…。ピーちゃんの言葉がわかるようになってる」
最初は熱があるんじゃないかと疑ったさ。だがその日を境に、レイアとピーちゃんのやり取りが明らかに変わったのがわかった。俺たちには相変わらず「ピー!」としか聞こえなかったが、レイアはその鳴き声に頷いたり、答えたりするんだ。
時には二人で顔を見合わせて笑ったり、真剣な顔で話し込んだり。どうやらあの光の中で、二人の間には俺たちには計り知れない特別な絆が結ばれたらしい。ピーちゃんがレイアの頭の上を特等席にし始めたのもこの頃からだ。
魔法や剣の才能に恵まれなかったことで、心のどこかで冒険者になることを諦めかけていたレイアの姿を、俺はずっと見ていた。だがピーちゃんとの絆という、誰にも真似できない特別な力を手に入れたことで、俺は一つの道を示した。
「レイア、お前には他の誰にもない力がある。ピーちゃんとの絆だ。魔法使いや剣士だけが冒険者じゃない。数はほとんどいない珍しい職業だが、モンスターの力を借りて共に歩む『ビーストテイマー』という道もある。その力を活かして冒険者になるのはどうだ?」
俺だって冒険者だった。魔物に襲われ、命からがらこの村の近くまで逃げ、当時はまだかなり若かったハンナに助けられたのが馴れ初めになる。冒険の厳しさも、その先にある喜びも知っているつもりだ。
俺の言葉にレイアの目が輝いたのは忘れられない。レイアの頭の上にいたピーちゃんも、まるで同意するように力強く翼をバサバサさせていたな。その日から旅立ちの日に向けて、俺はレイアに冒険者としての最低限の知識と技術を教え始めた。
村の近くに現れる小型モンスターを俺が手本を見せながら倒し、レイアにはそのモンスターから素材を切り取らせたり、解体の手ほどきをした。最初は血の匂いや内臓の感触に顔をしかめていたレイアも、ピーちゃんに励まされながら徐々にナイフさばきも様になっていった。
引き続き解体の仕方や野宿のコツなど、冒険の役に立つことを叩き込む。ハンナはレイアが生活魔法を野宿でも使えるよう、より実践的な使い方を改めて教えていた。
そしてレイアが十三歳になった翌日、旅立ちの日が来た。レイアは銀色の長い髪を三つ編みにし、三つ編みの先端には赤いリボンを結び、若草色の瞳は希望に満ち溢れているように見えた。緑のケープを羽織り、小麦色の肌を見せた茶色のトップスにショートパンツ。足元にはこげ茶色のショートブーツ。背中には俺たちが準備した保存食やわずかなお金を詰めた少しくたびれた革の鞄を背負い、腰には俺が手入れをした解体兼護身用のナイフ。
「行ってきます!」
「ピー!」
俺やハンナ、村のみんなに見送られ、レイアはピーちゃんを頭に乗せてしっかりと前を向いて歩き始めた。
小さな背中がやけに大きく見えた。寂しくないと言えば嘘になる。だが、娘が、レイアが決めた道だ。レイアなら、ピーちゃんと一緒なら、きっと大丈夫だろう。
「でかくなりやがって…」




