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THE SCRAP DREAM【第4章完結】  作者: Mr.G
第5章-Avenger-

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第77話「SEE YA」


「……ッ!」

 無造作に目の前の机を叩く。


 吐きそうだ。

 なぜ自分が今辛いのかも分からない。

 それでも身体はこの事象を拒んでいる。


 時の流れは遥か遠く、だがその思い出は手の届く近さにある。

 この期に及んでシルヴィオは一体何を伝えたかったのか。


 愛とは、これほどまでに歪んだものだったのか。

 現実は何も変わっていないのに、ただ認知だけが行方知れず。


 それならばと投げ打って出るほど、自分は出来たものでは無いし、そんな価値も無い。


 背負っていたものが間違いなら、俺は何を信じて突き進めばいい?

 それすらも姉さんなら笑い飛ばせるのか。


 ……そんなわけはない。

 シルヴィオからみた姉さんも、マイケルが見た姉さんも、本質的には同じだ。


 努力して、踏ん張って、死ぬ気で動いて、それでもそれを見せないのが彼女の強さと弱さ。

 そこに惚れ込むことに姉弟だの、愛だのは関係ない。


 人として、1人の男として、彼女を尊敬している。


 だからこそ理解が出来ない。

 姉さんやシルヴィオが信じて止まないその“愛”とやらはどこから生まれるのか。


 愛する人を騙してまで通したい信念があった時、それは愛が負けたと言うのだろうか。


 このまま突き進んだ先、何が正しくて、何が間違いなのか。


 どれだけ後悔し、どれほど逃げ出したくとも。

 どちらにせよ、もう戻れない。


 だったらこの際――。


 ……ん?


 なんだ?


 ――突如目の前が眩む。


 なにかのエラーが視界を通り過ぎた気がした。

 人影のような、黒い物体が目の前を通過したと思った。


 ……気の所為だろうか。


 まぁ、正直な所、本調子とは言い難い。

 パーツもMODSも裏オプばかりだ。


 こんなんで健康で居ろって方が土台無理な話。

 

 ……まぁともかく。


 悪いな。シルヴィオ。

 ここまで話してくれたけど、やっぱ俺には何も分からないみたいだ。


 姉さんやシルヴィオがどんな気持ちだったのか、それが真に理解出来る日はどうやら来なさそうだ。


 だけどもう、それでいい。


 俺が彼らを理解するのは、彼らが俺を理解するぐらい難しい。

 俺は馬鹿だから。


 こうすることくらいしか出来ない。


 勢いよく立ち上がり、ドアを開け、明かりの方へ向かう。

 シルヴィオとビルが話している中、歩く速度を緩めず、横を通り抜ける。


 彼らが呆然と俺に視線を集める。

「ビル、明日からは俺も加わるぞ」


「ア?……おいおい、どういう風の吹き回しだよ」

「もう、吹っ切れたよ」


 笑いながらビルの目を見て答えた。

 すると隣でシルヴィオの瞳孔が開いたのが確かに見えた。


 それを気にかけず出口に向かって突き進む。

 出る寸前、野太く低い声が背後から聞こえる。


「……オメェ、何でそんな目をしてやがる」


 俺は黙って振り返る。


「何が、分からなかったってんだ」


 何も理解していないビルと、真剣な表情でこちらを睨みつけるシルヴィオの姿がある。

 それを目に焼き付け、再び出口を向き、ノブに手をかける。


「ユウト!」


 シルヴィオはこちらを怒鳴りつける。

 その声で周りのファミリーも何事かと起き始めた。


「テメェ、俺がそんな目をした奴を外に出せると思うのか!」


 周囲を気にせずシルヴィオは怒声を上げる。


「俺らがどんな思いで――!」


「――親父さん」


 シルヴィオの声を静かに掻き消す俺の声。

 シンとした空間に響き、それは嫌に耳に残る。


「これが。俺の“愛”だよ」

 俺は顔だけをそちらに向けて答える。


 すると今度はビルもまた俺の顔を見てなにか思い当たる節があるようで、顔をしかめた。

 苦虫を噛み潰したように。


「じゃあ。また」


 明かりの下から暗い夜道へ。

 再び俺は街へ繰り出した。


 もう何も考えたくない。

 もう何も見たくない。


 このまま振り向かず、ただ、目的の場所へ。

 それだけが原動力。それだけが意志。

 だが、晴れることのない靄は次第に濃くなる。


 ある程度黙って歩いた時、異変に気づいた。

 ……おかしい。


 靄もここまでくると霧だ。

 目の前が全く見えない。


 慣れ親しんだ街なのに、自分が今どこにいるかも分からない。


 あぁ、ったく。


 こんな天気で路地裏なんかにいるからだ。

 堂々とメインストリートを通ればいい。


 そう思い踵を返すと、知らない人物(モノ)がそこに立つ。


「……誰だ?」


 奇妙だ。顔が見えない。

 ノウメン?


 いや、そうじゃない。

 これは何かが根本的に違う。


 人々の欲望の塊がそこに顕現したかの様な底知れぬ闇。

 何故だかその表現が正しい気がした。


 そう思うほどの、得体の知れなさ。


 何を根拠に?

 それは分からない。


 だが、これと関わるのはマズイ。

 本能がそう、告げている。


「悪いけど、どいてくれるか?急いでるんだ」

「――ないぜ」


 人型のそれは何か言葉を発した。


「あ?」

「……もう、逃げられないぜ。ヒヒヒ。何もかもに愛想尽かしたみたいなフリを“愛”、だなんてカッコつけた所で。ただの衝動。所詮小綺麗な言葉で逃げてるだけさ。お前はどこまでもあの時のまま。イヒヒ。見かけ上のエゴイストという免罪符を持った本当のエゴイストなんだよ……」


 ドクン。


 心臓が強く波打つのが分かる。

 視界端にはエラーの赤文字。

 その場で考えられただけではない。脳に侵入し、強制的に心の奥底にアクセスしてくるような鮮烈な悪寒。


 何かが動悸を迫ってくる。


「……ッ。なんなんだ、ヤク中か?いい加減どいてくれよ。こっちは忙し……」


 ……は?なんだ?


 ――クソ。

 遂にここまできたか。


 目の前にいたはずのモノが居ない。


 ……幻覚だ。

 何もない。暗がりの路地裏。


 それどころか、靄は行きよりも晴れていた。

 大凡が見当違いも甚だしい。


 ……違法パーツなんて使うもんじゃない。

 ため息だってもう枯れた。


 こんなところで足を止めている場合じゃない。

 さぁ、急ごう。


 路地裏を抜け、少しばかり歩を早める。

 何かを振り払うように歩き続け、まとわりついた不快な靄が晴れると、目の前には件の建物があった。


 かつて姉さんと住んでいた中流階級向けのありふれたマンション。

 正面には安っぽい光と壊れかけのセキュリティカメラ。


 気にする必要も無い。

 堂々と入って、登ろう。


 一つ、また一つと階段を踏み歩く。

 総階数は10階。


 普段ならサイバーパーツの恩恵で苦にもならないはずの段差が、今日ばかりは一段登るごとに鉛のように重く感じた。


 かつて姉さんと並んで登った記憶の残骸を、一歩ずつ踏み潰すように上へと向かう。


 ……最後くらいはエレベーターを使ってもいいけど。

 どうせなら、これくらいの苦労はしておくべきだ。


 ――3階。

 目もくれず上を目指す。

 ただ一心に。


 ……風が強くなってきた。

 気づけばもう上の方だ。

 いつも見上げてた夜空が近い。


 重い足をひたすらに動かして、とうとう10階を過ぎ、屋上に辿り着く。


「はぁ。ふぅ……」


 意外とこんなもんだ。

 まだまだ若いな。


 自然と顔が上がる。

 ……いつものだ。


 ネオンよりも綺麗な光。

 あの一つひとつが星だと思うと、なんだか不思議な気持ちになる。


 そのほとんどが恒星。

 ここから見れば小さいが、自ら光り輝く大きな存在。


 外からどれだけ矮小に見えても、大きく輝き続ける。

 そうだな……。


 あれはまるで――。


 ……フッ、柄にも無いことは止そう。

 ヴ(・)ェ(・)ン(・)デ(・)ッ(・)タ(・)は(・)そ(・)ん(・)な(・)事(・)考(・)え(・)な(・)い(・)。


 ただ、目的を果たそう。


 ……。


「……はー。ふぅ」


 大きく深呼吸をひとつ。

 ビル群に囲まれて、ただ一人天辺に立つ小さき存在が、今、必死に息を整える。


 覚悟の準備だ。


 ここに何をしに来たのか。

 もちろん。ただセンチメンタルになるためでも、感傷に浸るためでもない。


 俺のこの身体の中で最後の不協和音。

 裏パーツでは無い、最後のピースを破壊しに来た。


 これをすれば。あぁ。

 やっと、これで自分を自分だと証明出来るはずだ。



 ――感情制御装置の停止。



 一歩間違えれば廃人確定の行為。

 過去全ての負の感情が波になって押し寄せる。

 数え切れないほどの気持ちが俺の心を潰しにやってくる。


 人はその心の痛みだけで死に至れる。

 だからこれは、とち狂ってでもいなければ至らない心理、思考。


 ……もし倒れるなら、これで死ぬのなら、結局俺なんてそこまでの人間。

 これで、最後なんだ。


 やるしかない。


 エドワード(悪魔め)。聞いてるか?

 ……これで俺の精神も肉体も、全てお前から解放される。


 これが俺のInd(独)epe(立)nde(記)nce(念) Day(日)だ。


 社会にも、世界にも、メガコープのクソ野郎どもにも絶対に従わない。

 その覚悟を示す、避けては通れない必然。


 これさえ実行すれば、もう二度と支配される恐怖に怯えなくて済む。

 野垂れ死んでも、最期まで己のままで死ねるんだ!


 だから、頼む!

 覚悟を決めてくれ、俺!


 胸の前に浮かぶ青いホログラム。

 先ほどからあるそれにただ指を当てるだけ。


 なのに。

 たった、それだけなのに。


 恐怖からか、呼吸が荒くなるばかりで装置を切る手が動かない。

 身体が拒む。


 これを切れば、どうなるか。

 脳髄の奥底に押し込めていた何年分もの絶望が、致死量の濁流となって溢れ出す。

 それに耐えきれる保証なんて、どこにもない。


 本能はそれを嗅ぎ取っている。


「はぁ。はぁ。はぁ」


 汗が止まらない。

 まだ、何もしてないのに。


 質量すら持たないただの光の羅列が、鉛のように重く俺を縛り付けている。


 ……クソッ。

 早く、早くしろっ!


 動け!

 目を瞑り、震える右手を無理やり持ち上げ、その青い光へと押し込む。


 しかし、そこに表示されたのは、“本当に停止しますか?この操作は精神的、および肉体的に甚大な損害を及ぼす危険性があります。専門的な医師の診断の下――”などという、ただこの時間(恐怖)を引き伸ばすためだけのふざけた文章。


 この、クソッタレ!


 さっさと!


 ……さっさとしろ!


 俺は勢いよく“YES”を叩いた。



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