2-3:沖合にて
パーラから言われた物の補充を済ませ、私は魚の厳選に入る。砕氷の上に寝かされた色とりどりの魚。その全てが新鮮で美しい輝きを放っている。しかし種類が多く、何を選べばいいのかわからない。
──うーん、なにがいいのかわからないなぁ。とりあえず焼けば食べられそうなんだけどなぁ。
頭上のピーちゃんも魚の多さに首を傾げながら迷っている。私たちが迷っていると、白髪で物腰の柔らかい年老いた男性が声をかけてきた。
「お嬢ちゃんが最近氷を作ってくれてるビーストテイマーかい?」
「他にビーストテイマーの人がいなければ私たちです」
「そうかい。わしは水産ギルドのギルド長で『ジルザ』というものだ」
「私はレイアです」
「さっきからうろうろしてるように見えたけど、どうしたんだい?」
私が何をしていたのかを伝えると、ジルザが魚を見繕ってくれるという。今まで食べた魚を聞かれたので、ブルからもらったものとお店で買った揚げ物だけだと伝えると驚きの答えが返ってきた。
「生はまだかい?」
「生で食べられるんですか!?」
「そりゃあ漁港だからね。新鮮そのものだよ。じゃあ生魚にするとして、量はどれくらい食べるんだい?」
「えっと、多分たくさん食べます」
「よし、少し待ってなさい」
そう言って、ジルザは市場でいくつかの魚を持ってどこかへ消えていった。魚を見ながら待っていると、ジルザが大きな箱を持って帰ってきた。箱を開けると、砕氷が敷き詰められ、その上には大きな皿が一枚。大きなお皿には、花が咲いたかのように一口大の切り身が盛り付けられていた。
「お花みたい!」
「お花か。そうかもしれないね。どれも今さばいたばかりだから新鮮だよ」
「これはいくらになりますか?」
「いつもお世話になってるからね、安くしておくよ」
「ありがとうございます!」
私はお金を支払い、箱を受け取る。家に着くとみんなは待ちきれない様子。まだ夕食にするには少し早かったが、私も気になっていたので早めの夕食となった。箱から大皿を取り出し、みんなのお皿に三種類を取り分けていく。
「おいしい!」
「おいしいです」
「おいしいけど、今一つってところね」
「パーラはおいしくないの?」
「そうじゃなくて、味が足りない感じがするのよね。調味料があるといいんだけど」
「塩ならあると思うよ?」
パーラは塩を取り出し、少しつけて食べる。すると、驚いたように塩をつけることを私たちに勧める。
「少しつけて食べてみなさい」
パーラは私たちの皿に少量の塩を出す。言われた通りに少し付けて食べると、魚の持つ旨味がより深く感じられる。
「おいしい!さすがパーラ!」
「パーラすごい!」
「すごいです!」
「ふふん」
大皿に残っていた切り身は、私以外の三人の口に吸い込まれ、夕食を終えた。その後、片付けをしながら私はパーラと話をする。
「レイア、調理器具より調味料を増やした方がいいんじゃない?」
「そうだね。塩より合うのがあるかもしれない」
私とパーラは調味料を探すことに決め、寝る準備を始めた。翌日、朝食を取った後はいつも通り水産ギルドへ。しかしいつも活気で溢れる市場が、今日は様子が違った。漁港には水産ギルドに所属する魔法使いや多くの冒険者が集まっている。その中にはキュラスとジルザの姿もあった。
「おはようございます。なにかあったんですか?」
「ああ、レイアか。おはよう」
「レイアちゃん、おはよう。キュラスさん、レイアちゃんでも無理なのかい?」
「レイアでもあれは無理だろう」
「あれってなんですか?」
キュラスが指さした方向は海だった。防波堤を越えた先の沖合に大型のモンスターが見える。巨大な触手が複数確認でき、大きな丸い頭に濃い赤色をした体をしている。ハドックより大きなモンスターを初めて見た私は、驚愕の声を上げた。しかし、私の驚きに反して、キュラスとジルザは落ち着いていた。
「なんですかあれ!?」
「あれはB級のオクトパスリーダーだ」
「あの色だとだいぶ興奮しているね」
「あの、なんでそんなに落ち着いてるんですか?」
「ああいうのはたまに出るんだよ」
「うちにはエースがいないんだ。運よく倒せそうな冒険者がいれば頼むんだが、今この都市にいる最高戦力はおそらくレイアたちだ」
「やっぱりいなくなるまで待つしかないかね」
「ピー!」
「え?倒すの?無理じゃない?」
「ピー!」
「この子が倒すって言ってます」
私の言葉にジルザとキュラスは驚いていた。しかし、最高戦力が私たちしかいないことが事実ならやるしかない。
「ダメだったらごめんなさい」
「任せてみようかね」
「D級の冒険者にB級の相手をさせるのが間違ってるんだ。失敗しても気にするな」
私たちは少しでも近付くために防波堤まで移動。近付いたことでさらに大きく見えるモンスターに私は少しだけ恐怖を感じる。
「ピーちゃん、どうするの?」
「レイアの支援があれば倒せる!」
「みんなはどう?」
「海の上でなければ倒せると思います」
「海上ではピーちゃん殿が頼りです」
「私は元々戦力外だけど、守りが必要になるかもね」
「タマモとハドックはここからあそこまで攻撃は届く?」
「届くと思います」
「問題ありません」
──ならなんとかなるかなぁ。ピーちゃんの炎で灰になってくれるなら一番いいんだけど…。
私は全員に支援魔法をかける。パーラにはいざという時の盾となってもらうことになった。
「スカーレットコール・フル!」
一気に魔力を消費し、私は少しふらつく。魔法の練習をしているといっても無理をしない程度なので、魔力量も魔法の制御も上達しているようには感じない。ブレスレットを見ると、六つの玉が光りを失っていた。みんなは受けた支援の大きさがわかるのか、私を心配するように顔を見つめていた。
「ちょっと疲れたけどまだ魔力はあるから大丈夫だよ」
「うん!」
ピーちゃんは返事をすると、特等席から飛び立った。そのままオクトパスリーダーの近くまで飛び、触手の一つに特大の炎を浴びせると、丸焦げになった。
──え!?あの炎で灰にならないの!?これはちょっとまずいかもしれないなぁ…。
オクトパスリーダーは触手が丸焦げになったことで、ピーちゃんを標的に定めて攻撃開始。複数の触手を向けるが、ピーちゃんは軽やかに交わす。ピーちゃんの戦闘を見守っていると、ジルザとキュラスがやってきた。
「レイアちゃん、できたらあの触手をきれいなまま倒してくれないかい?」
「倒すだけで精一杯だと思いますけど…」
「そうだ。そもそもレイアに頼める仕事じゃないんだから無茶言うな」
「あの触手はおいしいんだよ」
「レイア、気にするな。討伐だけでいい。報酬も払う」
「うーん…」
私はピーちゃんを呼び戻し、オクトパスリーダーの触手が美味しいことを伝えると、さらにやる気を出した。作戦を伝えている時、オクトパスリーダーが口から大きな水弾を私たちに向けて飛ばす。
「レイア様!」
「ハドック!私に任せて!」
パーラがそう言うと、この場にいる全員を覆って余りある巨大な防御膜が生成された。水弾が私たちの近くまで到達するものの、パーラの防御膜でしっかりと防がれ、この場にいる全員が今の防御膜に驚いているようだった。
「パーラすごい…」
「ほおー、これはこれは」
「防御魔法まで使うモンスターを仲間にしているのか」
「あの、ここは危ないので戻った方がいいと思います」
私の言葉に二人は防波堤から去っていった。二人がいなくなるとピーちゃんは再び飛び立つ。「触手が美味しい」という情報を得たピーちゃんは、体に風をまとい、複数の風の刃を飛ばす。しかし、オクトパスリーダーは風の刃に水弾をぶつけて相殺。
ピーちゃんが得意なのは炎だから風で倒すのは難しいかもしれないなぁ。とりあえず触手のことは無視して倒すことを優先しないと…。
「タマモ、あそこまで光魔法は届く?」
「はい!」
「じゃあ倒れない程度まで魔力を込めて」
「時間をください」
タマモは前足に力を込めると、体の周りに光の粒子をまとい始めた。そして立ち上がった尻尾の先端に光を集めていく。
「レイア様、わたくしにも時間をいただければ」
「わかった」
ハドックもタマモと同じように全身に雷をまとうと、ハドックの持つ漆黒の斧に雷が集まり、青白くなる。
「ピーちゃん!時間稼いで!」
私はピーちゃんに向かって叫ぶ。ピーちゃんは「わかった!」と言うように、炎を少し吐く。時間を稼ぐため、風をまとったまま飛び回り、オクトパスリーダーを翻弄するピーちゃん。しかし、時折飛ばす風の刃は水弾で全て相殺されてしまった。
「レイアさん、そろそろ大丈夫です!」
「わたくしも準備が整いました」
「ピーちゃん!避けて!」
ピーちゃんが時間を稼いだおかげで、タマモとハドックの準備が整った。そして、私はピーちゃんに回避するよう叫ぶと、オクトパスリーダーの真上で高度を上げる。
「二人ともお願い!」
二人にそう叫ぶと、二人は溜め込んだ光と雷を解き放つ。タマモの光線は太く、眩しいほどの輝きを放ちながら、オクトパスリーダーの頭を一直線に撃ち抜いた。それを見たハドックもタマモに続いて攻撃を放つ。青白くなった両刃の斧を勢いよく薙ぎ払うと、バリバリッ!という音を伴い、大きく高密度な雷の刃がオクトパスリーダーに向かって飛んでいった。
ハドックの放った雷の刃はオクトパスリーダーの頭に大きな傷をつけると、雷によって痺れたのか、動きが大きく鈍くなった。巨大な標的が痺れたことを確認したピーちゃんは、一度私たちのところへ戻ってきた。
「レイア!もう少しだけ力をちょうだい!」
「え、でも…。わかった!スカーレットコール!」
私はピーちゃんに支援魔法をかけると、立つことができなくなりその場にしゃがみ込む。ブレスレットを確認すると、光を放つ珠は一つだけ。私がしゃがみ込んだことでみんなが私を心配する。
「少しなら…。みんな、レイアをお願い!」
ピーちゃんは小さく何かを呟くと、みんなに私を任せ、オクトパスリーダーに向かって飛び立った。空中で静止したピーちゃんは小さな体に炎を纏っていく。その炎はピーちゃんを包み込み、球体となった。球体が大きくなるのが止まった瞬間、炎が弾け、中からピーちゃんが姿を現す。
──あれがピーちゃん?翼が炎でできてるように見えるけど…。
ピーちゃんは小さな両翼に炎を纏い、それが翼のように伸びていた。炎の翼を手に入れたピーちゃんはさらに炎を纏う。それはさながら炎の鳥のようになり、そのまま突進していく。ハドックの雷で動きが鈍くなったオクトパスリーダーは満足に触手を動かすことも避けることも出来ず、ピーちゃんの突進を正面から受ける。
ピーちゃんはオクトパスリーダーの頭に突進するとそのまま貫通。貫通した箇所は炎上することはなく、真っ黒に焼け焦げているようだった。ピーちゃんは再び空中で静止し、標的の動きを観察している。
オクトパスリーダーがわずかに動いたことを確認したピーちゃんは、もう一度突進を繰り出す。二度の突進を受けると沈黙し、そのまま海の上に浮いた。オクトパスリーダーが沈黙したことを確認したピーちゃんは全ての炎を消し、私たちのところへ舞い戻る。
「レイア、大丈夫?」
「うん、少し休まないとダメだけど…」
「レイア様、大変申し訳ございません…。そろそろわたくしも限界でございます…。しばし休みます…」
ハドックは斧を置き、その場で跪いたまま沈黙した。
「え?ハドックは魔力使い過ぎたの?タマモは?」
「私は大丈夫です」
「レイア、そうじゃないのよ」
ハドックについてパーラが説明をする。ハドックはアンデッドなので光魔法に弱いことは知っていた。しかしそれは味方の攻撃であってもなのだ。しかも今回は支援魔法をかけた状態での光魔法。さらにあれだけの光線だったこともあり、タマモの近くにいたハドックの魔力が予想以上に削られ、攻撃でも魔力を消費したため枯渇したそうだ。
私はピーちゃんとタマモを撫でる。ピーちゃんは珠八つ分、タマモは珠三つ分の魔力が残っていた。ピーちゃんはしゃがみ込んでいる私の頭に乗り、タマモも心配そうに私に擦り寄る。私は背負っているパーラを降ろし、その場で休むことにした。
「とりあえず倒したから、ハドックが起きるまでここで休もう」
「ハドック、起きる?」
「私も心配です」
「アンデッドだから死なないわ。少ししたら起きるわよ」
私たちが防波堤で休んでいると、キュラスとジルザがやってきた。ここで少し休むことを伝え、後始末を二人に任せた。




