1-12:模擬戦
昨晩の物思いが響いたのか、いつもより遅く目覚めた。目を開けると、ピーちゃんとタマモが私のベッドの上に乗り、心配そうに顔を覗き込んでいた。
「あれぇ…?」
「あ、起きた!」
「おはようございます」
「おはよ」
私が目覚めたことを確認すると、三人は安堵したように挨拶をした。普段より遅い起床に私は慌てて身支度を整える。髪を三つ編みにする時間はなかったのでそのまま朝食に向かった。
「おかみさん、おはようございます」
「レイアちゃん、おはよう。来るまで待ってたんだよ」
朝食を食べ損ねたと思ったが、待っていてくれたようで、おかみさんは笑顔で朝食を出してくれた。私たちは誰もいない静かな食堂で朝食を食べ始める。
「レイアちゃん、髪の毛が三つ編みになってないし、寝癖もついてるけど大丈夫?」
「寝坊しちゃって時間がなかったんです」
私たちは朝食を終え、中庭で待っていたハドックと合流。ハドックはいつも通りに私を迎えたが、いつもより遅かったことが気になるようだった。
「ハドック、おはよう」
「レイア様、おはようございます。本日はいつもより遅いように思いますが、いかがいたしましたか?」
「ちょっと寝坊しちゃって、ごめん」
「そうでしたか。体調に問題がないのであれば構いません」
私たちはギルドに向かう。ギルドに入ると、受付ではあやかとリータが何やら話し込んでいるのが見えた。そして二人が私に気づくと少し驚いたような顔をした。
「リータさん、あやかさん、おはようございます!」
「おはよう」
「おはようございます。レイアさん、髪が整っていないようですがなにかありましたか?」
「寝坊しちゃって…」
私がそう答えると、あやかは櫛とブラシを持って受付から出て、頭上のピーちゃんを私に手渡し、私の髪を梳かし始めた。手早く、しかし丁寧に髪を梳かし、私の髪を三つ編みにしながら言った。
「レイアさんは冒険者の前に女性なのですから、身だしなみには気を使わなければなりませんよ」
「は、はい!」
「これでいいでしょう。ではリータさんと一緒にギルドマスターの部屋までどうぞ。リータさん、あとはよろしくお願いいたします」
「うん」
「ありがとうございました!」
「ピー!」
あやかは私の髪を三つ編みにすると、満足そうな笑顔で私とリータをギルドマスターの部屋へ送り出す。私はピーちゃんが特等席に鎮座するのを確認すると、ギルドマスターの部屋に向かうリータの後を追いかけた。
──なんとなくあやかさんの雰囲気が柔らかくなったような…。もちろん普段から柔らかいけど、それ以上というか。気のせいかなぁ?
ギルドマスターの部屋に入るとボガートが待っていた。昨日の話でまだ足りない部分があったのかと私は思っていたが、別の用件だった。
「二人とも来たか」
「うん」
「はい」
「昨日、リータから後ろの黒い鎧と模擬戦をしたいと言われてな」
「え!?」
──リータさんとハドックの模擬戦!?なんで!?急すぎてよくわかんないけど、ハドックがいいって言えば大丈夫かなぁ。アンデッドって時間が経てば復活するらしいし。
「ハドック、リータさんが模擬戦したいんだって。どうする?」
「……」
「ハドックは『構いません』って言ってます」
「じゃあ平原まで行くぞ。一応俺も立ち会う」
「ありがと」
私は急な展開に戸惑いつつも、ギルドを出て西門へと向かう。西門にはディアンの姿が見える。ボガートはディアンに模擬戦を行うことを告げた。
「これから模擬戦をする。十分に離れた場所で行うつもりだが、なにかあったら頼む。それと、冒険者がここから出ていく時は注意を促してほしい」
「わかったぞ」
「よろしくお願いします」
「まさかレイアが戦うわけじゃねえよな?」
「はい。リータさんとハドック…、この黒い鎧が戦います」
そのまま全員で平原まで移動。周囲に人影がないことを確認し、模擬戦を行うための場所を決めた。初めて見る模擬戦ではあったが、ハドックの強さを知る私は気になることを二人に尋ねた。
「あの、模擬戦ってこのままやるんですか?」
「本来なら刃のない木製の武器を使うんだが…」
「このままでいい」
私は心配になり、ハドックに駆け寄り、ハドックにだけ聞こえるように小声で話す。
「ハドック、リータさんを殺さないようにっていうか、傷つけないのは無理だと思うから、その…」
「レイア様の心配はごもっとも。わたくしにお任せください。ただ、無傷というのは難しいかもしれません」
「うん」
「ぼくが治すよ?」
「ピーちゃんの力が必要だとまずいかなぁ」
ハドックに念押しした私がボガートの元に戻ると模擬戦が始まる。リータは腰のポーチから二本の湾曲した剣を取り出す。全身黒い軽装のリータには緊張感が走っているように見えた。対するハドックは漆黒の斧を肩に担ぎ、静かに立つ。その姿は山のようだった。
──え?リータさんってポーチから剣を出した?ミミック…、じゃないよね?
「そろそろ始めるか。二人とも準備はいいか?無理はするなよ。では、始め!」
私が思考を巡らせていると、ボガートが模擬戦の開始を告げる。開始の合図と同時に動いたのはリータ。黒い残像を残しながら、瞬く間にハドックとの距離を詰める。二本の剣が風を切る鋭い音を立てながら、ハドックに対して高速の連撃を繰り出す。シュン!シュン!と金属音にも似た風切り音が連続で鳴り響くが、ハドックは斧を構えたまま、最小限の動きでその全てを受け流す。そしてリータの剣がハドックの鎧に当たると、カン!という音が響くものの、漆黒の鎧には傷一つ付いていないように見えた。
「…!」
手応えがないことに驚いたリータは、剣に属性を付与し始める。一本は冷気を帯び、もう一本には鋭い風が巻き付く。リータはそれぞれの剣に氷と風を宿すと小さくつぶやいた。
「…いく」
リータは再び距離を詰め、ハドックに高速の連撃を繰り出す。しかし氷と風を宿した剣であってもハドックは全てを受け流し、一瞬だけ訪れた隙をハドックは見逃さず、リータに向けて下から斧を振り上げた。リータはそれを避けられないと判断したのか剣を交差させて防御すると、そのまま後方に打ち上げられた。
「今の攻撃、大分加減してるな」
「え?」
「避けられないが防げる攻撃をリータに仕掛けたってことだ」
リータが防御できる程度の攻撃をしたとボガートは言う。リータは打ち上げられた先で綺麗に着地し、そのまま体勢を整えると、氷と風をまとった二本の剣を振り下ろした。
「これなら…!」
氷の剣からは冷気が吹き荒れ、風の剣からは目に見えないほど細かい風の刃が嵐のように放たれる。ハドックはそれらを避けることなく、斧を構えたまま全身で受け止めた。氷の冷気が漆黒の鎧を真っ白に染め上げ、風の刃が甲高い音を立てて全身を斬りつけるが、ハドックはびくともしない。その圧倒的な防御力に私たち全員が息を呑む。
「リータさんの属性攻撃まで鎧で弾いてる…」
「ピー!」
「コンコン!」
「あれじゃ動く要塞だな」
ピーちゃんとタマモも感嘆の鳴き声を上げ、パーラはピクリとも動かずに成り行きを見守っている。
リータの放った氷と風の嵐が収まった瞬間、ハドックが動く。しかしその動きは鈍重ではなかった。リータほどの速さではないものの、フルプレートとは思えないほどの素早い動き。ハドックは構えていた斧を大きく振りかぶる。ドゴォン!と空気を震わせ、大きな音が響き、物理的な破壊力をまとった一撃がリータに迫る。リータは間一髪で横に飛び、その場の地面が抉れた。
「重すぎる…」
リータは額の汗を拭いながらハドックの重い一撃に顔色を変えた。ハドックは追撃の手を緩めない。純粋な速度とパワーで、斧による連撃を繰り出す。リータは軽装を活かした機動力や風魔法による加速、時には地魔法で地面を隆起させて必死に避ける。しかし、ハドックの斧の軌道は正確で、リータを逃がさない。
次第にリータの動きが鈍くなってくる。体力の消耗は明らか。そして、ハドックが一度も属性らしき力を使っていないことにハドックと戦った私たちは気づき始めた。
──属性を使ってないのにハドックがリータさんを圧倒してる?もしかしてあれがハドックの素の強さ?
私が考え事をしている間も、ハドックはリータを黙々と追い詰めていく。リータは歯を食いしばり、全身から最後の魔力を絞り出すかのように魔力を込める。リータの周囲の地面が砕け、風が渦を巻き、冷気が集まる。そして最後に、漆黒の闇が剣にまとわりついていく。リータの持つ二本の剣はもはや剣の形を保たず、魔力の塊のように見えた。リータは自分の中に残された全てをこの一撃に込めた。
「…これで、決める」
リータはそう呟くと、ハドックとの距離を詰める。今までのどの攻撃よりも速く、重く、そして危険な攻撃。リータはハドックを格上だと判断し、一矢報いようとする意地がその剣には込められていた。
その瞬間、それまで一度も属性を見せなかったハドックの雰囲気が一変した。それはハドックが氷漬けになった時に見せた、青白い光芒を漆黒の鎧にまとわせていく。この模擬戦で初めて雷をまとったハドックはリータの渾身の一撃を迎え撃つ。
ギュンッ!と空気が悲鳴を上げ、ハドックが放ったカウンターの一撃は、それまでのものと比べ物にならない速度と威力を持っていた。リータの渾身の一撃に雷をまとった斧が衝突する。
ドォォォンッ!と爆発のような轟音が平原に響き渡る。衝撃波が広がり、私たちの髪や服を揺らす。辺りには砂塵が舞い上がり、視界が一瞬遮られた。
砂塵が晴れると、そこに立っていたのはハドック。斧は構えられたまま、しかしその刃はリータの首元で寸止めされていた。リータは目を見開き、体が硬直したまま立ち尽くしていた。
「そこまで!」
ボガートの声が響き、模擬戦の終わりを告げる。リータの渾身の一撃をハドックは完全に封殺し、勝利を収めた。ハドックの素の強さを見せつけられた上に、強大な攻撃力。そして圧倒的な防御力を持っていることをまざまざと見せつけられた。
リータは少しの間硬直すると、力が抜けたように膝から崩れ落ちた。悔しさと脱力感がないまぜになった声でリータは呟く。
「…強い」
「リータさん、大丈夫ですか!ケガは!?」
「…大丈夫」
私は急いでリータに駆け寄るが、ケガ一つしてない様子。リータは息切れしながらもハドックを見上げる。ハドックは斧を担ぎ、再び山のように立ち尽くす。
「模擬戦…、ありがとうございました…」
リータは全身の震えが収まらないようだったがなんとか立ち上がり、ハドックに感謝を述べる。リータの顔は充実したような、呆然としたような複雑な表情を浮かべていた。
「俺は先にギルドに帰るぞ。被害はないだろうが騒がしくなってそうだしな。レイア、リータが落ち着いたら一緒にギルドまで来てくれ」
「はい!」




