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2-7:傷跡

 話し合いが終わり、王様はベルを鳴らす。すると、私たちを案内してくれた燕尾服の男性が部屋に入ってきた。王様は私たちが城に一泊することを伝えると、燕尾服の男性と入れ替わるように一人のメイドが入室。アメリのお世話をしているメイドらしい。


「アメリ様のお世話をしております、『ナナ』と申します」

「レイアです」


 私たちはアメリとナナの後についていく。着いた先はアメリの自室。アメリの自室からは水産都市アクアハーバーと海が一望できる。太陽が海を照らしてキラキラと輝き、かすかな潮の香りと波の音、そして小さく聞こえる市場の活気が混ざり合い、素敵な眺めを生み出していた。私たちはその絶景に言葉も出ず、バルコニーから目を輝かせながら外を眺める。その後ろで部屋の中を見回し、警備の仕方を考えているハドックが立っていた。


「アメリ、…様ってお姫様だった、…んですね」

「レイアさん、今までと同じで構いません」

「あ、うん。ここから見てたの?」

「はい」

「ここからならよく見えそうだね」


 私がアメリと話していると部屋の扉がノックされた。アメリが入室を促すと、入ってきたのはナナ。お茶とお菓子を持ってきたようだ。二人分にしてはやや多いお菓子の量と、多めに用意されたカップをワゴンに乗せてナナは入室し、扉を閉める。


「どの程度ご準備すればよいかわからず、申し訳ございません」

「あとはわたくしがやりますのでナナは下がってください」

「かしこまりました」


 ナナが退室すると、アメリが私たちにお茶を淹れる。


「お茶はいくつ必要ですか?」

「二つかな」


 アメリはカップを三つ用意し、お茶を淹れる。三つのカップにお茶を淹れ、テーブルにお菓子を置くと、アメリもイスに座る。一息ついたところで、アメリは私たちに謝罪を述べた。


「レイアさん、この度は大変申し訳ありませんでした」

「え?なにが?」

「お世話になったことや召喚状まで…」

「気にしなくていいよ。私も楽しかったし、王様の話も聞けたから」


 その後、私はお姫様としてのアメリの生活やお城という場所についての話を聞く。


──お姫様も大変なんだなぁ。私には無理そう…。


 話をしていると、アメリが思い出したかのように、連れていきたい場所があると言う。その場所はアメリの部屋から見えるということで、私たちはバルコニーに出た。


 お城の広大な庭の海岸側に、巨大なお皿のようなものがあった。私たちはアメリの部屋を後にし、庭に出て、お皿のあるところまで移動する。近くまで行くとその巨大さがよくわかる。そして、このお皿を含めた周辺全体が祭壇のようになっていた。


「これは?」

「これは『緋炎の祭壇』と言います」

「ひえんのさいだん?」


 すると、アメリは「緋炎神話」について語り始めた。


「この祭壇にはフェニックスが炎を灯すと言われています。その炎は五百年近く燃え続けたのちに消えるそうです。今から十数年ほど前まではここにも炎があったと聞いています。そして炎が消えるとフェニックスを連れた巫女が現れ、再度ここに炎を灯すそうです」

「へえ」

「それで、レイアさんにお願いがあります」


 アメリのお願いというのは、この巨大なお皿に向かってピーちゃんに炎を使用してほしいというもの。眺めの良いアメリの自室から小さな火の鳥が見え、それがフェニックスだと思ったらしい。


「オクトパスリーダーを倒した時に小さな火の鳥が見えたのですが、それはピーちゃんですか?」

「そうだけど、ピーちゃんはファーストバードの特殊個体ってだけだよ?それに私だって…」

「それでも構いません、お願いできませんか?」

「ピーちゃんどうする?」

「ピー!」

「なにも起こらないらしいけどやるって。ピーちゃん、炎は少し抑えてね」


 ピーちゃんは大きな祭壇に小さく炎を吐く。しかしピーちゃんの言った通り、何も起こらない。少し期待していたアメリは落ち込んでいるようだった。


「なにも起こらなかったね」

「はい…。申し訳ありませんでした…」

「なんか期待させてごめん」

「レイアさんが謝る必要はありません。私が勝手に期待していただけですので」


 私たちは再びアメリの部屋に戻る。部屋に戻る途中、ナナとアメリが夕食について相談すると、夕食はアメリの部屋に運ばれることになった。それと同時に、私たちとアメリはアメリの母親である王妃様の部屋へ呼ばれていた。


「王妃様ってアメリの母さん?」

「はい。私が城を抜け出したことを知って体調を崩してしまったようで…。私が戻ってからは少しずつよくなっていますが、もう少しかかるようです…」


 王妃様の部屋に入ると、大きなベッドの上でクッションを背もたれのように使用している、やや顔色の悪い女性が座っていた。


「あなたがレイアさんですか?」

「はい」

「この度はアメリをありがとうございました」

「私はなにも…」


──うーん、元気なさそうだなぁ。体調ぐらいだったらピーちゃんを抱いてればすぐよくなると思うんだけど…。


「あの…、この子を抱いてみてください。温かいので」

「え、ええ。優しい温かさですね。それに…」


 王妃様はピーちゃんを撫でながら笑顔になる。アメリと王妃様が話をしている横で、私は王妃様の顔色をうかがっていた。短い時間しか経っていないが、ピーちゃんを抱く前よりも幾分か顔色が良くなっているように見える。しばらくすると、部屋の扉がノックされた。王妃様が入室を許可すると、入ってきたのはナナだった。


「アメリ様、夕食のご準備が整いました」

「わかりました。お母様、これで失礼いたします」

「ええ。レイアさん、ありがとうございました。元気になったように感じます」


 私は王妃様からピーちゃんを受け取り、王妃様に頭を下げて部屋を出る。アメリの部屋に入ると夕食の準備が整っていた。事前に相談をしていたので、数や量に問題はない。夕食を食べ始めると、パーラが思い出したかのように一つの包みを取り出す。


「パーラ、それは?なるほどね」

「それは?」

「アメリと食べるはずだったご飯」

「あ…。その節は大変申し訳ありませんでした」

「謝らなくていいよ。それより、これ食べない?パーラが収納してたからまだ温かいよ」

「夕食を残してしまうことになりそうですけど…」

「残ったらパーラが全部食べるみたいだから残らないと思うよ」

「レイアさんも半分食べませんか?」


 アメリ用に余っていたパンは私とアメリで半分ずつ食べることになった。ピーちゃんが物欲しそうな顔をしていたので、私の分をさらに半分にして食べさせた。


 夕食後はお風呂。アメリの部屋の扉の先にはお風呂があった。大きな湯舟には豪華な装飾が施されている。どうやってお湯を作るのか見ていると、アメリが魔法でお湯を作り始めた。


「アメリって魔法使えたんだ」

「はい。黙っていて申し訳ありません…」

「そんなことないよ。お湯いいなぁ」

「これが出来ないと寮に入る時に大変なので」

「寮って?」


 アメリは、魔法国クジナスにある全寮制の魔法学園に来年から通うという。アメリはそのままお湯を注ぎながら、お城を抜け出した本当の理由を教えてくれた。


「私がレイアさんと同じ部屋で就寝した日、寝る前に尋ねたことを覚えていますか?」

「強くなるとか不安とかだっけ?」

「はい。レイアさんは一度も私の顔の傷跡について質問しませんでした」

「ギルドにはそういう人がいっぱいいるからね」

「これを見て嫌な顔をしなかったのはレイアさんが初めてでした」

「その傷跡が嫌なの?」


 アメリは傷が出来た経緯をおもむろに話し始める。魔法訓練中に起きた事故だったそうだ。その後、高いポーションや治癒魔法を使える人に見てもらうも、今の状態より良くならなかったと言う。


──うーん…。ピーちゃんなら治せるのかな?タマモの傷はできたばかりの傷だったから治せたのかなぁ。治せるなら治してあげたいけどなぁ。


「ピー!」

「じゃああとでね」

「なにをなさるのですか?」

「それは秘密」


 私はアメリと一緒にお風呂に入る。すると、アメリは私の胸にあるアザについて尋ねてきた。


「レイアさんのそのアザは、どうされたのですか?」

「これは生まれた時からあるんだって」

「生まれた時から…」

「でもアメリと違って服で隠れるし、それに…」

「それに?」

「あ、ううん、なんでもない」


 お風呂から出た私たちはピーちゃんに髪を乾かしてもらい、パーラに髪を梳かしてもらう。私はナナが事前に用意していた客人用の寝間着を着用し、ボタンを留める。サラサラとした生地でとても着心地が良い。寝る場所はアメリの寝室にある大きなベッドで一緒に寝ることになっている。


「レイアさん、先ほど言っていたことは?」

「うん。その…、アメリの顔の傷跡を治せるかもしれないと思って」

「え!?」

「驚くよね」


 アメリは顔の傷跡に沿って指先を動かす。傷跡を撫でるその指先には、悲しみや諦め、そしてわずかな希望と絶望が混じっているように見えた。アメリは指先を傷跡から離し、ゆっくりと口を開く。


「…どのようにして治すのですか?」

「ピーちゃんが治してくれるって」

「ピー!」

「レイアさん、今まで数々の薬や治癒魔法を試してきたことはお話したと思います。ですから…」

「私も治せるかわからないんだよね。でもピーちゃんが治せるって言ってるから、私はそれを信じてる」

「わかりました。わたくしもレイアさんとピーちゃんを信じます」


 アメリをベッドに寝かせようとすると、パーラがマジッククロスを私に渡す。この中で治した方が良いとパーラは判断したようだ。マジッククロスを引っかける場所を探すが、かけられるところがなさそうだったので、ハドックの担ぐ斧の突起にかける。私たちはハドックの背中から出入りするような形となった。


「ハドック、ごめん。うん、わかった。タマモ、お願い」

「コン!」


 ハドックが完全に動けなくなってしまったので、何かあった時のためにタマモを外に残してほしいとのこと。


「レイアさん、これは?」

「これは…、本当は誰にも見せちゃいけない魔法具だから秘密にしてほしいんだけど…」

「わかりました」

「じゃあ入ろう」


 ファスナーを開け、中に入る。入るのは私とピーちゃん、パーラ、そしてアメリ。私が初めてマジッククロスに入った時のように、アメリは驚いていた。


「これは…」

「すごいよね、これ」

「はい…。このような魔法具が存在するなんて…」

「秘密にしてね?」

「必ず」


 驚くアメリに、部屋の中を回ってどんな物があるのかを教える。すると、アメリは驚いた表情のまま私に尋ねる。


「わたくしのベッドより大きなものが二つ、それに大きなお風呂…。レイアさんは本当に冒険者なのですか?」

「そうだけど…」


 私は普段みんなが使うベッドにアメリを寝かせる。


「えっと、終わるまで目を開けちゃダメってピーちゃんが言ってるからお願いね」

「わかりました」


 アメリが不安そうに目を閉じると、ピーちゃんはアメリの顔の横に陣取る。そしてゆっくりと翼に炎を纏い、顔にある大きな傷跡を撫でていく。炎の翼で撫でられるアメリは熱そうな表情ではなく、心地よさそうに見えた。


 ピーちゃんは何度も傷跡を撫でる。撫でるたびに傷跡が少しずつ薄くなっていくように見えた。わずかに赤みがかった傷が薄れ、周りの肌の色に溶け込んでいく。最後の一撫でが終わった時、大きな傷跡は綺麗に消え、ピーちゃんは静かに炎を消した。


「ピー!」

「ピーちゃん、お疲れ様。もう目を開けていいよ」

「はい…。え?」


 アメリは期待していなかったように、指先で傷跡のあった場所を触る。しかし、もうそこに傷跡はない。アメリは傷跡を探すように両手で顔を触り始め、傷跡がどこにもないことが信じられないのか、洗面所へと駆け出した。


 私たちがアメリの後を追って洗面所まで行くと、アメリは硬直していた。あらゆる治癒を行っても消えなかった傷跡がいとも容易く、短時間で治ってしまったのだ。アメリは鏡に映った顔を念入りに確認していた。


「アメリ、大丈夫?まだ残ってる?」

「…」


 アメリが振り返ると、その瞳には涙が蓄えられていた。そして無言のまま私に抱きつき、泣き出す。私はアメリが泣き止むまで頭を撫でた。ひとしきり泣いた後、アメリは私から離れ、感謝を述べる。


「レイアさん、なんとお礼を申し上げればよいか…。ありがとうございます」

「私はなにもしてないよ。頑張ったのはピーちゃんだから」

「ピーちゃん、ありがとうございました」

「ピー!」

「じゃあ戻ろっか」


 私たちはマジッククロスから出る。そしてファスナーを閉め、パーラに収納してもらった。


「タマモもハドックもありがとう」


 アメリのベッドに移動し、寝ることにした。マジッククロスを出た後も、アメリは傷跡が治ったことが真実なのかと傷跡のあった場所を何度も触っていた。


「アメリ、大丈夫?」

「は、はい。傷跡がなくなったことが信じられなくて…」

「できたらピーちゃんが治したことも秘密にしてほしいんだけど…」

「それは構いませんが、わたくしの顔を見れば嫌でも気づくかと」


──…そこまで考えてなかった。まずい…。夜のうちにお城から抜け出す…、のはダメだよねぇ。どうしよう…。


「レイアさん?」

「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてて…」

「レイアさんになにかお礼を考えているのですが、欲しいものはありますか?」

「あ、じゃあ明日、お城から安全に出られるようにしてほしいというか…」

「レイアさんはお客様なのですから特に問題はないと思いますが」

「その…、傷跡を治したことで出られないかと思って」

「お礼はあるかもしれませんが、出られないということはあり得ません。第一、私が許しません」

「なら安心して寝られそう」


 アメリのベッドに私とアメリが横になる。ピーちゃんとタマモは私とアメリの間で丸くなる。パーラは広いベッドの下の方で私たちの邪魔にならない位置で眠り、ハドックは寝室の扉と窓、どちらから襲われても対応できるような位置に立っている。


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