1-11:不安の伝播
翌朝、私は宿屋のベッドで目を覚ました。ぐっすり眠ったおかげで心身ともに回復しているのを感じる。隣にはピーちゃんとタマモがそれぞれの寝床で丸まっている。
「おはよぉ…」
「おはよぉ…」
「おはようございます」
「おはよ」
まだ眠そうなピーちゃんと朝に強いタマモとパーラに挨拶をし、身支度を整える。パーラは鞄に擬態したまま枕元にいる。ハドックはここにはいない。昨夜、宿に戻っておかみさんに新しい仲間が増えたと話した時のことを思い出す。
「レイアちゃん、ずいぶん大きな仲間を連れてきたね。でもこれだと宿の中は無理だよ、大きすぎるからね」
「どうすればいいですか?」
「そうだねえ、宿に中庭があるからそこで待機してもらうのがいいと思うよ」
「ハドック、ごめん。中庭で待機してくれる?」
朝食を食べるために食堂へ行くと、外が少しざわついているように感じる。中庭にいるハドックのことだろうと思いながら、私たちは朝食を済ませた。中庭に向かうとハドックが静かに佇んでいた。
「ハドック、おはよう。昨日はごめんね」
「レイア様、おはようございます。問題ありません、ここでも警備は可能ですので」
中庭を出て、ギルドに向かう。道行く人の視線を感じるが、当然だった。全身を漆黒の鎧に包んだアンデッドが堂々と歩いているのだ。物珍しいものを見るような、あるいは少し畏怖するような視線に、少し落ち着かなかった。
しかしハドックは気にする素振りも見せず、粛々と私たちの後ろをついてくる。それどころか、私に危害を加えようとする者がいないか、常に警戒しているようだった。
「ハドック、そんなに気にしなくても大丈夫だと思うよ?」
「いえ、レイア様の安全が第一ですので」
ギルドに到着し、ハドックに扉を開けてもらって私たちは中に入る。中に入った瞬間、冒険者たちの視線が一瞬こちらを向いたが、すぐにいつもの賑やかな雰囲気へと戻った。受付にはあやかが立っていた。私は昨日のことを思い出し、少し気まずい気持ちになったが、あやかとの約束を破るわけにはいかない。私は意を決して声をかける。
「あやかさん、おはようございます!」
「レイアさん、おはようございます」
「ピー!」
「ギルドマスターがお呼びですのでそのまま奥へお進みください」
「はい、ありがとうございます」
あやかは昨日の一件を感じさせない、今までと変わらない丁寧な対応だった。昨日の感情的なやり取りは、プロ意識によってきっちりと区切りをつけている様子。
私はあやかに感謝を述べ、奥へと進む。ギルドマスターの部屋の扉をノックし、入室を許可されて中に入ると、ボガートとリータがいた。
「来たか、まあ座れ」
「はい」
「さて、なにから聞いたもんか」
「最初から全部」
「リータの言う通りだな。昨日も言ったが、隠し事はするなよ」
「わかりました。えっと…」
ボガートに促され、私はソファに座る。ピーちゃんはいつも通り私の頭上、タマモは膝の上、ハドックは私の座るソファの後ろに立ち、鞄に擬態したパーラを横に置く。そして、私は全てを洗いざらい話した。話を終えるとボガートは腕を組み、しばらく考え込む。リータは無表情だったが、真剣に話を聞いていた。
「なるほどな。とりあえず狼の件は古城跡のアンデッドと狼のいざこざってことになるな。その狼がこの鎧にビビッて川を渡ったってことか」
「ハドックが言うには今までにない数の狼に襲撃されて、ハドックが前線に出ることになったみたいです」
「その鎧のせい、というより縄張り争いが激化したと見るべきだな。モンスター同士の争いに冒険者が関与できる余地なんてほとんどない。それにモンスターの生息域が変わることは珍しいことじゃない。今回はたまたまそれが近くで起こったというだけのことだ。前に言った通り、狼の影響で森からモンスターがちょくちょく平原に出てきてるらしい。討伐依頼も出始めてるが、今後どれだけ増えるかわからんし、なるようにしかならん」
ボガートは溜息交じりにそう言った。ギルドマスターらしい、現実的で達観した言葉だった。
「あとなレイア、あまりあやかさんに心配かけるなよ」
「…はい、今後は気をつけます」
「よし、とりあえず今日のところはこれでいい。あとは依頼をこなすなり、今まで通りに活動して構わんが、問題を起こすなよ。リータも行っていいぞ」
「ギルドマスター、話がある」
リータはボガートと話をするため部屋に残り、私たちは部屋を後にする。受付まで戻ってくるとあやかが声をかけてきた。私はあやかから声をかけられると、ボガートから言われたことや昨日の出来事を思い出してしまい、どうしても尻込みしてしまう。
「ギルドマスターとのお話は終わりましたか?」
「はい、終わりました」
「今日は依頼をお受けになりますか?」
「今日中に終わりそうなのは残ってますか?」
あやかはいくつかの依頼を見繕ってくれたが、今からではあまり時間がない。ホガートとの話がそれだけ長かった。私は仕方なく薬草採取の依頼を受け、平原へと出る。
「レイア、大丈夫?」
「うん」
「大丈夫そうには見えませんが…」
「大丈夫」
「昨日レイア様に手を上げたのは大切に思っていたからこそだったのですね。こちらも敬意を払わねば」
「うん」
いつも通り振舞っていたつもりが、ピーちゃんとタマモには違うように見えたらしい。ハドックもあやかが私を殴った理由を理解した。
「ハドック、パーラ、レイアと一緒にここで待ってて」
「え?」
「ぼくとタマモで薬草取ってくるから」
「かしこまりました。お気をつけて」
「いいわよ」
「タマモ、行こう!」
「はい!」
そう言うと、ピーちゃんとタマモは私とハドックとパーラを残して薬草採取に向かう。探す薬草は珍しいものではないのでそう長い時間はかからない。私はパーラに布を出してもらい、地面に敷いて待つことにした。
「ピーちゃんはレイアのことよく見てるわね」
「そう?」
「それに比べてレイアは…。はあ…」
「レイア様、これから大変無礼なことを申し上げますがよろしいですか?」
「…はい」
「レイア様はわたくしたちの主、いわば王。王の不安や心配事は部下に伝播いたします。たとえ不安や心配事があれど、それを隠し通し、気丈にふるまうのが真の王でございます。あやか殿が激怒した理由はレイア様ならばおわかりになるでしょう。今はまだ様々な感情を隠せずとも構いません。最初から強い王などおりません。少しずつ学べばよいのです」
「つまり、レイアが不安だとこっちも不安になるっていうか、気になっちゃうのよ。でもまだ子供だから感情を隠すのが無理なのもわかってるわ。だからこれでも食べて元気出しなさい」
パーラは瓶を一つ取り出す。瓶の中には、色とりどりの粒が太陽の光を受けてキラキラと輝く。その粒は一つ一つに小さな丸みのある棘を持ち、まるで星のようだった。パーラは星屑を閉じ込めた瓶の蓋を開け、小さな星を一つ取り出し、私に差し出す。
「私のコレクションの一つで、なんて言うのか知らないけど砂糖のお菓子よ。食べると甘くておいしいわよ」
「いいの?」
「そのうち返してもらうわ」
「…うん」
私はパーラに渡されたお菓子を口に入れる。口の中には優しい甘さが広がる。その甘さに私の目からは涙が一筋流れた。
「ちょ、ちょっとレイア!私が泣かしたみたいになるじゃない!」
「ううん。ごめん、二人とも。自分でもみんなの主として全然ダメだと思う。だからもっと頑張る。でもダメそうな時は助けてほしい。いい?」
「そのためにわたくしたちがいるのです」
「私は戦力にならないと思うけど、話し相手ぐらいなら。あとたまにならお菓子も出してあげるわよ」
そこにピーちゃんとタマモが薬草採取から戻ってくる。ピーちゃんとタマモは口にくわえていた薬草をそれぞれの足元に置く。
「ただいま!レイア、泣いてる?」
「レイアさん、大丈夫ですか?」
「どっちがレイアを泣かせたの?」
「パーラでございます」
「ちょっとハドック!違うの!これは!レイア!」
「ふうん」
ピーちゃんは炎を纏った。私を泣かせた犯人であるパーラにお仕置きをするつもりだ。しかしピーちゃんが炎を纏ったと同時に、ピーちゃんの足元に置いてあった薬草は灰になる。
「あ!ピーちゃん!」
「え?あ!」
「もう!薬草採取やり直しだよ!」
「ごめん…」
「…ピーちゃんも最初は失敗ばかりだったもんね」
「レイア?」
「ううん、なんでもない!じゃあみんなで薬草探そう!」
私たちは再び手分けして薬草を探し、ギルドへ戻った。いつものように笑顔で受付にいるあやかに依頼の報告をする。
「あやかさん、報告にきました」
「確認いたします」
あやかは手際よく薬草の検分を終わらせ、報酬を用意する。それを私に渡すと同時に、ギルドマスターからの言葉を告げた。
「レイアさん、明日の朝もギルドまでいらっしゃるよう、ギルドマスターがおっしゃっていました。忘れずにお越しください」
「はい!」
私たちはギルドを後にし、宿屋に向かう。そして夜、すでにタマモとピーちゃんはそれぞれのベッドで寝ているようだった。私は二人の寝息を聞きながら物思いにふける。
──…あやかさんが怒った理由はわかってるし、私も叱られる覚悟で古城跡に行った。でも、ちょっと簡単に考えすぎてたかも。私はこの中で一番弱いし、なにもできない。みんなの力を借りて冒険者になれてる。だから、みんなの力がどれくらいあるのかをちゃんと知っておくことが大事なんだと思う。なにが得意でなにが不得意なのか。みんなの力をもっとうまく使えるようにならなきゃ。…王様には会ったことないけど、きっとこういうことも考えてるんだろうなぁ。大変だなぁ。




