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THE SCRAP DREAM【第4章完結】  作者: Mr.G
第5章-Avenger-

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第75話「To You」

 

 物心がついた時にはもうここにいた。

 俺には実家なんて呼べるものは無い。


 だがもし呼ぶのならここだし、実家が無いなんて言えばシルヴィオに殴られることだろう。


 元は路地裏に捨てられてただけのビルも、身寄りのない姉さんと俺も、シルヴィオという大きな器に拾われた。


 明日の命も保証されないこの惨状で、真っ向からそれに反抗したシルヴィオは俺らにとって真に親であり、頼れる男だ。


 そんな人間に、今から怒られる。


 自由ってのは高くつくもんだ。

 特にこんな生活をしていると。


 夜も更けるのに、中はそれなりに賑わっている。


 暖かな光に包まれた店内を見て、何となく今の自分には場違いな気がする。

 暗闇から歩いてきた俺には眩しくて入れそうもない。


 裏口から入ろう。

 客のいる空間に、この顔を出して良い事もない。


 避けるように体を小さくし、ぶらりと体を傾ける。

 笑い声のする光を横目に一つ二つと脚を動かす。


「よォ」


 その時、背後から声がした。

 誰よりも聞いた声が。


「……久しぶりだな」

「ヘッ、誰のせいだかなァ」


 振り返るといつもの顔の大男がいた。

 白い歯を浮かべ、ニィと笑う。


「元気かよ」

「当たり前だろ、誰に向かって口利いてんだァ?アタマでも打ったか?」


 ビルは左の人差し指でこめかみをトンと二度叩いた。


 相変わらずそうだ。

 彼の落ち込んでいる姿なんて見たことが無いのだから。


 一度ぐらいは挫折ってのを経験してほしいものだ。

 頼り、目指したその男の存在が、今の俺には少し大きすぎる。


「まぁ、そんなとこだ。どうかしちまったかもな」

「ハッハッ、だろうな」


 彼は待ってましたと片眉を上げる。


「行こうぜ、親父が待ってる」

「あぁ、だから今向かってたろ」

「なんでワザワザ裏から行くんだ、表からでいいぜ?」


「……その方が近いだろ」

「そうかァ?ここから見えるあのカウンターをよーく見てみろ」


 窓の隙間から店内を眺めると、そこにはシルヴィオがいた。

 周りの客やファミリーと楽しそうに笑っている。


 普段は恐ろしい男でも、あのひと時の屈託のない笑顔を見ると「この人の為に頑張ろう」という気にさせてくる。


 それをカリスマと言うならそうなんだろう。

 そうやって今もファミリーが集ってくるわけなんだから。


「……はぁ」


 俺はため息を吐いて正面入口に踵を返す。

 ビルはそれをただ目線で追っていた。

 もしかしたら笑っていたかもしれない。


 扉の前で足が止まる。

 ふと一瞬、息を整えてから重厚な木の扉を開けた。

 入ると、大勢の視線がこちらに向けられた。


 いつもの目だ。


 この街に厄介事を持ち込んできた人間へのそれ。

 周りを一望し、ただ目的だけを果たそうと踏みしめる。


 すると、シルヴィオが口を開いた。


「お前ら!この街の英雄、ヴェンデッタのお帰りだ!」


 その鶴の一声で周りの歓声が響いた。

 グラスの音、男たちの低い声、駆け巡る音色が今まで扱われてきたどの対応とも違うことを物語る。


「オラ、相棒。歩けよ」


 笑顔で背中を叩いてきたビルがそう言う。

 周りの対応に困惑しながらも、鳴り止まぬ歓声に包まれ、俺はシルヴィオの元へ歩き続けた。


 隣を通る度に、幹部やファミリーに「お帰り」「頑張ったな」などと声をかけられる。

 その度に「どうも」だの「あぁ」だの言って、やっとお目当ての男に辿り着いた。


「久しぶりだな、ユウト。元気か?」

「……えぇ、まぁ。親父さんの島を荒らしちまう程には」


「ダッハッハッハッハ!相変わらず口の減らねぇガキだ!」

 彼は豪快にカウンターを叩きながらそう言った。

 周りのアルコールもそれに合わせて揺れている。


「ま、とりあえず座れ」

 有無を言わさず氷の入ったグラスが渡され、ウイスキーのボトル口をこちらに傾けてくる。


「……」


 思った展開と全く違うので、困惑しながらそれを受け取る。

 俺を挟むようにして座ったビルも注がれていた。


 心を落ち着かせるようにウイスキーの水面を見る。

 まるで氷山のようにある氷の中を、琥珀色の水が悠々と広がり、また山を溶かしてゆく。


 冷たいグラスを握りしめると、微かに暴力の残滓が残る右手から、痺れが放熱されてゆくのが分かった。


 それを見て形容し難い何かを感じていると、おもむろにシルヴィオが立ち上がる。


「お前らいいか!こいつを拾ってもう20年以上になる!ビルと同じだ!テメェらの中じゃ後輩の方が多いかもしれねぇ!……だが、年数じゃねぇ!お前ら全員、俺の大事な息子だ!」


 周りが全員頷く。


「まぁ、俺よりもこいつの方が名前が売れてるかもしれねぇけどな!」


 彼はグラス越しに俺を指す。

 周りで爆笑が起こっていた。


 相当出来上がっている。

 今なら箸が転がれば笑うだろう。


「ともかく、こいつは出来の良い息子だ。だがな。どれだけ名が売れようが、こいつの帰る場所は俺らファミリーでありたい。そう居られるように俺たちがこの街を支えるんだ。そうだろ?」


 ファミリーが口々に「そうだ」と言う。


「なら、やることは一つだ!今日も明日もしこたま飲んで働いて、NFPDにも負けねぇ程のコミュニティを作る!ヴェンデッタにだけ任せてちゃいけねぇ!」


 彼らの目に闘志が宿っているのがここからでも分かる。


「……だが今だけはこう言わせてくれ。よく帰ってきた、ユウト。お前が居なくて寂しかったぜ」


 こちらに目を合わせ、偉大なるドン・シルヴィオは俺に慰みを与えた。


 本心でなくとも、それは嬉しいものだった。

 本心なら尚のこと。


ユウトに(To Yuto)!」

「「「ユウトに(To Yuto)!」」」


 彼らは杯を掲げ、一気に喉に流し込む。

 俺はそれに倣い、負けじと一呑みした。


「やるじゃねぇか」


 シルヴィオのその一言を皮切りに、周りはそれぞれの話に戻り、店内のBGMも次第に耳に馴染むようになってきた。


 ……理解出来ないが、ある程度歓迎されているらしい。

 どういう風の吹き回しだろうか。


 なんせあのチャットで送られてきた文面から、こんな状況になるなんて想像だにしていなかった。


 シルヴィオが座り直し、カウンター正面に構える。

 マスターが新しいアルコールを用意している時になって、やはり納得がいかなくなった。


「親父さん。俺……」

「今はいい。……終わったら話す」


「そういうわけだ、相棒!久々に飲もうぜ!」

「……まぁ。そうか。……分かった。現役のボスと次期首領にこうも囲まれてちゃ、どうせ逃げられないからな」


「「よく分かってんじゃねぇか」」


 声の重なった二人に思わず笑いつつ、仕方ないと肩を竦める。


「夜に抜け出してこれじゃ、嫁に怒られるな」

「いつもだろ」


「馬鹿言え、仲良いぞ」

「……まァ、あのお嬢サマ。いつも家での事ベラベラ話してるしな」


「ブッ」

 入ってはいけない所に、それが入ってしまった。

 思わず咳き込む。


「なんだってあいつは俺らの話を外で話すんだ!普通そういうのって言わないもんじゃないのか?」

 俺は頭を抱えて、カウンターに肘をかける。


「嬉しいんだろ。きっと」


 右からシルヴィオが割り込んできた。


「箱入り娘が世の中に放り出されて、愛してる人間と一つになれてんだ。外でベラベラ話しちまう気持ちも分からんでもねぇぜ」


 それに対してビルが大袈裟に手を振って答える。


「いやダメだ、親父。コイツァ、こういうのてんでなんだ」

「女の心が分からねぇんだな」


 俺を揶揄って二人で笑い始めた。

 まぁ内容自体はその通りのことだし、こいつらも精々俺への弄りが酒のツマミにでもなれば満足するだろう。


 しかしこれにはこちらも良いパンチラインを返さなくてはならない。

 それが飲みの場での権利と義務ってもんだ。


 俺はこれみよがしにシルヴィオの方を向く。


「……じゃあそのテクニックを使って親父さんは、奥さんに逃げられたってわけか。ほんと、流石だな」

「てめぇっ!このガキっ!」


「うわっ」

「ダハハハハハ!」


 シルヴィオから降ってくるゲンコツを避けるため、俺は思わず椅子を飛び降りる。


「悪かった!悪かったって!冗談だから!」

「いや、許さねぇ!一発は殴らせてもらう!……ビル!テメェも笑ってんじゃねぇ!」


「のわッ!オレはノーカンだろ親父!」

 その怒りにはビルも被弾し、彼はひょいと避けて同じく椅子を降りる。


「ちょっと調子乗りすぎたって!殴るのは勘弁してくれ!」

「親父……。だいぶ酔ってんな」


「いーや、許さねぇ!覚悟してもらうぜ」


 シルヴィオは腕を回してこちらを睨む。


「……そんなしつこいから奥さん嫌になったんじゃない?」

 俺はつい思ったことをそのままボソりと呟いてしまった。


 そしてそれは彼に聞こえたらしい。


「この野郎っ!」


 シルヴィオが赤い顔して、こちらに迫ってくる。

 それが酔いによるものか怒りによるものかは分からない。


「やばい!逃げろ、ビル!」

「余計なコト言うんじゃねェ!」


 最終的にはファイティングポーズを取って、二人で果敢に立ち向かったが、結局は親父さんのワンマンプレーに終わった。


 その間もファミリー達はそれを見て大笑いし続けていた。

 そこには不器用な親心が見えた気がした。



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