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THE SCRAP DREAM【第4章完結】  作者: Mr.G
第5章-Avenger-

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第76話「ある昔話」

 

 暴れまわる時間も終わり、ファミリーの奴らはソファやテーブルにもたれ、寄りかかり、体を預けている。

 その大半が眠っているのだから当然だ。


 すっかり静かになった室内を見渡す。


「……やっと静かになったな」

「日々こんなのをまとめてる俺の身にもなってほしいぜ」

 俺がこぼした軽口に、シルヴィオはグラスを傾けたまま鼻で笑う。


「まとまってるかはビミョーなトコだけどな」

 そう口にしてビルも笑った。


「俺がいなくなりゃ今度はお前がまとめんだ。笑ってねぇでしっかり考えとけよ」

「まァ、なんだかんだ仲は良いから大丈夫だろ」


 その答えを聞いたシルヴィオはビルをじっと見つめる。


「世の中、んな甘いモンなら俺は息子を失っちゃいねぇよ」

「……」

「……」


 微かにBGMの鳴る店内に、氷が溶ける調べだけが虚しく響く。


 ジュニアの死。

 簡単に割り切れるほど、背負った喪失は軽くはない。


 もちろん立ち止まる理由にはならない。

 それでも重苦しい静寂が、喧騒の間に澱んだ。


 だが、発言した本人が一番ケロりとしているようで、急に思い出したように話題を変えた。


「ところでオメェ。そのサイバーパーツ、どこのだ」


 シルヴィオの鋭い視線が、俺の腕や身体の継ぎ目に向けられた。

 先程までのじゃれ合いで拳が触れた時にでもバレたのか。


「……裏パーツだよ」


 嫌な観察眼だ。

 だが、幸いにもこれの理由ならいくらでも説明出来る。


「ついにメガ・コープの商品をそこまで信じられなくなったか」

「あんなことがあった後じゃ、そうもなるさ。少しでも奴らの魔の手から逃れられる方法があるなら、それを幾つもやっていこうって思った。……ただ、それだけ」


 事実だ。

 嘘はない。


 空虚な事実の羅列。

 もう誰にも思考も行動も読ませない。


 無駄だとしても、可能性のある方に賭ける。

 そう決めたから。


「だからってハイテク好きのオマエがそこまでするたァな」

「出力なんかは安全性度外視で引き上げられるし、ピーキーな所に慣れちまえば案外楽なとこもある。これだって人よっちゃ垂涎モノだし……。まぁ、仕方ないさ」


 ビルは目を細めてこちらを訝しんでいるようだった。


 それでも限りある真実を伝えた。

 不便ではあるが、メリットもない訳じゃない。


 肩を竦めた際の僅かな腕の不協和音を遮るように俺は笑った。


 そう自嘲気味に笑って誤魔化そうとした俺の言葉は、シルヴィオの低く、ドスの効いた声でかき消される。


 怪しい綻びを、おいそれと見逃してくれる男じゃない。


「……お前、今何のために生きてる?」


 心臓が跳ねた。


「え?」

「嫁のためか?それとも自分のためか?仲間のためか?」


「急に、なんだよ」


 何かを突かれたような焦りが声に混じった。

 彼はグラスをカウンターに置き、ゆっくりと立ち上がった。


 すると意味ありげにこちらを見ると、顔を上げて言葉にする。


「ついてこい。1人でだ」


 彼が立ったので、当たり前のようについてこようとしていたビルが豆鉄砲をくらった様な顔をした。


 もちろん、俺も丁度同じ疑問を持った。

 俺らは顔を見合わせ首を傾げる。


 だが置いて行かれぬように前を向き、すぐに一人で先を急ぐ他なかった。

 裏へと続く扉を開ける彼の背中をその身で追う。


 裏にあるお馴染みの事務所。

 その奥に連れていかれる。


 バーの空気が遠ざかるにつれ、廊下の冷たい音が肌にまとわりついてきた。

 前を歩く男の広い背中が、今はどこかひどく遠く、得体の知れない威圧感を放っていた。


 一体なんなんだ。


 軋む重い扉を開けると、そこはファミリーの首領としての重責が染み付いた、窓のない無機質な部屋。

 古い革と紫煙と、微かな硝煙の匂いが混ざり合った淀んだ空気が、肺にまで侵入してくる。


 彼は部屋の中央に鎮座する重厚なソファに、ドカリと深く腰を下ろした。

 深く刻まれた顔の皺の奥から、鋭い双眸が真っ直ぐに俺を射抜く。


 対面に座る重圧に耐えかね、たまらず口を開いた。


「……一体なんの――」


 内ポケットから葉巻を取り出し、彼はそれにゆっくりとした動作で火を点けた。

 チリリと葉が焼ける微かな音だけが、息の詰まるような静寂に響く。



「――ある昔話だ」



 深く吸い込んだ紫煙を天井へと長く吐き出しながら、静かに語り始めた。

 俺は暫くその情景に飲み込まれた。



「子供ってのは時に無知だ。

大人が導いてやらなきゃならん。


だがその大人が間違えれば、無力な子供は路頭に迷う。

他人の子供を救おうなんて者は余裕がなきゃ現れん。


――あるところに日本からアメリカに往く船があった。

その船には子供が大勢乗っていた。


多くは日本人の子供だった。

あぁ、そうだ。

彼らは売られた。


人身売買ってやつだ。


許せん話だが、こんなこと、世界では日常茶飯事だ。

世の中の大半は悪事と欲で回ってる。


とにかく、そんな奴らの中に当時7、8歳のある女の子がいた。


そいつは年齢の割には話の通じるやつで、大人びていて賢かった。


皆が絶望した顔で船に揺られる。

彼女もそうだった。


だが逞しい娘だ。


この後は独りで生きていこう。

どこかでこの大人達を撒くために逃げる隙を窺おう。


すでに腹の中はそう決まっていやがった。

可愛気はないが、それが彼女の生きてきた道だった。


それ以外の生き方なんて知らなかった。

彼女もまた、ここにいるには十分な理由がある生まれだった。


希望の無い波に揺られ、することもなく暗い船内を見渡す。


泣き喚く奴、何も気にせず笑顔な奴、あるいは走り回る奴。

色んな表情がそこに居る。


そんなありきたりな風景を見ていれば、退屈な空間は更に暗く、一層恐怖を助長させる。


耐えるしかない。


少女がそうため息を吐いた時、視界にあるものが映った。

ポツンと船倉の端に1人、異質なガキだった。


2歳頃の男児。


彼は全く騒がず、動かず、じっと一点を見つめ、静かに膝を抱えて座っていた。

達観しているのか、諦めているのか、外からは何も分からない。


何故だか、運命なのか。

その娘はその小さな命が気になった。


だから近づいた。


『大丈夫?』


――答えはない。

それでも娘はその子の傍に寄り、一緒になって座った。


その後も数回、話しかけることはあったが遂にその男児は到着するまで何も話さなかった。

やがて船から降りろと怖い大人どもが言った。


それを聞いて娘は立ち上がる。

結局話さなかったその男児を見て、どうしようもないなと諦めて外に向かった。


だが一歩踏み出したところで、後ろから服の袖が引っ張られた。


振り向けばその男児が顔を見つめ、弱い力で彼女を引き止めていやがる。


『一緒に来る?』

そう娘が問うと、男児は初めて頷いた。


――そこからは陸路でトラックに詰められた。


だが運転手にとっちゃ不運だ。

その娘が賢かったせいで、彼女の乗っていたトラックの荷台は、目的地に着いた時にゃ空だった。


逃げ出したんだ。

途中ですっかり大人たちを出し抜いた。


ガキ共それぞれが疎らに走り去り、残されたのは喋らぬ男児と2人きり。

言葉も分からない知らぬ街で悪い大人達とかくれんぼをすることになってしまった。


すぐにはバレないだろうが、それも時間の問題。

本当は皆で一緒に逃げたかったが、子供が集まって固まったところで無力で目立つだけだ。


泣く泣く彼女は皆を切り捨てた。

自分とこの子を守るため。


そう割り切った。


だがこの身のままでは、いっそあのトラックに乗っていた方が幸せな未来も有り得る。

どこかに匿ってもらうしかない。

娘はそう思った。


男児の手を強く握った。

『私が守るからね』


彼は強く頷く。

彼のその頷きだけが彼女を支えていた。


それからどれほど歩いたか。


歩けども歩けども、目に入るのは混沌、地獄。


この街は光と闇がそのまま支配している。

明るい光を追っても、怖い人間が喚き散らしているだけ。


暗い路地裏に行けばそこにはゾンビのような顔をした人間が集っているだけ。

目に見える平和ってのは無かった。


そう確信が出来てからのコイツの頭の回転は早かった。

それならもう、一か八かしかない。


もしダメならまた逃げ切ってやればいい。

ヘトヘトな頭でそう考えていた。


もう無理だと分かっていても、それに賭けるしかなかった。


すると一筋、暖かな光が見えた。

何やら大人たちがお酒を飲んでいるらしい。


店内は確かに騒がしいが、その騒がしさはどうも耳にうるさくない。


ここは、他と違う。

彼女はそう確信した。


へっ、全く良い勘だぜ。


そのまま娘は男児の手を引き、勇気を持ってドアの前に立った。

小さく息を吐き、決意を飲み込む。


力を込めてそのドアノブを捻ると、まるで暖簾に腕を押したかのようにドアが開いた。

前に立っていたのは髭の生えた太めの大男。


しまった。

怖い人だ。


そう思っただろう。


勘が外れてしまった。

ならせめてこの子だけでも守らなきゃ。


そうして、彼を力いっぱい抱き寄せる。


人には隙がある。

また耐えていればいい、いつだって耐えていれば希望が見えてくる。


娘は無い物を願い続けた。

彼女の生き方は時を待ち、それを逃さない事だった。


涙すら零れた次の瞬間、目の前の大男が店内に向け口を開いた。


『おい、テメェら!新しいファミリーだ!』」


 頭に浮かんだ映像はそこで途切れた。

 重苦しく、だが満足そうにシルヴィオはそう語り終えた。


 内容は理解できた。

 でも認めたくはなかった。


 それが今後何を意味するとしても。

 実直で見えない、確かな繋がりを絶たれた気分だった。


 思いは遂に耐えきれず、微かな声で漏れる。


「……まさか」


 震えていた。

 さして深い本質などは関係ない。

 動揺だけがそこに残った。


「その少女は未来にこう言った。『あの子を何で助けたのかは分からない。でも、あの時、助けなきゃって気がしたの』」


 それを聞いて首を振った。

 振り払えるはずもないが。


「あぁ。そうだ」


 ――ダメだ。

 聞きたくない。


 耳の奥で警報が鳴り響くような衝動を、必死で抑え込む。


「――お前ら姉弟に血の繋がりは無ぇ」


 視界の端で、サイバーアイが致命的なエラーを検知した。

 赤いノイズが散る。


 だが最早そんなものは気にする余裕すら無かった。


 ……何故だ。

 何故頭が回らない。


 血縁かどうかなんて関係無い。

 当たり前だ。


 兄弟だって争う、家族でも憎しみ合う。

 ならよっぽど血縁で無い方が本当の姉弟だと言えるのに。


 それでも実際にその場面に置かれた今、それが遠くない詭弁に見えてきた。

 有り体に言えば受け入れることが出来なかった。


「……なら、なんで」


 渇ききった喉から、掠れた音が口から漏れた。

 止まらなかった。

 ぐにゃりとした感情が澱み溢れる。


「なら、なんで姉さんはあんなにも……」


 身を削り、理不尽に耐え、それでも笑ってくれていた彼女の顔がフラッシュバックする。

 俺の情けない声に、シルヴィオは少し短くなった葉巻を灰皿にゆっくりと置く。


「血の繋がりなんてのぁ、関係ねぇさ。俺ぁ、ジュニアを失った。だが血の繋がってねぇビルだって俺の本当の息子だ。奴がどう思ってやがるかは知らねぇがな」


 紫煙の向こう側で、瞳が凪いだ海のように静かな光を帯びる。


 分かっている。

 そんなことは分かっている。


 俺が聞きたいのはそんなことじゃない。

 なら、()()()()()()()()()()()()()()()()って言ってるんだ。


「だが、そういった意味じゃ、俺が気に入った奴は全員友人で、仲間で、家族だ」

 言葉を切り、真っ直ぐに俺の目を射抜いた。


「もちろん、お前やお前の姉ちゃんもな」


「……」


 何か全てを鷲掴みにされたような感覚。

 今はそれが不快なのか、心地よいのかも理解出来なかった。


「お前も俺も、家族を亡くした。もう俺にゃ悲しむ夢も持ってねぇ。お前はそれを無くすなよ。後生大事に持っておけ」


 シルヴィオは置いた葉巻を少し持ち上げ、何を思ったかそれを再び静かに置く。

 彼はそのままゆっくりと立ち上がった。


「こんな街だ、汚ぇことも散々ぱらやってきた。それでも俺らはまだ完全に腐っちゃいねぇさ。……エド・グレイスの野郎は血の繋がったテメェの愛娘を実験道具くらいにしか思ってねぇってんだろ?」


 見下ろすその顔には、この街への底知れぬ嫌悪が深く刻まれているようだった。


「そんな奴がいるなら、本物だの、真実だの、家族だの、んな細けぇことを決めるのはテメェでしか出来ねぇ」


 彼がベルトを持ち上げながら吐き捨てたような言葉が、俺の脳髄を冷たく叩く。


「守りたいっていう(気持ち)さえありゃ、そいつぁもう家族だ。それを忘れるな。……どんな復讐鬼になってもな」


 その言葉は、まるで緩やかな呪いだった。

 良くも悪くも俺には優しく解けない鎖だ。


 真実や事実の何もかもが、俺を緩やかに優しく、丁寧に締め付けてくる。

 逃れるには、親切すぎた。


「悪かったな。酒の席でこんな話しちまって」


 そのまま近づいてきた彼の大きな手が、俺の肩を優しく叩いた。

 そのまま通り過ぎたシルヴィオが、俺の背中の方でドアに近づいているのが分かる。


「……いや」


 薄暗いバックヤードの扉に手をかけた音がする。

「先行ってるぜ」


 ギィ、と重い扉が開く音と共に、光が再び流れ込んでくる。

 それを無視して、俺はただぼうっと一点を見つめた。


 振り返る気にはならなかった。


「……あぁ」


 部屋にはまだ、遺された煙がゆっくりと立ち上っている。


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