1-10:痛みと叱責
古城跡から森の中に入る。来た時と同じく、一切モンスターと出会わないまま森を抜け、平原へ戻った。ピーちゃんは私の頭の上の特等席、タマモは私の足元あたりを歩き、ハドックは殿のように私の後ろに、パーラはタンスから触手を出し、器用についてくる。
平原に戻り、川を渡るために橋まで歩く。空を見上げると太陽がちょうど真上にきていた。昼食の時間だ。
「お腹空いたね。橋を渡った先でご飯にしよっか」
「うん!」
「はい」
私の言葉にピーちゃんとタマモは返事をする。昼食を取る場所を決め、ピーちゃんにデュアルピッグを倒してもらい、それを焼いて食べることに。
「じゃあタマモ、お願い」
「はい!」
タマモは丁寧に肉を焼き、ピーちゃんは警戒のために周辺を空から見回っている。その間に、気になっていたことを聞いてみることにした。
「ハドックとパーラはご飯食べるの?ハドックは私たちがご飯食べてる時に食べてなかったよね?」
「アンデッドに食事の必要はございません」
──食事も睡眠も必要ないってアンデッドってもしかしてものすごく便利!…じゃなくて不思議だなぁ。
「パーラは?ミミックって冒険者を襲うらしいけど」
「私はどっちでもいいわね。食べてもいいし、長期間食べなくても大丈夫よ。城にいた時はなにも食べなかったわ」
「食べるのは私たちみたいにお肉とか?」
「ミミックは基本的になんでも食べるわよ。石でも土でも人間でもモンスターでさえもね。でもせっかく食べるならおいしいものがいいと思わない?」
「なんでも食べるというのに宝石類を集めているというが、一体どうしているのだ?」
「ふふん。私は食事と収納を分けてるのよ。食べたいものは食事として、コレクションにするものは収納空間に送るの」
「収納空間?」
私が首を傾げると、パーラはぱかぱかと開閉させていた扉の中の空間に自らの触手を伸ばす。その空間から触手が出てくると、キラキラと光る宝石が握られていた。パーラはその宝石をこちらに見せつけるように揺らす。私はその宝石に驚きつつ、別のことを思いついた。
「ほら、これが私のコレクションの一つよ」
「その収納って私の持ち物を入れられるの?」
「生き物以外ならなんでも入るわよ」
私は試しに持っていたクラッカーの一つをパーラに手渡し、収納してもらう。パーラは触手でクラッカーを掴んで扉の中に入れると扉を閉めた。その後再び扉を開け、触手で中から先ほどのクラッカーを取り出す。
「ほら、ちゃんと収納されてるでしょ?」
「すごい!これって中で腐ったりしないの?どれくらいの量なら保存できるの?」
「中に入っている間は時間が止まるし、いくらでも収納できるわよ」
「時間が止まる!?いくらでも!?すごすぎる!」
──パーラってもしかして一番使える!?え、あ、いや、ピーちゃんもタマモやハドックもすごく強いんだけど、便利すぎる!腐らないし、無限に収納できるなら食事が大幅に改善できる!私の荷物全部入れちゃえば身軽になるし。ドラゴンさんありがとう!
「ふふん」
「パーラ、私が持ってる荷物を全部預けてもいい?」
「いいわよ。ただ交換条件があるわ」
「私にできることだったら!」
「このままの姿で旅についていったらミミックだってバレるでしょ?だから、私がレイアの背負ってる革袋に擬態して私を背負ってほしいの」
「いいけど、ギルドカードに登録するからミミックだってバレるよ?」
「そうなのね…」
「ミミックってバレるとまずいの?」
「わたくしが説明いたしましょう」
帰ってきたピーちゃんと、肉を焼き終わったタマモを確認したハドックが説明を始める。パーラに限らず、ミミックは何かしらを収集するのが特徴らしい。そしてミミックを倒すと、今まで集めたものが全て吐き出されるという。つまり、パーラがミミックであると周囲に感づかれると狙われる可能性がある。
「冒険者同士の戦闘は基本的に禁止だから大丈夫だと思うけど…」
「ぼくが守る!」
「微力ながら私も」
「パーラを守るわけではないが、わたくしが必ずご主人様をお守りいたします」
「じゃあみんなに守ってもらおうかしら」
「この鞄になれるの?」
「簡単よ」
パーラがそう言うと、ゆっくりと形を変えていく。タンスの角は丸くなり、木目が消え、少しくたびれた革の質感へと変わる。そしてあっという間に同じ革袋が二つになった。
「完璧に擬態してる!」
「パーラすごい!」
「これはすごい能力ですね」
「さすがはミミック」
私は鞄に擬態したパーラを背負うが、ほとんど重さを感じない。元の鞄が空っぽになった時よりも軽いぐらいだった。
「全然重くないんだけど?」
「ミミックはね、体の大きさや重さを自由自在に変えられるのよ。重そうに見えて実は軽かったり、その逆もね」
とてつもなく軽い鞄になったパーラを背負い、私はうきうきした気分になった。これだけ軽く、無限に収納できるパーラがいるだけで長旅がどれだけ楽になるのか想像もできなかった。
昼食を終え、私たちは再び歩き出す。パーラの擬態や収納について話しているうちに時間が過ぎ、日が落ちてきたので野宿をする。
私たちは野宿の場所を決め、夕食を済ませる。見張りをどうするか話し合うと、ハドックが朝まで見張りをすると言うので四人で床に就いた。
翌朝、私たちは目を覚まし、見張りをしていたハドックから挨拶を受ける。
「皆様、おはようございます。夜間に異常はございませんでした」
「おはよぉ…」
「おはよぉ…」
「おはようございます」
「おはよ」
朝に弱い私とピーちゃんとは対照的に、タマモとパーラはすっきりと目覚めていた。四人それぞれに挨拶を交わし、私の頭がはっきりしてきたところで、パーラに保存食を取り出してもらい、朝食にする。
「ハドック、見張りありがとう。疲れた…、よね?」
「アンデッドに疲労という概念はございません。ご主人様の安全を守るのがわたくしの務めですので」
「そうなんだ。ハドック、そろそろご主人様って呼ぶのやめてほしいんだよね。せめて名前でお願い」
「しかし…。いえ、ご主人様の仰せの通りに。では『レイア様』とお呼びいたします」
ハドックが私の呼び方を変えても「様」を外さなかったのは最大限の譲歩なのか、それとも意地なのかわからなかったが、受け入れるしかなかった。
メイカルトを出発してから一週間。この一週間で二人も仲間が増えたことに、私の心はぴょんぴょんと飛び跳ねていたが、西門が見え始めたあたりで、門がいつもと異なる雰囲気だったのを私は感じる。門番の数も多く、駐留している国家所属の守備隊の姿も見える。私たちが近付くと、一人の黒い人影がこちらに気づいて駆け寄ってきた。ハドックは人影が駆け寄ってくるのを確認すると、足早に私たちの先頭に出た。
「レイア様、念のためわたくしが」
「え、大丈夫だと思うけど」
「リータ!」
「私もリータさんに見えます」
「お知り合いで?」
ピーちゃんとタマモはこちらに駆け寄ってくる黒い人影をリータだと言う。まだ距離が十分あるところで人影は速度を落とし、こちらへ歩いてくる。黒い人影は二人が言った通りリータだった。私はハドックの前に出て、リータと話を始める
「レイア、その黒い鎧は?」
「仲間になりました」
「古城跡に行ったの?」
「はい…」
「…無事でよかった」
「え?」
「ちょっと待ってて」
リータは終始、無表情で私に質問をする。小声で何か言ったようだったが、私には聞き取れなかった。その後、ここで少し待つように言われ、私たちは待機。リータは走って門まで戻り、何人かの人と話をしているのが見える。少し待っていると、リータはギルドマスターのボガートと一緒に戻ってきた。
「はぁ…。とりあえずレイアが無事でよかったが、どういうことか説明してもらうぞ」
「はい…」
私が今までの経緯を簡単に説明すると、リータとボガートは呆れたように言った。
「情報が多い…」
「多すぎだ。レイア、今日はもういいから、明日ギルドまでこい。一つずつ丁寧に話を聞く。隠し事はなしだ。いいな?」
「はい…」
「とりあえずこの騒ぎをなんとかするか。あと新しいモンスターを登録するからギルドカードを預かるぞ」
ボガートの言葉に私はギルドカードを渡す。カードを預かったボガートは、リータと共にメイカルトに戻る。ギルドカードが戻ってくるまでの間、私たちは同じ場所で再び待機。門ではボガートとリータが話を通してくれたのか、守備隊はその場を離れ、門番の数も減った。また、野次馬らしき冒険者たちも消え、おおむねいつもの西門の姿に戻った。
少し待っていると、こちらへやってくる人影があった。あやかだった。あやかは私の姿を確認すると、すごい形相で駆け寄ってくる。殺気を感じ取ったのか、ハドックは私の前に出た。
「ハドック、大丈夫だから」
「かしこまりました」
私はハドックに声をかけると、私の横に並ぶように立った。「あの、あやかさん…」と私が声をかけようとした瞬間、パンッ!という乾いた音とともに、私の左頬に鋭い痛みが走る。
「ハドック!止まって!」
ハドックは主である私が殴られたのを見て、あやかに襲い掛かろうとしたが私はそれを制止した。私の言葉にハドックは動きを止め、怒りが収まらぬ様子であやかを睨み続けている。ピーちゃんは私が殴られたことに驚き、頭上から離れ、ハドックの肩に移動していた。
「あなたはどれだけ心配をかけたかわかっていますか!毎日ギルドに顔を見せていたあなたが、なんの知らせもなく急に姿を見せなくなって!戻ってきたと思ったらアンデッドを使役しているなんて。これだから冒険者は…」
あやかは私に密着するほど近づくと私を力強く抱きしめた。その腕には、恐怖、安堵、怒り、あらゆる感情が込められていた。突然の力強い抱擁に、頬の痛みと驚きで私は息を呑む。あやかの震えと、耳元で聞こえる小さな嗚咽を聞いているうちに、糸が切れたように涙が溢れてきた。
──ごめんなさい…。
私は心の中で謝り、あやかの背中に腕を回す。私たちはお互いの存在を確かめるように、強く抱き合ったまま泣いた。その間、みんなは抱き合う私たちを静かに見守っていた。
激しい感情の奔流が落ち着くまで、しばらく時間がかかった。先に落ち着いたあやかは私が泣きやむまで私の頭を撫で続ける。私の抱きしめる腕の力が緩み、お互いの顔を見合った時、二人の目はわずかに赤く染まっていた。あやかは眼鏡を外し、涙を拭ってから掛けなおす。そして、私とあやかは涙声で言葉を交わす。
「…大変失礼いたしました。こちらがギルドカードになります。新たな使役モンスターの登録も終わっております。ご確認ください」
「ありがとうございます…。あと、その、ごめんなさい…」
「冒険者はすべてが自己責任です。なにかあってからでは遅い、ということだけは覚えておいてください」
「はい…」
「明日はギルドへいらっしゃるのでしょう?私は明日、いつも通りにレイアさんをお出迎えいたします。ですので、レイアさんもいつも通り元気にお願いいたします。…私との約束を破った罰です」
「!?、はい!」
あやかは私の頭を一撫ですると、大きく深呼吸をして私から離れる。その顔は、いつもギルドで受付をしている時の顔に戻ろうとしているように見えた。




