1-8:ハドック
静かな森の中をさらに奥へと進んでいくと、目的の場所が見え始める。それは崩れかけた石造りの壁だった。近付くにつれ、古城跡の全貌が明らかになる。コケやツタに覆われ、ほとんど崩れてはいるものの、城としての威容は感じられる。
「ここが古城跡かぁ」
「すごーい!」
「不思議なところですね」
──リータさんが言ってた崩れた門ってここだと思うけど、黒い鎧なんていないなぁ。お城って他にも門があるのかなぁ?とりあえず入ってみようかなぁ。
私たちはそのまま門をくぐり、かつて庭だったであろう空間へと足を踏み入れる。庭は荒れ放題で、かつての面影は残っていない。雑草が生い茂り、朽ちた木々が転がっている。注意深く周囲を警戒しながら、城の入り口へと近付いていった。
何事もなく城の入り口までたどり着き、ほっと息をついたその時。ガシャン、ガシャンと、規則正しい金属音とともに、城の入り口であろう扉が開き、人影が現れる。それは錆びついた鎧をまとったアンデッドたちだった。その数、五体。
「ピーちゃん!タマモ!」
私の声に、二人は即座に臨戦態勢に入る。ピーちゃんは私の頭上から空へと舞い上がり、タマモは足元で尻尾に魔力を込める。黒い鎧のアンデッドではないが、相手の強さがわからないことに変わりはなく、全力で戦うことを二人に告げる。
「二人とも全力で戦って!でもできれば森は燃やさないように!」
「わかった!」
「わかりました!」
私の指示に、ピーちゃんは口から風の刃を放ち、タマモは尻尾の先端につららを作り出して飛ばす。錆びた鎧のアンデッドは、見た目通り動きは鈍重。しかし、手に持った剣は錆びていながらも侮れない切れ味を有しているようで、風の刃とつららを斬り捨てる。
「タマモ!レイアのところに戻って!」
「え?は、はい!」
ピーちゃんがタマモにそう言うと、タマモは私の足元まで戻ってくる。それを確認したピーちゃんは小さな体に風をまとい始めた。この空間の空気全てがピーちゃんに引き寄せられるような感覚に襲われる。私はその空気感を感じ、急いでタマモを腕に抱いた。
「二人とも大丈夫?」
「これぐらいなら大丈夫!」
「大丈夫です!」
「じゃあそろそろいくよ!」
ピーちゃんはその掛け声とともに、体にまとった風から複数の風の刃を生み出し、五体の錆びた鎧へ飛ばし続ける。錆びた鎧たちは一つまた一つと風の刃を斬り払うが、次々と飛んでくる風の刃全てをさばききることはできず、一つまた一つと命中していく。やがて剣を弾かれる鎧、膝をつく鎧が現れ、風の刃は次々と本体を捉える。ピーちゃんは一体倒れるごとに、風の刃を別の鎧へ向け、最後の一体にはそれまで分散させていた全ての風の刃を集め、沈黙させた。
「ピーちゃん、すごい…」
「あれだけの風を操るなんて…」
「えっへん!」
ピーちゃんは得意げに私の頭上へと舞い戻った。
──風の刃を飛ばすのは見たけど、それを複数、しかも続けざまに出すなんてほんとすごい。でもいくつかの風の刃はアンデッドの横を素通りしてたから、ピーちゃんもまだ制御が不安定なのかも?
私がそんなことを考えていると後ろからガシャン、ガシャンと足音が聞こえてきた。安堵したのも束の間。静寂を切り裂くように、くぐってきた門の方から重厚な足音が響く。その音は、先ほどの錆びた鎧のアンデッドたちのものとは明らかに違う。より重く、威圧感のある響き。音のする方へ視線を向けると、門には漆黒の鎧をまとった一体のアンデッドが立っていた。全身を光沢のない黒い鎧に包み、黒い両刃の大きな斧を肩に担いでいる。リータの言っていた通り、ただならぬ気配を放っていた。
そのアンデッドが姿を現した瞬間、私の胸のアザがじんわりと光り始める。まるでこの黒い鎧と呼応するかのように。
「レイア、あの黒い鎧?」
「…多分」
「ぼく、どうすればいい?」
「まだわからないよ!でも、アンデッドは倒しても復活するって言ってたから戦う!」
私はそう言いながらタマモを地面に降ろすと、二人は臨戦態勢を取る。
──多分、この黒い鎧が仲間になるような気がするけど「仲間になろう!」なんて気軽に近付けない気配じゃないんだよね。どうしよう?
黒い鎧は私たちを一瞥すると、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かってくる。その一歩一歩が、地面を揺るがすかのような錯覚に陥るほど重い。
「タマモ!距離が離れてるうちに氷で動きを止めて!ピーちゃんは時間稼ぎ!」
「わかりました!」
「わかった!」
空中で静止していたピーちゃんは黒い鎧に突進し、タマモは尻尾の先端につららを作る。迫りくるピーちゃんに黒い鎧は斧を振り下ろす。その動きは鈍重に見えて風を切り裂くような鋭さを持つ。ピーちゃんは器用に斧を避け、黒い鎧の頭上を旋回。振り下ろされた斧が地面に当たると、その威力がはっきりとわかるほどに地面がえぐれた。
斧を避けたピーちゃんは、黒い鎧を翻弄するかのように何度も突進を繰り返す。黒い鎧はそれに合わせて斧を振るが、ピーちゃんはそれを回避していく。タマモはピーちゃんが生み出す隙につららを飛ばすも、その全ては斧に阻まれてしまった。
「ピーちゃん、戻ってきて!」
「わかった!」
「タマモ、つららは一度に一つしか作れない?」
「はい…」
「だったら…」
私が戻ってきたピーちゃんとタマモに作戦を伝えると、ピーちゃんはすぐに黒い鎧へ突進し、タマモは尻尾の先端につららを作り、飛ばし続ける。時折、ピーちゃんは口から風の刃を黒い鎧に向けて放つも、斧に阻まれる。しかし、その間にもタマモのつららはどんどん命中していく。黒い鎧の立つ地面へと。
──足元の地面が凍って踏ん張れなくなれば転ぶと思う。見た目が重そうだから滑って転ぶかわかんないけど、やってみる価値はある!
黒い鎧の立つ地面のほとんどが凍り付いた時、鎧の動きが少しずつ悪くなるのが見て取れた。足元の氷が効き始め、体勢の維持と攻撃、そして防御が難しくなったのだ。ピーちゃんが放つ風の刃は時折当たるようになり、タマモは凍らせる範囲をさらに広げていく。
「タマモ!そろそろ地面じゃなくて相手の足を狙ってみて!」
「はい!」
私の言葉を聞くと、タマモは地面ではなく相手の足を狙い始めた。足を狙ったつららは斧に防がれるものの、動きがさらに鈍った黒い鎧にピーちゃんの風の刃が当たる。それを見たピーちゃんは黒い鎧から少し離れたところで静止し、体に風をまとって風の刃を連続で放ち始める。そのほとんどは斧で防がれてしまうが、その間にもタマモがいくつかのつららを黒い鎧の足に命中させ、地面ごと凍り付かせていった。
黒い鎧は力ずくで凍りついた足を動かそうと試みる。しかし、ほぼ完全に動きを封じられた黒い鎧に、風の刃とつららが容赦なく撃ち込まれていく。黒い鎧は斧を振り、それらを薙ぎ払おうとするが、最初よりも多くの攻撃が命中するようになっていた。やがてつららが命中した箇所から、上半身も徐々に凍り付いていく。さらに動きが鈍ったところへ、タマモは追い打ちをかけるようにつららを放ち、凍結範囲を拡大。上半身まで凍りつき、満足に斧を振ることもできなくなった黒い鎧は、最後のつららを受けると完全に動きを止めた。
「…止まった?」
「完全に氷漬けになったと思います」
「タマモ、すごい!」
ピーちゃんはタマモを称賛しつつ、私の頭上へと戻る。タマモは黒い鎧の両足から頭、そして振り回していた斧に至るまでその全てを氷漬けにした。しかし、まだ動き出す可能性を捨てきれない私は、少しずつ黒い鎧へと近づいていく。
「レイアさんが歩く部分の氷を少しずつ溶かします」
「タマモ、ありがとう」
氷漬けにされた地面をタマモが少しずつ溶かし、道を作る。黒い鎧の近くまで道が作られたその時、氷漬けだった黒い鎧から青白い光芒が迸る。いち早く異変に気づいたピーちゃんは、私とタマモに下がるように言う。
「二人とも下がって!」
ピーちゃんの指示と同時に黒い鎧の全身から雷が迸り、氷を弾き飛ばす。氷から解放された黒い鎧は全身に雷をまとい、その雷は持っている斧まで覆っていた。
──タマモの氷漬けは完璧だったはずだけど、雷属性を使うなんて聞いてない…。森が火事になっちゃうけど、ピーちゃんの炎でなんとかできれば…。
ピーちゃんとタマモは私を守るように、黒い鎧との間で臨戦態勢を取る。黒い鎧は斧を振り上げ、ピーちゃんとタマモに襲い掛かろうとした。その瞬間、私は光に包まれる。光の中には、全身に雷をまとい、斧を振り下ろさんとする黒い鎧の姿があった。
「これは…?」
「これってもしかして…」
「まさか貴女がわたくしの主…?」
「えっと…、よろしくお願いします…?」
光が収まった時、黒い鎧は斧を地面に突き刺し、跪いていた。私の前に立ちはだかっていたピーちゃんとタマモは突然の出来事に驚いたようだったが、鎧が跪いたことで状況を察したようだった。
「レイア、うまくいった?」
「もう大丈夫だと思う」
「急に光ったと思ったらこのようになるのですね」
「お二方にも無礼を働き、大変失礼致しました」
「あなたに色々聞きたいんだけどいい?」
「わたくしに答えられる範囲であればなんなりと」
「とりあえず…、どこか安全な場所で休憩したいんだけど、森から出たほうがいいかな?」




