1-15:支援魔法
翌朝、私はいつも起きる時間よりも早い時間に目が覚めた。私が起きたことに気づいたハドックは、まだ寝ている三人に気を使ったのか小声で挨拶をする。
「レイア様、おはようございます」
「うん…、おはよぉ…。あれ?」
「昨日、魔法の練習で突然倒れたのです。覚えておいででしょうか?」
「覚えてない…」
私が倒れた後のことをハドックに教えてもらう。倒れた後のことよりも、私がみんなに心配をかけてしまったことを申し訳なく思った。
──魔力の使い過ぎかぁ。どれくらい使ってるかわかんなくて使いすぎちゃったのかなぁ。みんなに心配かけちゃったけどまだ寝てるし、無理に起こしたくないなぁ。…それにしてもこの部屋、すごい豪華?
寝ているみんなを起こさないよう、なるべく音を立てずにベッドから降り、部屋を物色する。倒れてから部屋に運ばれたので室内がどうなっているのか知らなかった。とても大きなベッドが二つあり、一つは私、もう一つはピーちゃんたちが寝ている。その反対側の壁際には大きめのソファ。部屋の出入り口の扉までの短い廊下の途中には引き戸が存在し、そこを開けると大きな鏡のある洗面所。右手にはお手洗いがあり、左手にはなんとお風呂があったのだ。
私がいつもお世話になってる宿でもこんなに豪華じゃないよ!このベッドも私が五、六人ぐらい寝れそうだし、ここに泊ろうと思ったらものすごく高そう…。あれ、もしかして同じような部屋があと二つある?入った時に扉が三つあったし…。ガイアさんってお金持ち?どこかの王様?
部屋の物色が終わっても三人が起きる気配はなかったので、私は静かに部屋を出る。部屋の引き戸を開けると、長机ではガイアが白いモンスターを撫でながらお茶を飲んでいた。
「あら?」
「ガイアさん、おはようございます。ハドックから聞きました。倒れた私を運んでくれたって。ありがとうございました」
「体はもう大丈夫ですか?」
「大丈夫、だと思います」
「お茶を用意しますからおかけになって」
そう言ってガイアがキッチンに向かうと、白いモンスターも一緒に足元をついていく。私とハドックは部屋から出て、部屋の引き戸をゆっくりと閉めた。ガイアが戻り、私に紅茶の入ったカップを差し出す。砂糖とミルクを少しずつ入れ、紅茶を口にする。熱すぎずぬるすぎず、ゆっくりと体の中に滑り落ち、空っぽの胃袋にじんわりと染み渡っていった。紅茶を飲んで落ち着いた私はガイアに尋ねた。
「今まで生活魔法で倒れることはなかったんですけど…」
「生活魔法で消費する魔力はごくわずかです。魔法としての難易度も低いので、魔力を枯渇するまでには至らないでしょう」
ガイアがそう言い終わると、私のお腹が鳴る。
「…すみません」
「夕食を食べていませんでしたね。すぐ朝食にしますね」
「…はい」
俯きながら顔を真っ赤にして謝罪をすると、ガイアは朝食の準備に向かう。待っている間、まだ残っている紅茶を少しずつ飲んでいると、隣のイスに白い小さなモンスターが乗り、私の方を向いて座る。私はそのモンスターを抱き上げ、ふわふわの体毛を堪能し始めた。
──うわー、タマモの尻尾みたいにふわふわしてる!毛並みはタマモよりいいかも?いやいや、うちのタマモだって負けないんだから!ピーちゃんは毛っていうか羽だからちょっと違うかなぁ。
私が白いモンスターを撫でていると、ガイアは朝食を持って戻る。白いモンスターを抱いているのを見て、ガイアは笑顔で口を開いた。
「うちの子はどうですか?」
「すっごくふわふわでかわいいです。名前はなんていうんですか?」
「『ハッコ』といいます」
「この大きさでピーちゃんより強いなんて」
「あの子はもっと強くなりますよ」
「今でも十分強いんですけど、もっと強くなるんですか?」
「レイアさんが強くなればあの子は強くなると思いますよ」
ガイアは笑顔でそう言いながら、机の上に朝食を並べていく。朝食はパン、スープ、オムレツ、ベーコン、サラダ、イチゴ。一つ一つの量は多くないが非常に充実した内容だった。
「まだ寝ている子もいるみたいですが、どうしますか?」
「ちょっと見てきます!」
私が部屋に戻っても、ピーちゃんたちはまだ寝ていた。無理に起こしたくなかったので、部屋の扉を開けたまま、朝食を取ることにした
──みんな、ごめん。お腹が限界なので先に食べます…。
心の中で寝ているみんなに謝りつつ、私は朝食を食べ始める。朝食を食べ始めると、匂いにつられたのか生活音に気づいたのか、タマモとパーラが起きてきた。
「レイアさん、元気そうでよかったです」
「ちょっとレイア、起きたなら起こしなさいよ。ハドックも」
「レイア様が起こされるのを躊躇われたのだ」
「ふたいおも、んあお」
「それだけ食欲あれば大丈夫そうね」
「そうですね」
「ふたりともおはよう。ピーちゃんは?」
「まだ寝ています」
「そのうち起きてくると思うからご飯食べよう。パーラも食べるんでしょ?」
「食べるわ、おいしいのよ」
タマモとパーラにも同じような朝食が少量ずつ用意された。私が食べ終わるとガイアが紅茶を出してくれた。
「ありがとうございます」
「ふふ、そろそろくるみたいですよ」
「え?」
ガイアが不思議なことを言った直後、ピーちゃんがふらふらと飛んできた。まだ眠そうなピーちゃんに私は腕を伸ばし、胸に抱く。ピーちゃんは眠そうだったが、私の心配をしていた。
「レイア…、だいじょうぶぅ…?」
「ピーちゃん、おはよう。私は大丈夫。ご飯も食べたし」
「よかったぁ、ごはん、たべる…」
ガイアがピーちゃんの分を用意している間、私はピーちゃんを撫でる。ピーちゃんは朝食の匂いにつられたのか、次第に目が覚めていった。そして、ガイアがピーちゃんの分を準備し終えるとピーちゃんは朝食を食べ始めた。コツコツとお皿に当たる嘴の音が心地よい。ピーちゃんが食べ始める頃にはタマモとパーラは朝食を終えていた。
ピーちゃんの食事が終わり、落ち着いたところで私はみんなに謝罪する。しかし、みんなは元気そうな私を見て安堵した様子。
「みんな、心配かけてごめんなさい」
「大丈夫!」
「レイアさんは元気が一番ですから」
「お元気になられたようでなによりでございます」
「元気そうだからもういいわよ」
──みんな優しい。でも魔力量がどれくらいあるかわからないし、また魔法を使いすぎると倒れちゃうかなぁ。
私はガイアにどうすれば魔力量を把握できるか相談する。
「ガイアさん、魔力量ってどうすればわかるようになりますか?」
「魔法使いは自分の魔力がどの程度残っているのか把握しながら魔法を使います。生活魔法しか使ってこなかったレイアさんは、その魔力量の感覚が身に付いていないのでしょう」
そう言って、ガイアは自分の鞄からブレスレットを取り出し、私に渡す。若葉のような緑色をした十個の珠からなる、綺麗なブレスレット。このブレスレットは、光っている珠の数で残りの魔力量がわかるという魔法具だった。私がそれを手首に着けると、全ての珠が緑色に光る。
「全ての珠が光っているので魔力が十分にある状態ですね。可能であれば、珠五つ分を残すようにしておくとなにかあった時に行動できるでしょう。そして、最低でも珠二つ分は残すように心がけた方がいいでしょう」
「ありがとうございます!」
「今日はどうしますか?」
「練習の続きでもいいですか?」
「構いませんよ」
みんなで外へ出ると、入った時と変わらない平原に出る。太陽が眩しく、外で活動するにはうってつけだ。私はガイアから借りた杖を持ち、魔力を込めていく。
「ピーちゃん、いくよ!」
「うん!」
「スカーレットコール!」
私は杖を立てて支援魔法を発動する。すると、杖の先端についている緋色の宝石が輝きだし、その輝きがピーちゃんへと流れていく。緋色の輝きがピーちゃんの小さな体にまとわりつくと、弾けるようにして消えた。
「ピーちゃん、どう?」
「強くなってる!」
ピーちゃんの見た目はいつもと変わらないが、本人はいつもより強くなっていると感じている。ブレスレットを確認すると、一つの珠の光りが弱くなっていることに気がついた。
「今の魔法で、珠半個分程度の魔力を使用したようですね」
「珠半個分ですか」
私がガイアと話をしている間に、有り余る力を得たピーちゃんはすごい速さで空を縦横無尽に飛び回っていた。
──この魔法って確か速さだけじゃなくて全部強化されるんだよね。それにしてもピーちゃん、元気に飛び回ってるなぁ。
「では残りの子たち全員にまとめてかけてみましょう」
「はい!…。スカーレットコール・フル!」
私は再び杖を立て、魔力を込め、支援魔法を使用する。先ほどと同様に宝石が輝き、タマモ、ハドック、パーラの三人にその輝きが流れる。ピーちゃんの時と同じようにそれぞれの体にまとわりついたところで、緋色の輝きは弾けて消えた。
「確かにこれはすごい魔法ですね」
「これは素晴らしい魔法でございます!」
「確かに強くなったけど、私に意味あるのかな」
ピーちゃんの時と同じように三人の見た目に変化はないが、やはり強くなっているのはわかるようだった。ブレスレットを確認すると、珠が三つほど光りを失っていた。
「一度に複数の子に支援魔法を使うには、まだまだ制御が必要みたいですね。おそらく一人に使用する場合も完璧ではないでしょう」
「どれくらいが目安になるんですか?」
「しっかりと使用できれば、四人同時使用で珠一つ分程度までに抑えることができるでしょう。もちろん、魔力を込めれば込めただけ強力な支援魔法になります。しかし、今の時点では必要以上に魔力を消費するだけで、込めた魔力量に見合った効果にはなっていません」
──やっぱり難しいなぁ。それにもう三個半も消費しちゃったし、どうしよう。回復できればいいんだけど。魔力を回復するポーションは持ってないし、高いんだろうなぁ。
「あの、魔力を回復するにはどうすればいいですか?」
「食事や休息で多少は回復しますが、一番は睡眠です。しかし、睡眠時間が短すぎても意味がありません。あとは魔力を回復するためのポーションでしょうか」
ガイアの言葉を聞いて私が考え事をしていると、ハドックが口を開く。
「レイア様、素晴らしい支援をいただきこのまま、というのも気が引けますので、ギルドの依頼をこなすのはいかがでしょうか?」
「依頼…。そうだね、依頼をこなそう」
「どのような依頼なのですか?」
「このあたりに生息する、グラスクロウっていうモンスターの羽根を集める依頼です」
「それでは新しい魔法を教えましょう」
ガイアは依頼の内容を聞くと、私に新しい魔法を教えると言う。新しい魔法とは索敵魔法のようだった。手順も変わらず、発する呪文が違うだけ。
「最初なのであまり魔力を込めないようにしてください」
「はい!」
私は魔力を込める。さっきより少なめの魔力を心掛け、杖を立てたまま、真上に掲げる。
「サーチアイ!」
私がそう発すると、杖の先端の宝石から波紋が広がる。波紋はそのまま平原を駆け抜けると、静かに消えた。その直後、波紋に触れたモンスターがどこにいるのかが頭に流れ込んでくる。しかし、モンスターの種類まではわからない。そしてこの情報はみんなにも共有されたようで驚いている。
「レイア、すごい!」
「モンスターがどこにいるのかわかるなんて…」
「このような索敵ができるとは!」
「確かにすごい魔法ね」
「うぅ…、頭が…」
「一度に多くの情報が入ってきたので頭が痛くなるのも仕方ありません」
私は頭を抱えた。初めての感覚に、少し頭痛が起きたのだ。私以外のみんなには頭痛が起こっていないようで、みんなは私を心配する。
「レイア、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「この魔法は魔力を込めた分だけ広範囲を索敵するので、少なめの魔力から練習した方がいいでしょう。上手く使えるようになればほとんど魔力を消費しなくなりますし、頭痛も起こらなくなります。でも広範囲を索敵するなら話は変わりますよ」
ブレスレットを確認すると、珠一つ分の魔力を消費していた。練習を開始して、すでに半分近くの魔力を消費してしまった私は休憩することにした。
「半分ぐらい魔力を使用しているので少し休憩してもいいですか?」
「ええ。また倒れるとその子たちを心配させるだけですからね」
「レイアが休んでる間、ぼくたちで行っていい?」
「レイアさんがここで休んでいる間に依頼のモンスターを倒しましょう」
「わたくしはここで警備を…」
「ハドックも行ってきていいよ。パーラもいるし、ガイアさんもいるから大丈夫」
私がそう言うと、三人は平原の中に消えていった。




